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◆ 神社仏閣のある風景

犬山にゃん太郎

耕雲寺の神社



耕雲寺三門と本堂

時々お寺の境内に神社があったりすると「なんでだろう?」と思う。
「神社仏閣」などと字では一緒に熟語になっているけれども、喪中の時などは、神社参拝は控える、鳥居から先は神の神聖な場所のでくぐらないなどと言われるくらい別物である、それゆえにか逆パターンはまずない。

だからお寺の境内で神社があるのを見るといつも「なんでだろう~?」とちょっと疑問符がでる。

とはいえ神聖さには変わりがないのだけれども、喪中の時でもここなら参拝しても良いのだろうかと、思うのである。


追記:リンクお仲間の「夢旅人」さんより コメント頂きました、あまりに参考になるので そのまま載せます。
   なお、コメント欄とダブりますがご了承を。

『 神社と寺の関係・・・不思議ですよね~。
神社は仏教が伝来する前から存在していましたが、仏教がもたらされて以来、其の強烈な理論武装により神社は寺を守る「守り神」として扱われるようになった。
例えば、天台宗の本山・比叡山の守り神は、「山王神社」であり「日吉神社」もそうです。

明治時代になるまでは、”そう”であったが、廃仏毀釈を明治政府が布告したので、全国の仏像や仏閣が毀損された。しかし一般大衆の仏教信仰は堅く、明治政府は仏教を抹消する事が出来ず、今日まで神社も寺も昔のように同じ場所に或る場合が多いのです。

お経は寺で唱えるものと思っている人が多いが、神社で唱えても差し支えないお経がある。
それは、『般若心経』です。
とは言え、神社で唱えている人を見たことは私もありませんが・・・ 』

さすがです、僕には、知識がなさすぎて、このような内容の事を書けませんん(><);
ありがとうございました。

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Posted by犬山にゃん太郎

Comments 10

There are no comments yet.
香月 りら
犬山にゃん太郎さん

一枚目のお写真
右上 無数の玉暈けがとても綺麗です
屋根の上にも光が溢れ
草の葉の上 葉の間にも光が毀れています
背景暈けも綺麗です
モノクロに色彩を充分感じるお写真 
美麗です

犬山にゃん太郎
Re: 香月りらさん こんばんは

歳を取ったせいかお寺、神社が落ち着きますねえ、
特にお寺とか写真を撮りに行くと落ち着くのか神社よりも撮っている時間が長いようです。

そんなお寺で山門、本堂、などを見て歩くと山門脇に小さい神社がありました、
日の当たらなくらいの周りは高い木々でに囲まれていいのですが
人があまり参拝しているようにみないくらいお堂の前は草の生え方であったせいもあり
なんだか寂しそうな神社(お堂)の風景でしたよ。

以前、りらさんのコメントから長岡市の松籟閣(しょうらいかく)へ、行ってきましたが、
僕の見る目がないのかもしれませんが、残念ながらイメージしていたレンガ造りとは違い、
僕には普通の家にしか見えませんでした。
写真は撮りましたが、どれもいいなあと思うのが撮れてませんので、
ブログへUPはないとりあえずありませんm(__)m

  • 2013/05/31 (Fri) 01:24
  • REPLY
nikonfe
宗教観とは・・・

一般的に神社は産まれてからのことで寺は亡くなってからというのが通説のようですが、寺で結婚式をするのもいるし、神社仏閣の利用の仕方がいっしょくたになりつつあるようで、如何にもノンポリな日本人らしい現象。
というより金になれば何でもしますよという生臭坊主が多くなってるんでしょうね・・・
鞆の浦に沼名前神社があるんですが、その手前をいくつものちいさな寺が囲んでました。
まるで沼名前神社を守るかのように建立されてたちいさな寺は厳そかというより開放的な雰囲気でした。
季節が春ということもありますが、明るい寺より背後に山が聳えてる沼名前神社のが厳粛な感じでした。
こちらの記事の画像のように荘厳さはないものの、寺と神社が渾然一体となってる光景がやけに明るく感じたものです。

keico

こんにちは。一枚目のお写真は、とりかたが素敵だとおもいました。

  • 2013/05/31 (Fri) 09:42
  • REPLY
犬山にゃん太郎
Re: 宗教観とは・・・nikonfeさん こんにちは

神社仏閣なのであえて不謹慎なことは書きませんでしたが、
まさにnikonfeさんの仰っているような事わかります、寺に神社、
こちらでは神社ではなくお稲荷さんが多いかもしれません。
今思うとここのお稲荷さんだだったのだろうかと、でも隣には立派な石段、狛犬のある神社もありました。
伊勢神宮では格式は違うのでしょうが、奥へと行けば写真撮影すら禁止だとそれくらいなのに、
生臭なお寺と神社はどうも僕の中では一緒に(同じ場所)ならないのですがね(^^ゞ

本来お寺と神社は、境内に入っただけで、「さっきまでと違うわ~。」ってなるのは同じで
人間の癒しとなると場所として同じなのですがね。


  • 2013/05/31 (Fri) 12:40
  • REPLY
犬山にゃん太郎
Re: keicoさん こんばんは

お寺で見つけた神社での癒しの空間でした、
落ち着きますねえ、草木がなんだか意味ありげに生えていて、
踏んじゃいけないと思っても、踏んでしまうほど人が立ち寄った形成が感じられなかったです。

  • 2013/05/31 (Fri) 12:43
  • REPLY
夢旅人
神社は寺の守り神

”大山にゃん太郎”さん、お久しぶりです。

神社と寺の関係・・・不思議ですよね~。
神社は仏教が伝来する前から存在していましたが、仏教がもたらされて以来、其の強烈な理論武装により神社は寺を守る「守り神」として扱われるようになった。
例えば、天台宗の本山・比叡山の守り神は、「山王神社」であり「日吉神社」もそうです。

明治時代になるまでは、”そう”であったが、廃仏毀釈を明治政府が布告したので、全国の仏像や仏閣が毀損された。しかし一般大衆の仏教信仰は堅く、明治政府は仏教を抹消する事が出来ず、今日まで神社も寺も昔のように同じ場所に或る場合が多いのです。

お経は寺で唱えるものと思っている人が多いが、神社で唱えても差し支えないお経がある。
それは、『般若心経』です。
とは言え、神社で唱えている人を見たことは私もありませんが・・・

  • 2013/05/31 (Fri) 17:31
  • REPLY
犬山にゃん太郎
Re: 神社は寺の守り神・・・夢旅人さん こんばんは

貴重なご意見ありがとうございました、非常に勉強になりました φ(..)メモメモ

こんなことが、僕にも書ければ問題ないのですが、何事にも頭がないものでした、
深い内容はかけませんでした (><);

それを補ってくれるようなコメント、あまりにも僕のブログにだけのコメントとしては惜しいので
改めて全文、本文内容に「追記」として載せたさせてもらいました。

廃仏毀釈・・・ですよねえ、お地蔵さん、首がもげたり、首を切られたりした痕のあるもの
あちこちで見ます、多いです、時々生々しく感じる事があります。

勝手でありますが、ご了承下さい m(__)m

  • 2013/05/31 (Fri) 19:56
  • REPLY
いろもりカラス

こんばんは。
神仏習合ですよね。
でも、言葉だけなんとなく知ってただけなので、夢旅人さまのコメントを読ませていただきとても勉強になりました。
それにしても、神社仏閣のお写真、とても上手に撮られますね。
わたしはとても苦手なんです。
なんか単純になってしまって。
凝って撮ろうとすると無理な感じがあるし。
いろんな撮り方するんですけど、いまだいいと思うものが撮れたことがありません。

  • 2013/05/31 (Fri) 20:30
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犬山にゃん太郎
Re: いろもりカラスさん こんばんは

> 凝って撮ろうとすると無理な感じがあるし。
> いろんな撮り方するんですけど、いまだいいと思うものが撮れたことがありません。

写真を始めてしばらくするとそうなります、当たり前の通過点ですね。
「俺もウマくなったものだ。」と思ったりして、でも後で見ると無我夢中で撮っていた頃の方が
良いものが多かったりしてます。そしてしばらくすると何を撮っていいのかわからなくなりました。
そして未だにそんなことの繰り返しです、ともかく色んなものをたくさん撮らないなとそんな事もわかってないかもしれませんね。

神仏習合ですか、そなんな言葉がありましたね、僕の頭では忘れられた単語であります、
そんな神社・お寺ですが、時に「良い写真が撮れます様に~人(><)」っとお願いしてますw

  • 2013/05/31 (Fri) 22:44
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