冬来たりなば春遠からじ2.0 Daily 

A Day in the Life. ” there ” そこにある日常の光景 2代目。

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◇ 寺院(慈光寺)の窓のある風景

慈光寺の窓

長い年月の太陽の日差し、雨、風、雪によって出来た木造の質感には、いつも渋さと懐かしさを感じるのだが、それは僕が昭和の人間だから?
プレハブ工法だの柱のない家の平成生まれの子供だったら感じ方も違うのだろうか。

庫裡入口

その廊下には、「これが木魚の謂れなんだな。」と大きな木魚がぶら下がっている。

廊下と木魚

そんな庫裡の廊下に嵌った窓の表と裏側から。
以前訪問撮影中に大雨、これでは引き上げるに引き上げられないなあと雨空を見上げながら「困ったなあ。」と思いつつ、

慈光寺の廻廊と消火車

だったらと廻廊形式で囲まれた寺院内を撮影でもするかと広い院内をウロウロと雨に濡れずに自由に移動できる有難さと嬉しさがあった。

慈光寺

僕は、寺院訪問して綺麗でも大きくと鉄筋コンクリートのお堂だったり、山門だと「なんだかなあ。」と撮る気は失せ参拝記念撮影程度で出る。
土間はコンクリートであっても建物が木造は有難い。


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◇ 廻廊の火灯窓のある風景

慈光寺の若葉

山門前の緑に目線をやり「いいねえ!」する、曇り空でピリッとしなかったけど、この緑を見て「来た甲斐があったぜ。」と思う。

廻廊の火灯窓

廻廊の漆喰にもその緑が薄く映えていた。ずいぶん前だが、この廻廊を初めて見た時に、火灯窓が曲がっていると思った。
答えは簡単で廻廊自体が坂になっているだけなんだけど、当時はまだ若い僕は「なんじゃこれ?」だったと今での記憶がある。

明白山

本堂の龍の鴨居の彫刻、曹洞宗系の寺院は寺名に「龍」のつく寺が多い(雲、長、安)、また寺のどこかに龍が描かれていたり、彫刻されて
いるのを見ると「ここは曹洞宗だったのね」とわかることがあるが、それだってカメラを始めてお寺をまわるようになってから、カメラは勉強になる。

登山者のいる風景

その登山者が白山から下山途中に、ここ慈光寺には綺麗なトイレもあるし、そして手を合わせる姿もよく目にする。
靴は泥で汚れているので、みんな足底を流れで洗ってからのようだった。

山門前の緑風景

境内からの山門の向こう側の風景、前は白山の登山道になっている、僕は大体ここは午後にやってくるので下山中の登山者の姿をよく見る
いつも感じるのが登山者の年齢層、それは僕よりだいたい上、家に帰れば「じいちゃん、ばあちゃん」と呼ばれ破顔するような年齢層が
目立つのだが、いつもその健脚さに感心するのである。

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◇ 大木の杉並ぶ参道を歩く

三十三観音

慈光寺を代表する三十三観音、その昔仕事のストレス、悩みがあった時、一体一体手を合せた事がある。
お陰様で、今では当時何を祈って手を合せたのかとなって忘れてしまっているのはお祈りがきいたって事。

慈光寺の緑

野生のガクアジサイなのか、アジサイの時期はまだ、似た花なのか、どっちにしろ僕にはアジサイの季節になったんだと実感した。

杉の参道

大木の杉並木を歩いていると、気持ちが癒されてくるのは確かである。
だけど撮影は別、人が歩いれば、「邪魔だなあ。」と思ったり、誰もいないと「寂しいなあ。」、また「怖いなあ。」と風景に一喜一憂する僕、
これは我がままともいう。

三地蔵

三地蔵、訪れて始めな頃は地蔵さんを撮るのに躊躇があった、それが回数踏んでくると、”どう撮ろう?”にかわり、この構図を見つけるのに
数年かかった(笑)

緑萌え




慈光寺前の流れ

復活した人工滝の流れだが、しばらく止まっていた。初めて訪れた時に水が勢いよく流れているのを見て、新潟にもこんなお寺があったんだと、
この水の流れる風景が一層に印象的したが、何年か間流れは止まっていた、その風景は僕には「何だかなあ。」だった、一昨年だかに復活、
やっぱりこうでなくちゃあ、じゃんじゃんバシャバシャ流れろ。


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◇ 緑の参道を歩く

参道に掛かる橋

緑の慈光寺の参道を久しぶりに歩いて、「ちと早すぎたか?」と思った、それは、、、、

十全線と蛭野

この季節は緑がより綺麗に映えるので雨の日を狙って出掛けていた、傘をさしながらブヨに何か所も刺されながらの撮影のため、いつも半袖季節なのだが、虫防止に長袖を着てムシムシしながら撮影、時折耳元のブンブンとブヨが飛んでいたことを想い出した。

杉の巨木

まさに「これぞモスグリーン」の季節が、今年はそれをすっかり忘れいた。

石灯籠




慈光寺の杉並木

初めての頃は、この参道も車での通行は可能だった。いつしか環境を配慮し使い必要以上に(寺院関係車以外は)車の通過を制限した。

杉並木の参道

撮影には歩いた方が断然いいし、それは森林浴だとわかり、歩いていると心理的に癒された。
そんなこともあってか、杉の参道を歩くようになった、ここはやっぱり車より歩きでしょう。


朝方変な夢を見て目が醒めた。
どういう訳か僕は893さんになっていて、九州での会合ため宿の予約をするのだけど、それがマル暴に怪しまれたらまずいので、会合メンバーと
なるべくかち合わないようにするのに幹部で「どうするか~?」と考えている所で目が醒めた、、、、醒めたというか、夢の中の設定に我をかえり、
「ありえない」と疑問を呈して目が覚めた。
僕は893でもないし、何故に会合が九州が出てきて、マル暴にまで警戒しての宿探しと予約と、そんな非日常的シチュエーションに
これはおかしいだろうと、これは夢なのでは目が醒めた。
それにしても、そんな日常でも考えたことないない事まで夢の中で設定されるものだろうか。



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◇ 村松慈光寺、緑の頃

廻廊の火灯窓

いつの頃からか、”お寺にいる”ことが落ち着くようになった、ちびりの僕には時にその静けさの中で突然の音にビック!とすることもあるのだが。

慈光寺の廻廊

カメラを始めた頃はしばらく寺院関係は訪れても中々撮れなかった。でも東京で浅草寺を撮ったり、京都で清水寺、金閣寺は撮っているのに、
なんで地元では撮れないのだろうとそれは霊場としての尊さと、誰も人がいないような寂しいと不気味感もあってか撮れなかった。
お寺、石仏と自分でも「何で撮れないのだろう?」と一時期迷いと矛盾があった。

廻廊の消火器具

大数珠と消火器具

慈光寺の座禅道場

坐禅場に入ると、ツバメが堂内で飛んでいた。はて?と見ると床には紙が敷かれ、たぶんその上には巣があるのだろうと直ぐにわかった。

本堂と天狗

午後4時の本堂の天狗のお面、
今は昼が長いので何ともないが、秋、冬場に同時刻なると暗くなるのは早く参拝者の姿は少なくなる、堂内は当然一層暗くなるのだが、
かえってその時間帯が僕には寺院として落ち着く時間帯でもある、それでもビビりの僕はビクつく事もあるだが、今の季節は安心の明るさである。

本堂廊下

大木魚のぶら下がる廊下。初めてここを訪れた時は、これは撮らねばと何枚も撮ったが暗くてブレまくった記憶がある。

山門

曹洞宗系寺院は院内も撮影可能っていうのがわかると、”これは撮らねば!”と、いつしか思うようになり寺院の撮影に抵抗もなくなってきて、
むしろ”そこにいて”落ち着くのは棺桶に一歩、二歩と近づいているからかもしれない。


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◇ 荒川の上流にて

荒川の赤い橋

山間の赤い橋、時間に余裕があったので寄り道して見つけた風景。

赤い橋と鉄橋のある山の風景

ここにも赤い橋とJRの鉄橋、待っていたらここ列車が通過するシーンもいいじゃないかと思ったが、時刻もわからずなので無闇に待たなかった。
本数の少ないローカル線である、待つ事2時間だって可能性はある、それも知っていて2時間と、全く時間も知らない2時間では待つ時間が違う。

荒川に掛かる川霧

気になったけど、一度通り過ぎて自然現象は今度いつあるかわからんしと引き返す。

山神社

たぶん初めての土地で見つけたお堂、なんていう神社かと近づいて名前を見たら「山神社」だった。
この近くで歩いていると、目の前に「蛇!!」ドキリとして一瞬動けななくなった僕の目線は、それは蛇の亡骸だった、驚かすなよなよ~。

荒川の支流



山の緑

なんとなく視線を感じるような気がする。
山の中で車を停めて、緑を撮るたびに、向こう側に隠れこちらをジッと見ている”奴”がいるんじゃないかといつも想像する。
それが鳥、ウサギ、猿だったり、熊だったりするのかもしれない、なのでいつも道路に車をめて山の中で撮る時は、小心者の僕は
クラクションを「ファン、ファン =3 =3 」と鳴らして降りるのだった。
それだって、カーステレオはハードロックの大音量を流し、ドア開けるとロックのビートが山の中で鳴り響く、ビビりの僕はそうやって自然形態を
壊しているのかもしれない。

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◇ 久しぶりのストック整理 その2

夕景

冬が終わり、いつしか昼が長くなり、今までなら薄暗いはずの空は、優しい日差しの薄暮にかわり、そして春を感じた。

野焼き痕

福島潟の野焼きの時に行けず、後で現場に行ってみて燃えカスを撮りながら、僕は”あしたのジョーだな”だった。

野焼き遠望

その野焼きの日、わかっていたてもやんごとない用事で遠くから撮るしかなかったが、でもそうでもなかったら、こんな空爆されたような光景は
撮ってないのかも。

新発田市内

新発田市の寺町、二王子岳にまだまだ雪残る。

旧沼垂駅

廃線になり、しばらく線路もあった頃何度も通い、この線路も売ればいいお金なるだろうに、もったいないなあと感じていた。

廃線風景

後に残る、バラスト(敷石)と枕木

線路のなくなった風景

それが、いざ線路が取り払われると、足場をすくわれたようなった殺風景感にやっぱり線路があった方がいいなあと思えるのだが。



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