冬来たりなば春遠からじ2.0 Daily 

A Day in the Life. そこにある日常風景の旅 2代目。 

Sort by 10 2021

Category: 東京・情景  

◎ 遠い昔 東京の駅から × 2

中央線御茶ノ水駅上り4番線

JR中央線御茶ノ水駅上り4番線、電車待ち時間に撮ったと云うよりも聖橋が撮りたくて目の前の電車に乗るのを見送った記憶があるが。
しかし、そんなことまで写真を再確認していると思い出してくるものだね。

御茶ノ水駅上り4番線と聖橋

夕暮れに浮かぶライトアップされた聖橋、なんて都会的なんだろう。過去には何度か渡ったことがあるがみんな昼間だった、その橋の上から
下を流れる神田川を眺めているが、その橋の上からよりもここから眺めたライトアップされた聖橋がカッコイイがいい。

御茶ノ水駅上り4番線

電車の1本や2本見送ろうが、田舎者にはライトアップされた聖橋は実に貴重な光景だった。さすがに聖橋の下を通る地下鉄丸ノ内線の
電車が通って慌ててシャッターを切ったのもあったが当然ブレブレになっていた。

旧東京駅丸の内口

旧JR東京駅丸の内口、東京駅が建て替えられると云う噂を聞いていて、これは最後に撮っておかなければと、ここでも帰りに新幹線を
1本や2本遅らせても昭和の大駅の東京駅姿だった。

東京駅丸の内中央口

建て替えもしっているのか、それとも単に東京駅ってことなのか記念撮影したり、自分のように駅を撮っている人も見られた。

旧東京駅丸の内中央口

学生時代に東京駅撮っているのものを見ると、”地方から来たんだあ。”と思ったものだが、今度は歳を取りそれが自分自身になった。

東京駅丸の内南口

現在は四角い屋根が丸みのある屋根に変わった、昔の建築当時の形に戻したらしいけれど自分としてはその辺りはどっちでもいい。
この時のレンガは渋沢栄一設立の埼玉県深谷のレンガ工場ものを使われていたが、現在の平成の東京駅は愛知県・常滑製らしい。

旧東京駅丸の内中央口前



旧東京駅丸の内北口

旧東京駅丸の内北口前、学生時代に複雑のような東京駅構内の丸の内口から八重洲口への地下道を見つけてくぐったてら自分は
東京駅のコアを知ったようで、それが東京人になったような気分になっていた。

旧東京駅北口ドーム

旧東京駅北口ドーム、天井のあちこち穴がなんとなく痛々しかった、駅舎の修復建て替えされるのでそのままかあと穴を眺めていた。
しかし改めて天井を眺めているとここ東京駅は歴史的な駅なんだと思えてくる、他のこんな美術館のようでもある駅は見たことがない。
スポンサーサイト



Category: 東京・情景  

◎ 遠い記憶 私は神楽坂で初詣した

旧赤城神社一の鳥居

神楽坂赤城神社、と言っても現在の建物ではない。15年前の神楽坂の赤城神社初詣風景、たぶん地元参拝者が行きかう。

赤城神社参道

田舎者には神楽坂の神社で初詣する人はマジに「東京者なんだ。」と、格差のようなものを感じてきた、田舎に住む自分とは違うものを感じたのを
15年経っても今も憶えている。

神楽坂赤城神社

そして、赤い神社本殿に(新潟ではまず見ない赤い神社に)、都会の東京だなあと感じつつ、そこに並ぶ参拝者が誰も知らないというのも不思議な気がして、またこの人たちは直ぐ帰れるが、自分は東京駅まで出て今度は新幹線に乗り換えて帰る遠路にあることを思うとやっぱり不思議な気持ちなった。

初詣参拝の赤城神社

でも、この神社の雰囲気に「いいなあ。」と思ったが、神楽坂はこの後2回訪れたが、その時にはこの赤い赤城神社の本殿は、未来的な神社の
風景に変わっていた、参拝者の向こう側辺りは洒落たマンションが建っていた。それを見て急に赤城神社が遠くに行ったような気持ちなった。

神楽坂6丁目

赤城神社から神楽坂通りへ出たあたり、休日だったせいか歩行者天国。そしてこの時初めての神楽坂でもあり、すぐ左に音楽之友社が
あったのに「ここがかあ。」と学生時代に就職活動しようか考えていたのもあり、しげしげと思い出を含んで眺めた記憶がある。

毘沙門天善國寺

神楽坂と言ったら、やっぱりここ毘沙門様だろう、ここでも行列に並び参拝したが、どこか地元の参拝とは雰囲気が違ったような記憶がある。

神楽坂5丁目

神楽坂5丁目

神楽坂2丁目

冬場は暮れるのは早い、すぐに神楽坂の通りはネオンが付き始めた。
この時は初めての神楽坂でありメインストリートだけを歩いて終わった、その神楽坂の路地を歩きまわったはずっとこの後になる。

外堀カナール

カナール、これが大昔江戸城の外堀だったのかと思うと、江戸城の防御ってすごかったんだと思えるが、でも結局は明治へのきっかけとなる
江戸城開城したのだから、当時の薩長の進撃力の勢いは相当な脅威だったのだろう。

旧JR飯田橋駅

旧JR飯田橋駅、現在は新駅に建て替えわり平成時代の駅になった、今風でキレイなのはいいのだけど、自分としてはこんな昭和な
駅舎が好きである。あちこち駅撮り出回っているけれど、こんな昭和な駅は消え始めている。

Category: 東京・情景  

◎ 遠い記憶の東京 やっぱり東京はすごかった

銀座四丁目交差点

銀座四丁目交差点、正月に通りには日の丸がずらりと下がる。「日本だねえ。」と感じると共に地元新潟にはない光景に、ここでも東京を感じた。

銀座四丁目リコービル

銀座四丁目交差点、信号にかかり待っている時間さえ忙しくあちこちへとカメラを向けるのは、”オレは田舎もんのおのぼりさん”だった。

銀座和光

銀座和光ビル、時計を見ると午後1時前、上野駅到着が8時、そこから浅草、月島、銀座で5時間電車移動はあるものの歩きまわり。

色の白かったその子さん

今見ると、「あった、あった。」の色白のその子さん。

旧歌舞伎座

歌舞伎座、この数年後に後ろにデカい松竹ビル建つ。

日本橋

日本橋、将来この上にかかる首都高が地下化され、日本橋の上の空が2035年には見えるようになるらしい。
この時はそんな話はまだまだ先のこと、この光景が日本橋の風景だと思っていた。

日本橋の麒麟

日本橋の麒麟、この数年後映画「麒麟の翼」でロケ地になり、久しぶりに見たい撮りたいと再度訪れた。
麒麟は動物園の首の長いキリンではなく、伝説上の動物、キリンビールのラベルのキリンがその「麒麟」なので漢字で書くと麒麟ビールになる。

日本橋の欄干像

日本橋の麒麟に対して獅子像、下に抱えているのは東京都シンボルマーク。

日本橋三越

この時「なんだここ?」このデカい建物なんだ的な驚きだった、学生時代訪れていれもかなり昔その時はこんな建物はなかったもの。
三越だとわかって、やっぱり東京はやっぱり大都会だ。

三越本店

その隣は三越本店、これだけでも十分大きいのに隣、それよりバカでかい建物がいるのだろうかと、果たして中では何が売られているのかと
当地新潟の三越の違いを感じた。 

首都高都心環状線

首都高都心環状線、地中に潜る道路に都会感があったが、この後ずっと後に新潟市でも地中を潜る道が出来た。
それは信濃川の下をくぐる「みなとトンネル」、正直都会に近づいてような気持ちなる、ちなみにそこでは毎度速度を出して通過している(笑)

日本橋高島屋

初めてコンデジを買った年、知り合いに「カメラ買ったから東京でも行かない。」と誘われて日帰りの東京だった、東京八重洲口をうろうろして
格式ありげな建物に、ここでも「東京の百貨店は違うなあ。」だった、後にエレベーターも古いと来ていつかは載ってみたいと思いるが
まだまだ載ってない。

※ しかし当時の写真を見ていると結構その時のことを思い出すものだ。
Category: 東京・情景  

◎ 2007年 正月に東京を歩いて感じる

隅田川遊覧船

隅田川を下っていく遊覧船、その後ろを舞うかもめたち。新潟市でも信濃川に遊覧船はあるしその後ろにはカモメがこんな風にまっているけど
数の多さに東京だなあとと思えた。人口ならずも遊覧船の後を飛ぶカモメまでも多いのに驚きでもあった。

勝鬨橋と東京タワー

そして勝鬨橋から見える東京タワーとビル群にも、東京だなあと、遠近感はあるだろうが周囲のビルのせいで333mの東京タワーに
それなりの高さを感じてこない。ちなみに「ゴジラ」も東京の高層ビルに合わせて30mから50、100mにと大きさの設定が変わったらしい。

月島路地裏

かれこれ14、5年前、カメラに熱中し始めると「何を撮っていいのだ。」の壁にぶち当たった。日経新聞にここの路地風景が掲載された。
「いいなあ。」と思うと同時撮ってみたいと思うようになり、また「オレの撮りたいのはこれなんだ。」気づいた。

月島路地裏もんじゃ焼きもん吉

月島の裏路地を歩いて「いいなあ。新潟にもあればいいのに。」と思っていたが、新潟市だって色々あちこちあったのだ、見て見て見えて
なかったのだと気づかされキッカケの裏路地でもある。

月島の路地

月島もこの当時からまた一段と変わった、路地の似合う街から路地が消えたのである。そういう意味では私は「セーフだった。」のかも。

月島警察安全センター

月島交番、小さいけれどがっちりどっしり感がある交番を見てさすが東京だと感心した、田舎らなら駐在所だし、第一こんな小さいものはない。
古くは木村伊兵衛の本郷交番、今ならドラマ「深夜食堂」出てくる交番を思い出すのである。

どぜう

駒形どぜう本店、初めてみた「どぜう」、どじょうは知っているいるし、それを江戸時代「どぜう」と書いたもの知っている、またそれを鍋に
煮て食べるのを柳川鍋だというのも知っている。が、実際にその「どぜう」の文字をまじまじ見るのは初めてだった。

祝い樽

その店の前に酒樽が正月飾りで重ねられて、ここにも東京があった。

バンダイ

情報もなく歩いていて突然「なんだここ?」だった、ビルを見るとバンダイ本社。さすがここでも東京だと感じた。

築地本願寺

ここは前情報ありで訪れて見たかった、それで知ってはいてもこの風景に思わず「なんだ。」とつぶやいたはず。石造りの築地本願寺。

築地本願寺本堂

正直な所、お寺がこんなの建てていいの?だったが、東本願寺が関東の分所として建てる際に興味を引くようにと狙いがあったと
聞いたことがある。

築地本願寺階段

正月でも参拝者がたくさん出入りしていた、当然全く関係ない田舎者私も混ざって堂内入った。
堂内ではまた驚き、畳とかでなくパイプ椅子がずらりと並んでいた、そしてあれは?とよく見るとパイプオルガンがあった。それには驚き
お寺と教会の中間のような感じがした、そういうインパクトが狙いだったのかもしれない。







Category: 東京・情景  

◎ 2007年 遠い記憶の浅草

浅草寺裏芳野屋

京都から一気に、2007年正月浅草。今はこの浅草寺裏の芳野屋の店構えは建て替えられたが、この時は正月の青空と店構えに
東京てな感じがした。

芳野屋

隣が花やしきだけど、正月元旦はお休みだった。入口のシャッターに外灯の影が当たり、これも休日の光景なのかと思えてくる。

花屋敷通り

花やしき通り、青空を強調しているのは、同じ冬でも新潟ではこんな空は滅多に拝めないものだから。青空の美しさがありがたく思えてくる。

浅草寺本堂前

浅草寺本堂前、データを見るとこの時午前8時半、人出はまあまあだけど、たぶんこれからもっともっと増えるのだろう。

浅草寺本堂提灯



浅草寺本堂から

浅草寺本堂から本堂前。これくらいならストレスも感じないけれど、本堂前に人が並ぶ前にと浅草寺退散した。

浅草寺本堂前参道

たんぶん、本堂から出てきても「やっぱ青空は良いなあ。」だったんだろう、そんなアングルだが、人が入るのはどうしようもない。

浅草寺五重塔

浅草寺五重塔、ここだけ見たら「どこ?」てな印象の五重塔。

浅草寺仲見世通り

仲見世通り、たくさんの参拝客だけど、マスク姿はない。こんな光景はひょっとしたら2度と見れないのかもしれない。

手焼きせんべい屋

値段を見ると2007年でせんべい1枚100円。眺めからはせんべい好きには、ヘンデルとグレーテルの「お菓子の家」のようにも見えてくる。
このきっちり並んだせんべいの飾り立てが東京のせんべい屋って気がする。田舎らゴチャゴチャだな。

浅草寺雷門

日本人だけのような、時間帯もあったのだろうが人出は雷門前でもこんなもの、本堂も、仲見世通りも、ここもこれくらいの人出なら
私はストレス感じずなんとなく我慢できるのだが。

雷門前かみなりおこし本店

このくらいなら、カメラも向けられる。

元旦10時半の雷門前

浅草寺を出て周囲をぶらついて、10時半になると、それは有名にな「浅草雷門前の風景」になっていた。
写真の見ると「うわ、なんだこの多い人。」とともかくセーフと場所移動した。

リアルでは、まだまだ撮りに出掛けておらず、過去の未公開データもあることからデータ・サルベージ続きます。

Category: 京都・情景  

◎ 遠い記憶もコンデジの如く、あちこちスナップ

錦天満宮

コンデジとデジ一眼も写りなんて変わらんのではないかと思っていても、やっぱりコンデジは負ける、どこか抜けているようにぼけている。
それは鮮明な記憶もあるが、遠い記憶のあやふや如くうすらぼけしている。

スタンド

この日夕食を取った新京極「スタンド」、美味しくても高くては、ここはリーズナブルであり、これが京都の庶民の食事だった。
数年前、「吉田類の酒場放浪記」でここが出たのは驚いた。ちなに吉田類登場のお店ここを含めて2軒、それテレビ登場以前の偶然立ち寄り。

四条河通り下道

四条河通り下道、意外に知られてないのかこの上の地上を歩く観光客の姿を見るが、地下に入るとこんなもの。これがずーと四条烏丸から
木屋町通まで地下道が続く。自分としては生の京都のような場所が好きである。

花見小路

花見小路

イノダコーヒー本店

イノダコーヒ本店、今ではすっかり有名、学生時代京都観光した当時は、お客は地元てな雰囲気だった。また旧京都駅にあったイノダが懐かし。
今では時に混んで入れない状態、美味しいのはわかるが、しかし京都のコーヒーの味レベルは高く、安くても美味い所があちこちあるのを知った。

鞍馬寺西門

鞍馬寺西門、ここを登っていくと鞍馬寺、ちょっと体力、脚力がいる。それゆえに鞍馬の小天狗義経の鍛錬場所だったんだろう。

叡山電鉄貴船口駅

叡山電鉄旧貴船口駅、階段を上って行くと左の売店、そして階段をまた登るとホームに出たが、現在は駅舎は新しくなった。
15年の時間の長さを感じる。

詩仙堂

詩仙堂入り口、誰もいないようだが中では、あきれるくらいの人、人、人、人だった。

八大神社鳥居前

宮本武蔵一乗寺下り松の決闘で有名な八大神社。本の世界の話が、そこには現実にあった。

京都一条寺あたりの紅葉

その一乗寺あたりの紅葉、新潟では赤い紅葉が見れるのは限定的だけど、京都ではどこでも見上げれば赤い紅葉があった。
紅葉にしろ、桜にしろ、見事であっても、誰かしら手入れ管理をしてないと見事さは劣るもの、観光地京都ではみんな手が掛かっているのだろう。
こちらで見る赤い紅葉の場所は、色は赤く綺麗でもボーボー頭同様である。



1234567891011121314151617181920212223242526272829303110 < >