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◇ 夜のトバリが降りるころ

犬山にゃん太郎

石畳の通り

陽が落ちて夜の帳(とばり)が降りるころ、夏の陽の長い同じ時刻なら、まだまだ明るい街をブラブラして、そして暗くなる前には家に
帰っているだろうが、まだまだ午後5時前、こんな瞬間を迎えられる陽の短い冬に感謝だった。

石畳の行形亭

右端見える「地獄極楽小路」の文字、昭和40年代までこの右側の小路をはさん刑務所があった、左は行形亭(いきなりや)の料亭と、片や刑務所、
毎夜の酒宴のドンチャン騒ぎ、片や酒どころか騒ぐこともできない刑務所の拘束の日々との落差の境界線から「極楽地獄小路」と呼ばれたらしい。

石畳の白壁通り

「白壁通」

白壁通り

見慣れてしまったけれど、石畳の上に一時停止の「止まれ」の文字に、カレーライスに醤油を掛けて食べるような抵抗があったが。
今ではそれを構図に取り入れるようなった自分に慣れは怖いねえ。

黄昏時の石畳通り

むしろ「止まれ」に標識の「注意」、「新潟市」の文字があるゆえに「ここでしょう。」と撮ってしまっている自分である。

今週初めに、養護施設の親父の面会行った。
冬場はインフルエンザ予防から外部者には施設内でマスクとアルコール消毒励行、マスクとアルコールのプッシュボトルが置かれていたのだが、
いつもたんまり入っているマスクの箱が「空」だった、離れて別の場所にもあるのだが同様で、私は奥にあった予備の箱を開けてマスクをしたのだが
ずっと訪れているが、こんなのことは初めてだった、「たまたま」、それとも「新型ウィルス」のせいなのかと、空のマスク箱を見て「どうして?」と
何年前かのマスク不足を思い出した。その当時の我が家は買いだめして今更だがまだそれがある、とりあえず騒ぐことはないけれど、
遠い昔のトイレットペーパー売り場ががらんとしニュースを騒ぎを思い出した。
あれって、紙業界の人聞いた在庫はしっかりあった、それでまた儲けたとも聞く。果たして令和時代のマスクはどうなのか?
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Posted by犬山にゃん太郎

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