冬来たりなば春遠からじ2.0 Daily 

A Day in the Life. ” there ” そこにある日常の光景 2代目。

Category: 山形・情景  

◆ 2011/3月の記憶 鶴岡市 善寳寺

五百羅漢堂


一年半ぶりの鶴岡市善寳寺。
五百羅漢堂をのぞく、暗い堂内には色々な羅漢が並んでいる、ひょっとして動くのはないかと思えてくる出来、ガラス越しに僕が見ているから止まっていて
僕が堂から離れると「へえ、やれやれ。」なんて動き始めるのでではないかとフェイントかけてカメラを向けたがやっぱり同じだった。
もう一度と思ったがそこまでやったら「俺はバカの証明になるな。」とやめた。


本堂前



2011/3/11 の震災から4年、当時は色々な映像ニュース、余震、余震で被災地でなくても誰も精神的に参っていたのではないかと思う、僕も何かせねばと感じつつも
何にもできないでいた自分、未だに寄付以外で何をしたかというと”観光”くらい、「風評なんて関係ないよ。」ともかく例年よりも福島県会津地方には出掛けた、
あちこちで見る「がんばれ!」の文字、普段見ていた「がんばれ」の文字よりも何だかずっと重みを感じた。

その"がんばれ東北"の観光では一番最初に出かけたのは山形県鶴岡・酒田だった、あちこち観光スポットをまわったけれども何か違うなあと心のどこかにあったが、
善寳寺が僕には一番落ちつき、遠く山形県まで来たのは、”ここに参拝するためだった”のではないかという気持ちにもなった。
だから本堂前のこの賽銭箱の前で手を合わせ頭を下げて「東北の復興、みんなの毎日のもやもやした気持も早く落ち着かせて欲しい。」と手を合わせて祈ると、
気持ちを落ち着、来てよかったなあと思えた。性格のひねくれオヤジでさえそんな気持ちさせた2011年の春、その為かこのデカイ賽銭箱の文字が印象に残っている。


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Comments
Edit
当時、テレビで流れる映像が信じられなくてただただ呆然としていた事を思い出します。
私も何かできないかと考えながら、結局は簡単に縫える雑巾を支援に送ったり僅かな寄付くらいしかできなかったです。
早いものですね、もう4年にもなるんですね。
まだ大変な生活を送ってらっしゃる方もおられると思いますが、頑張って欲しいですね。

五百羅漢、ほんとに動き出すのではと思うほどリアルですね。
にゃん太郎さんの表現が面白いですね。
EditRe: mintさん こんばんは
当時は、ボランティア活動している人を見て「大したものだ」、「僕も何かせねば。」と思っていても
行動が伴わず、余震と映像ニュースを見てもやもやとしていました。

それから風評だとかで観光地に人が来ないというので
だったらと「そのくらいならば。」と例年よりも福島県会津、山形県鶴岡・酒田へと行く回数が増えました。
行くことでちょっとばかり胸のもやもや軽くなり、「何か俺はしているなあ。」という気持ちになりました。

しかし当時はガソリンスタンド前は何台も並んでいたり、町の中での「がんばれ」の文字が
遠く離れた新潟から現実の被災地に来たんだという実感ありました。

しかし、昨年福島県郡山・会津へ行きましたが
ガソリン代がこちら新潟よりも10円も安すかったのは、だいぶ震災前に戻ってきているのだと感じましたわ。

Edit
こんにちは。(^-^)

人間時間では一瞬のフェイント時間であっても、五百羅漢さんの世界では長い時間であって、その時間に皆さん動き回って、そして、動きを止めたときに、人間時間のフェイント時間が終わったとか・・・複雑怪奇な世界・・・(~_~;) 訳の分からないようなことを言ってしまいました・・・
EditRe: 妖精ボージーさん こんにちは
妖精ボージーさんに言われて「はっ!」としました。まさに仏の世界と人間界の時間の流れな違ってました。
僕のフェイトどころか、その日一日だってむこう様から見たら「うん??」てな感じの一瞬の動きかもしれませんね。

暗くてのぞける所も限られていて全部はみえないのですが、
この羅漢像の出来栄えで500体がずらりと並んでいたらすごいのでしょうねえ。

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