冬来たりなば春遠からじ2.0 Daily 

A Day in the Life. ” there ” そこにある日常の光景 2代目。

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◆ 中宮寺、そして斑鳩を後に

北室院前

夢殿でジジババグループが追うようにやってきたので、このままでは次に行く「中宮寺でかち合ってもなあ。」と夢殿の余韻を味わる間もなく、中宮寺へと急いだ。


中宮寺の屋根

朝宿を出た時は青空だったが、この頃には空は白い雲がかかってきた、斑鳩の地は青空よりもこんな雲の空の方が歴史を感じるようで似合っていた。


中宮寺の門

中宮寺本堂への門。


中宮寺本堂

久しぶりの中宮寺の国宝菩薩半跏思惟像だった、実はこの方とは以前に新潟でお会いした、新潟県中越地震復興ってことで新潟県立近代美術館の仏像展に展示された。
なのでか、本堂でお会いして何だか懐かしお人に会ったような気持ちなった。


屋根の水かげろう

ちなみに、美術展開催がひと月ちょっと、しかし国宝菩薩半跏思惟像は2週間くらい展示だった、がそれ以外の展示はレプリカの展示だったらしい、
「えー、レプリカなんてあったんだ。」知った、ちなみに仏像展会場入口すぐに法隆寺の百済観音が立っていた、その時も「なんでここに?!」だったが
レプリカの話を聞いて、なるほどと合点がいったのだが、それにしても百済観音の前をたくさんの人が通っているのに誰も「おや?」と気づいていないようだった。


中宮寺の本堂

そんな中宮寺とそして菩薩半跏思惟像は前回に法隆寺来た時は、ほとんど知らずで夢殿まで来て「まあ、いいか。」とパスした。
後になり国宝の菩薩半跏思惟像あったと知り、「あちゃー!」と後悔していると、数年後菩薩半跏思惟像が向こうからこちらやって来た。
そうなったら、そらもう”行くしかない。”だったが、恐ろしいほどの人出で、仮にこの時のジジババグループに他の観光客が合わせてもまだまだ足りないくらいだった。

法隆寺参道

小中学生の奈良の修学旅行に「いいなあ。」だったけど、近くの保育園児なのだろう、法隆寺参道散歩している光景は僕には衝撃を与えた。
「そんなのありか?」と生まれた環境が違うってのはこんな事かと思うのだった。


南大門前




南大門

法隆寺拝観終了して、次はいつになるやらと、当然この南大門を出る時も、またスリスリした。


国宝南大門の扉

そして、「あら?」と門の金具がおっぱい金具ではないなあと気づく、お寺としては歴史のずっと古い法隆寺である、おっぱい金具なんてまだまだ
なかったんだろうなあと、おっぱいとかでなく、まんじゅう金具。


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◆ 築地塀の道をを歩き、僕は 夢殿は有名どー と叫ぶ

辻の石しるべ

法隆寺夢殿前の通り、昔なら奈良も京都も同じものだと思っていた、だから昔ならこれは奈良・京都の風景だったけど、何度か訪れてくると
段々に、これは奈良の風景だとわかってきた。


辻


京都だったら、ありそうでない路地の風景、というか 京都だったら駐車場の「P」なんて看板は目立つように置かないのじゃないかとも思えてくる。
実際はわからないけど、僕のイメージでは京都ならこんな光景は「ダセエ~!」と景観条例にひっかりそうである。


法隆寺築地塀

正直な話、「築地塀」は知っていたけれど、法隆寺でもやっぱり築地塀なのかと、「法隆寺塀」とか「斑鳩塀」とありそうなんだけど「築地塀」ってのに驚き。
とりあえずは法隆寺境内の為か、注意書きは「・・・あるから・・・」、「しなように」と上から目線、でも最後の「法隆寺」ってのが格式を感じる。


夢殿前

僕の着いた時は参拝客は数人で、夢殿を一周してちょっと待てば無人の風景で撮れた、だからって「いいねえ。」とのんびりと構図を考えて撮ってはいれなかった、


法隆寺夢殿

僕の後ろでは、ジジ・ババの集団の気配。
帽子をかぶり、リュックを担ぎ、ウィーキングシューズを履いてのパターンである、ハイヒール、ローヒールやクロックスを履いた人なんてまずいない。
そのグループにはリーダーがいて皆に指示、説明をしているような云わばジジババの修学旅行のグループが迫ってきた。


廻廊屋根と夢殿

僕は「あちゃー!」と焦りはじめ、構図もこうなる。


舎利殿

「舎利殿」とは仏舎利の安置された建物、仏舎利とは釈迦の骨のこと。
舎利殿があれば「このお寺にもお釈迦の骨があるのか。」と、しかし罰当たりのな事を云うなら、お釈迦の骨がそんなにあるのか?である。
我が新潟県でも僕知っているのだけで3カ所ある。
釈迦は天竺の人だから、そこからシルクロードを通り、大陸から海を渡り日本へと考えると量的には超限定的、でもひとつまみでも、燃えカス、灰汁だった
あれば紛れもない「仏舎利」、そんな考え方も、「ここには紛れもない仏舎利があるのだろう。」と思えてくるのがここ法隆寺である。


国宝東院鐘楼

ここにも、国宝東院鐘楼
下手をすると国宝ってことで、周りに柵が張られ触れる所か近づけない所だってもある、それを思えば法隆寺は仏像・美術品は別として
いくつも触れるものがあって、お得な観光地のように思う。



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◆ 東大門をくぐって

東大門

法隆寺 国宝東大門


法隆寺塔頭観音院

東大門の法隆寺塔頭「観音院」前、法隆寺の三つの大門をくぐる境内は車は乗り入れは出来ないので郵便屋・宅配屋さんは、法隆寺のいくつかの塔頭に
配達となると、法隆寺の周囲の塀を効率良くまわりながらあちこちの3つ大門を歩いてくぐり配達、広い境内は郵便屋さん、配達泣かせかもなあと、
広い法隆寺境内を歩いてみて「これは大変だ。」と同情した。


東大門と参道

「国宝」と表示はあるけれど、誰もそんな事を意識せず普通に通り抜けていく。
「それってもったいないでしょう。」と云わんばかりに僕はここでも柱をスリスリ、扉をスリスリ。


法隆寺山内小路

東大門を出て左へ出ると斑鳩を偲ばすような平垣越しの小路がある、歩道なのかと思えばしっかり車の轍があった。
左に重文の塀、右は柵もガードレールもない溝、初心者の車の運転なら ビビりそうだなあとその先まで歩いて行くと、右には出入口があった。


法隆寺の小路

僕は「うっそ、だろう?」とここを車で出入するのか?と、こんな所や、あちこち道の狭い所の多い奈良のドライバーは運転がうまいのだろうなあと感じるのだった。


小路




法隆寺2丁目

東大門を右へと行くと法隆寺1丁目、こんな感じでさっき書いた”奈良は道が狭い”ってのは(あくまでイメージで広い所たくさんある)。
長い歴史の中で出来た道、我が新潟なら田んぼを埋めて広域道路を造るとは訳が違う、道にも歴史あり、奈良なら田んぼだって遺跡が出る。


東大門前参道

5年前くらいに来た時は、露天の店先に「フィルムあります」と手書きの文字の看板があった、当然写ルンですもあるらしかったが、当時でも「フィルムかあ~」だったけど
今はどうなの?と店先をのぞくと「フィルムあります」の手書きの看板はどこにもなかった。
寂しい話だけど、これが時代ってことなのか、その僕だって未だに ガラケー である。


法隆寺山内道しるべ

広い法隆寺に境内にある南北を走る通り(筋というらしい)に、石の道しるべが立っていた。
なんてことはない光景に、石の道しるべに、ここでも時代を感じた。

出来たら木の棒でも拾って、高く投げてどっちへ行くかと決めるのんびり旅も良いのだけど、僕は迷わず正面の夢殿へと。



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◆ 大宝蔵院へのアプローチ脇消火栓は白く。

白い消火栓にホース格納箱

大宝蔵院へのアプローチに、赤いはずの消火栓とホース収納箱が白く塗られいたのに、「えー!?」だった。

国宝認定の始まりが、ここ法隆寺の火災をきっかけに、改めて国の宝の貴重さが確認されたって事らしいのだが、それ故にか火事の炎=赤(朱色ではなく)は、
禁色なのだろうかと白い消火栓を見て普通の寺ではなく、法隆寺ならそんな謂れゆえに赤いはずの消火栓も白が許されるように感じた。


法隆寺大宝蔵院

なのでか、赤は火のイメージのない朱色なのか。


国宝食堂

国宝食堂(じきどう)、
法隆寺は国宝の山である、ちなみに国宝(1089件)の一番多い県は東京都(276)、京都府(228)、奈良県(198)らしい、
そして国宝で一番多いのは刀剣だと聞いたことがあるので東京都は刀剣が多いのかも。

ともかく法隆寺は建物で18件の国宝、仏像彫刻は17件触れも出来なければ写真も撮れない、下手したら拝めないものある。
それを思えば、撮れる、触れるって凄いと感じたが、ここ食堂は眺めるだけだった。


観音堂の屋根

百済観音の安置されている観音堂と斑鳩の空。


観音堂

それまで何とも意識していなかったけど、法隆寺に来て屋根の上にあるのがこれが宝珠(ほうじゅ)なんだと知った。
手すり、橋の欄干に見る玉ねぎのような宝珠の形の元がコレで名称が擬宝珠だと。


大宝蔵院と百済観音堂

正面の見える観音堂には百済観音が安置され、そして観音菩薩の降り立つとされる山、住みかが「補陀落(ふだらく)」というらいしいのだけど、
その百済観音住みかのお堂の屋根から空へと向けて見えないオーラが放たれているように正直感じるのである。


法隆寺五重塔

大宝蔵院の前から五重塔。


東大門

国宝百済観音と国宝がたくさんある新宝蔵院、まさに宝の蔵を出ると、法隆寺に旅も終わったように思えてくる、あとは東大門を出て夢殿へ。
その前に国宝東大門でもスリスリと、そんな輩が多いから柱の色が変わっている訳でもないのだろうが、よく見ればここもエンタシス技法。
お寺なのに建物まで凝っている、五重塔いわく、金堂いわく、工事中の中門だって、ただもんじゃねえぜ法隆寺だった。


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◆ 法隆寺の中心で どう撮ろうかと 悩む

金堂

法隆寺国宝金堂、ここでも建物をスリスリ。


国宝法隆寺金堂

小学生の団体さんが、やってくる間に急ぎ早やの金堂ショット。


国宝コンビ

金堂と五重塔の国宝Wショット、国宝の少ない県、それも撮影禁止になっている県の者からしたら実に嬉しく、またどう撮っていいのやら悩むWコンビだった。


法隆寺金堂

柱には龍に獅子が、とある寺院には邪鬼、また猿、また猫があったり、正直な所カメラが趣味なってから改めて「なるほど。」となったけど、
仮に未だにカメラが趣味になっていなかったら、「なるほど。」と感じても頭を右から左と抜けて出ているかもしれない。


金堂と境内

そしてここの廻廊だって、柱を見て「エンタシス技法なんだよねえ。」と思うのだけど、


廻廊

カメラが趣味でなかったらただの僕にとっては廻廊とただの柱なのかも、
そしてカメラが趣味になった今の僕にはエンタシス技法の柱であり、国宝の廻廊、、、、スリスリは忘れずだった。


境内と五重塔

どこかでも書いたけど、こんな修学旅行のシーンを見ると「オレもこうだったら、歴史がちょっと好きなっていたかも。」と少なくても興味の持ち方は違っていたろう。
ともかく、小学生団体さんに追いつかれないように、廻廊から出て聖霊院へ。


国宝聖霊院 東堂

やっぱり、ここまで来たら階段を上がり院内へと、その先の衝立の向こうにも聖徳太子像を想い浮べ手を合せたのだった、ここでも国宝の手すり、柱をスリスリ。


聖霊院の屋根

国宝に合う空ってのもあるのだろうか。


国宝東堂と妻室

国宝聖霊院(東堂)と妻室、なんてことない風景に僕には国宝のオーラ、西円堂と三経院、廻廊内の五重塔、金堂、鐘楼、廻廊、聖霊院と触れる国宝を
終えると後はいくつも残ってないと思うとちょっと寂しくなる僕だった。
僕はともかく触れる国宝には触ること、撮影禁止、手を振れるな!だってあるのに 国の宝に触れるのである、これは貴重であり、さわれるものは
触っておくべきだと僕だった。



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◆ 秋だったら 柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺 なのだけど

法隆寺廻廊と五重塔

残念ながら国宝中門は修復工事中で、中門を「愛いいのう~」とスリスリ出来るどころか仁王像は撮れずガッカリ。
吉野山と金峯山寺の仁王像と法隆寺に仁王像は「撮るぜ!」て気張って行っただけに「なってこった。」だった。

大講堂

本来ならこの順番あたりに中門と仁王像のカットを差し込みたいのだけど”あるつもり” で想像(笑)

誰が云っていてけど、奈良・京都の神社仏閣の工事はどこかしら必ずやってるので”しょうがない。”のだと、そして別の人は逆にその工事風景の方が
かえって時代からしたら珍しく貴重であるのだと云うのだけど、それは「なるほど」とは思うけど、やっぱり僕は「損した!」派なので見れた方がいい。

五重塔と金堂

前回来た時は金堂が修復工事中で、堂内は見れなかったが、本来堂内にあるべき国宝釈迦三尊、四天王などは「大構堂」裏の「上御堂」に移され、
それをお寺のオジサンに「前回来た時は・・・」と話すと「それは貴重ですよ。」と云ったけれど、この時は本来の金堂に安置の釈迦三尊に四天王は、
堂内では金網越しの上に薄暗よくは見えなかったけど金網越しの奥に見えた釈迦三尊、四天王は「これぞ、法隆寺」だった。


金堂

金堂の柱には龍に絡まり、獅子がにらみを効かせていた。
逆光のため、レンズのフレアが起こったが、そんなフレアの中に獅子、今思うとそれはフレアなのかと、そしてよく見ると龍の部分もうっすらとフレア、
このオーラはやっぱり法隆寺なのだ。


法隆寺大講堂

なんだったかのガイドブックに、こう云った建物内では撮影禁止なのだけど、外からOK、それも下がって低い位置からのぞけば良いと
お坊さんのコメントがあった。とはいえ大講堂内の薬師三尊はよく見えなかった。


法隆寺境内

でた~、ここでも修学旅行生。
さっきまで落ち着いて静かだった寺が、一気に奈良の観光地に変わった。別の悪いってことではなく、ここでのそんな日常の光景に「奈良だぜ。」だった。

三経院


修学旅行は、廻廊に囲まれた五重塔と金堂、聖霊院、百済観音の大宝蔵院、夢殿とまわるコースのだろうけど、西円堂と三経院のあるこちらにまでは
来ないようようで、雰囲気もガランとしていた。


西室

でも、国宝、そして国宝の影だよ。


法隆寺西室


もっとも法隆寺は、広大で ”あれもこれも” と欲張り見てまわり ”柿まで食っていたら” 半日を越えるコースになりかねないかもしれない、
拝観料だって寺院拝観プラス美術館と合わせたような1500円と高い。
ともかく修学旅行は広い中の法隆寺の要所かいつまんでになって、三経院、西円堂は割愛ってことになるのかも。

それをあえて好き勝手にまわれる ”社会人、大人”としてなんて贅沢なことだろうか思うのだ。
しかし、なんせ広い、どこかに必ず”疲れた~”とぐったりしている姿を見るのである。



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◆ やっと来れたぜ、西円堂。

宝珠院(塔頭)の平垣

法隆寺塔頭宝珠院、時々平垣を見ただけで”幸せ”っていう気分になることがある、この時は年季を重ねた築地壁と青い空、遠くに見える飛行機雲、
ここからだと「関空が近いからかあ。」と、地元新潟ではこんな光景を見たら”新潟空港”のことが浮かぶのだけど、”関西空港”のことが浮かんでくる
環境に「僕は旅しているなあ。」と感じた。


宝珠院

法隆寺の住所は”法隆寺”だと思っていたけど、「そうか、法隆寺の住所は斑鳩町法隆寺山内か。」と雑学がひとつ増えた。


西円堂前の階段

塔頭によって法隆寺山内1とか2とか番地が違うのかと、当たり前と言えば当たり前のことに気づいた。


西円堂の石段

石段を登りながら前に見える西円堂を見上げ 「やっと来たぜ。」 の嬉しさ。
前回来た時は、西円堂があるなんて全く知らなかった、まして国宝ってことなので 後でそれを知って 「あー。何てバカなんだ、オレ。」と、
今度行く時のチェック項目として2重丸だったものでもあり、もったいぶり石段を一気に登らずじんわり、しみじみと西円堂を眺めながら雰囲気を味わった。 


西円堂

石段を登りながら撮影していると、石段の真ん中のステンレスの手すりが雰囲気を壊していた、歴史の建物にステンレスは似合わんだろうと思いながらも
「よっこらしょ!」と僕はそのステンレス手すりにつかまりながら石段を登った。


法隆寺西円堂の廂

円でもなく六角建物が西の円堂とはこれいかに?と考えながら木造のがっしりした建物に、「そこらの建物と一緒にせんで~」といようなオーラがあった。


西円堂

「やっと来たぜ。」とその六角の建物をぐるりと周りながら僕は時折柱をスリスリした。


西円堂の手水舎

西円堂の手水舎の銅製ひしゃくを見て「さすが。」だったけど、一般的に水が龍から口から流れるとの違い水道の蛇口から流れる水のアンバラスな組合わせに
見栄えよりも実利、、、これが歴史の法隆寺だと勝手に僕は思った。


法隆寺西円堂


南円堂と撮っていると、団体さんが石段を登ってやってきた。
「これは、今のうちに撮れる所は撮っておかねば。」とカメラを向けたけど”だいたい良い所撮ったな。”だったので、僕は西円堂を後にすることした。

しかし、この団体はなにまた外国人だったりsて?と日本かアジアなのか雰囲気は微妙だったけど、話している言葉は日本語だった。
割合として男子が多く学生風、研修旅行ってやつかと、普通の若いグル―プと違って建物さして興味がないような人はおらず、何がかしに
建物を観察するように見ていたので、もしやどこかの大学の建築学部の研修なのかもだった。



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