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冬来たりなば春遠からじ2.0 Daily 

A Day in the Life. ” there ” そこにある日常風景の旅 2代目。

Sort by 01 2020

Category: 日記・情景  

◇ 夜のトバリが降りるころ

石畳の通り

陽が落ちて夜の帳(とばり)が降りるころ、夏の陽の長い同じ時刻なら、まだまだ明るい街をブラブラして、そして暗くなる前には家に
帰っているだろうが、まだまだ午後5時前、こんな瞬間を迎えられる陽の短い冬に感謝だった。

石畳の行形亭

右端見える「地獄極楽小路」の文字、昭和40年代までこの右側の小路をはさん刑務所があった、左は行形亭(いきなりや)の料亭と、片や刑務所、
毎夜の酒宴のドンチャン騒ぎ、片や酒どころか騒ぐこともできない刑務所の拘束の日々との落差の境界線から「極楽地獄小路」と呼ばれたらしい。

石畳の白壁通り

「白壁通」

白壁通り

見慣れてしまったけれど、石畳の上に一時停止の「止まれ」の文字に、カレーライスに醤油を掛けて食べるような抵抗があったが。
今ではそれを構図に取り入れるようなった自分に慣れは怖いねえ。

黄昏時の石畳通り

むしろ「止まれ」に標識の「注意」、「新潟市」の文字があるゆえに「ここでしょう。」と撮ってしまっている自分である。

今週初めに、養護施設の親父の面会行った。
冬場はインフルエンザ予防から外部者には施設内でマスクとアルコール消毒励行、マスクとアルコールのプッシュボトルが置かれていたのだが、
いつもたんまり入っているマスクの箱が「空」だった、離れて別の場所にもあるのだが同様で、私は奥にあった予備の箱を開けてマスクをしたのだが
ずっと訪れているが、こんなのことは初めてだった、「たまたま」、それとも「新型ウィルス」のせいなのかと、空のマスク箱を見て「どうして?」と
何年前かのマスク不足を思い出した。その当時の我が家は買いだめして今更だがまだそれがある、とりあえず騒ぐことはないけれど、
遠い昔のトイレットペーパー売り場ががらんとしニュースを騒ぎを思い出した。
あれって、紙業界の人聞いた在庫はしっかりあった、それでまた儲けたとも聞く。果たして令和時代のマスクはどうなのか?

Category: 情景・モノクロ  

◇ いずれ消える記憶とルイ・ヴィトン

東堀交差点にて



ネクスト21

何年前かにラフォーレ原宿新潟店が撤退した、私的に開業中は1、2度訪れたくらいであまり関係なかったが、それでも撤退は街から
花が散ったようで関係ない私でもどことなく寂しくなった。

三越新潟店

今度は今年3月に、三越新潟店の撤退である、三越伊勢丹グループとして新潟には伊勢丹と三越二つはいらないってことなんだろう。

三越新潟店のルイヴィトン

この前では、「世界のルイヴィトン」と田舎にいて”当世はやりの風”を感じるようで前を通っては何度も何度も撮影していた。

新潟店のルイヴィトン

たぶん、本来なら表通りのディスプレイは、こんな感じでお金が掛かっているのだと思う、閉店間近では予算だって絞るだろう。

その昔、後輩に彼女が出来た、そのオネエチャンに「あたし、ヴィトンのキーケースが欲しいの。」と私はねだられた。
筋違いなのではとそれだったら、「彼氏買ってもらえばいいじゃん。」と云うと、「彼には、(もっと高い)○○を買ってもらうつもり。」と答えた。
たまたま家に使っていないルイヴィトンのフェイクバッグがあったので「これをあげるよ。」、フェイクであってももらった時の喜びようはそれはもう飛び跳ねていた(笑)

その彼女が北海道旅行から帰ってくると、「空港で本物のヴィトンのバッグは傷つかないように袋に入れらていたけど、もらったバッグはそれも
なかった。」と残念なような、悲しいような、またクレームのようなことを私に言った。
「フェイクだ」とは言ったはずだ、ともかくそんなきっかけで、会話も増えて親しくもなった(娘のように=ここ大事)、そしてクリスマス前に
「あたし、本物のヴィトンのキーケースが欲しいの。」だった。

最初は「なんだこの女?」と聞き流していたが、仕事を終えタイムカードを押す時に、不敵なチラリ目線がわざとらしくこちらに送ってきた。
ともかく、私はフェイクでも気持ちに火をつけた責任を感じ?「しょうがねえなぁ。」と初めてルイヴィトンの敷居またいだのもこの店だった。
オヤジとって通路とルイヴィトンの店のフロアーに段差はなくても、通路と店と境界線は山のように高かった、またぐと心臓はドキリンコとした。


Category: 情景・モノクロ  

◇ 「街の灯」、窓にそろそろ光が灯るころ

階段、街の灯

街の灯、薄暗く全景は見えないがいつも歩いて撮っているせいか、しっかり冬のイメージはあった。

モノクロ二葉町の階段

お気に入りの階段で灯りが点灯し、それは普段とは違う別な顔を見て「へえ~、こんな面があったのかあ。」と2度惚れしたような思いだった。

二葉町の階段

外灯の点灯した階段で私は興奮して撮っているころ、暗がりは母子だろうかと、母親はスマホで「お父さん、今晩はカレーよ。」とラインでも
してるのだろうかと反射的にカレーの匂いまでしてくるようだった。

ある神社の木の下で

(雪の冬は嫌いだけど)この季節はいいわとある神社の欅を見上げた。

新潟市市民美術館

階段の近場の新潟市美術館で開催中だった、「アンドリュー・ワイエス」のポスター、昼間歩いている時はきにならなかったが夕暮れに
歩いていると、そのポスターが明るく光っていた。「あれこの看板は、下地は蛍光灯で灯りついたのかわかった。
最終日曜日の前を歩くと、駐車場が満杯なくらい混んでいた、ガラガラ状態の時にじっくりと見ておいてよかったと思った。





Category: 日記・情景  

◇ 黄昏る階段 タテ 

二葉町の階段



夕暮れの二葉町の階段

日中の短い冬、街をブラついていても暗くなるも早く「今日は終わりだなあ、帰ろう。」とした時だった。

夕暮れの階段

改めて「これがあった!」と、毎日マンネリのラーメン生活の前に、カレーライスが、それもとんかつののったカレーが食卓に出たような興奮だった。

二葉町

「w(゜o゜)w オオー !!」、今日もラーメンかと思っていて所にこの匂い、ご飯の上には分厚いとんかつがのり、ウマ辛のカレールーがかかる、
脇にはキャベツまで添えてあって、初めてフォークとスプーン食べた当時のウマさの感激と興奮を思い出したようだった。

中央区二葉町の階段

急な階段はキツイとはいえ、せいぜい3分もあれば余裕に登れる階段だったけど、私は興奮のあまりカメラのシャッターは増えて階段の上まで
撮りながら登るのに通常の3倍はかかったようである。
上まで登るとその興奮は止むことなくしばらく は私の顔はこんな顔で歩いていた違いなかったヽ(^。^)ノ。


Category: 日記・情景  

◇ 斜日

斜日



斜陽

土手を車が走っていた、これは撮らねばと車を停めてカメラを向けると、土手は思うように車が通らず、しばし通過を待った。

阿賀野川土手

いざ通過すると、”この車じゃないなあ。”と通過する車の影を見ながら見送ったりしていると、それなりの時間私はカメラを持って立っていた。
最初に見えた時に大型トラックで、傾く光が運転席越しに通過するのが見え、「これは!」だったが、その後待ったが通らなかった。

土手と斜陽

待っている間、車は道路脇駐車したが、それをよけるように通る車の運転手は”何をしんるんだろう?”というような体(てい)に見えた。
撮っている自分も、「この場所で、こうやってカメラを向けているのは、人類史上初なのでは。」と思いながら、大型トラックが通過するのを
待ったが来なかった。
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◇ 気がつけば逢魔が時、胸中さわぐ

古町通10佐藤菓子店

今日はダメだなあと、夕闇迫り引き上げる頃。

夕暮れのお菓子店

もっと迫ればいいのにとわかっていても、店先に立って何も買わないのに撮るだけっていうのはさすがに私としては気が引ける、もしもそこに
お店の人が「いらっしゃい。」なんて出て来られても即対応体制になれるほど私は切り替わりはできない。

古町通10の菓子店

何十回も、何百枚もここを撮っている割に私は1度くらいしか買い物をしていない、確かその時は「買い物したぞ~」と言わんばかりにお店で
シャッターを何枚も切った記憶がある。しっかり店先で撮ることもあるがそれは店が休みだったり、こうやって道路を挟んで撮るだった。

カーブミラー



古町通10の呉服店

やっぱり冬暗くなるは早かった、この日お天気が悪くカメラを持って出掛けるつもりはなかったが、家に閉じこもっているよりも街を歩いた方が
精神的に健全で健康にもいいしと、午後3時前に出掛けたが、曇り空で午後3時過ぎでは薄暗くこれってのは撮れなかった。

エロい風景が消えた旧映画館

そして街は暗くなり始めると街灯、照明が着き始め、今日はあきらめ”帰ろう。”と引き上げようとすると、「こんな光景もあった。」と暮れ始めた街に
胸の奥がぽーと明るくなった、夕暮れ共にその景色に心が躍ってきた、まさに僕にとって「逢魔が時」がやってきた。

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◇ 失われつつ街景

解体中の大竹座ビル

知ってはいたけど、目の前でこんな風景を見るのは寂しい。

中央区古町通8大竹座ビル

だからって、どんだけここにビルを利用したかと言えば、ボーリング、映画、ディスコ、ショッピングと遠い昔である。
俺のストライクを出したのはあのあたりか?と床のなくなったボーリング場のフロアーを眺め想い出す。

古町大竹座ビル

「スナックも行った。」とやっぱり床のなくなったそのスナックのあったのはあの辺りかと思い出を眺めた。

路地の私有地

以前は全く問題なく通っていた古町通の路地、電柱に貼り紙され「ここは私有地」とあった。こういう場合私有地でも「通行の自由」というのも
あったのような、車、バイクとかエンジンついているのはマズいが、歩行なら著しく迷惑をかけるのではなければよいはずと、私は素早く抜けた。

西堀飲食店街と八柳会跡

「西堀飲食店街」と「八柳会」とふたつの飲み屋街がくっついていたが、手前の「八柳会」の建物は取り壊され、残った「西堀飲食店街」の
向こうが見えるようになった、それもつかの間だった。今は厚目のベニヤ板で塞がれて向こうは見えない。ある意味貴重の瞬間。

変わった路地景

おや?と思うのは自分くらいだろう、手前のタイヤ止めの向きがバック止めになっている。以前のここ出入りは立ってる路地からなので
本来なこんな所のタイヤ止めは、「おかしい、じゃま!」なのだが、裏のビルが取り壊され駐車場になり、出入りは裏側からになったたため。
縁石、タイヤ止め、真新しいアスファルトによって、時々撮っていた私のお気に入りの空間がなくなった。

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◇ 広い砂浜でひとり 科学を考える

広い砂浜の越前浜海水浴場

立っている辺りは、単純に波打ち際から海の家のある所までの砂浜は170~180m、200mある場所あるが、ともかくこれだけ離れても
流木らしきもが砂に埋まっているということ。

風は西から東へ

海の浮かび、流れ流れて波に乗って岸辺へ、そこまではわかるが100mもここまでくるものだろうかと、ゴミとも思えるような流木に疑問が浮かぶ。

越前浜

海上から風は西風、その風に吹かれて砂浜の砂が飛んだ(白っぽいのが砂粒)、それが時間を掛けて流木を埋めるのだろうかと
広い浜辺でひとり砂と風の科学を考えた。

ロシア文字のペットボトル

ハングル文字はよく見るが、時々見るロシア文字ペットボトル、その中に液体が入っているようでこれを開けたらロシアがあるのだろうかと、
ペットボトルの中についた水滴が生々しいロシアに感じた。

監視塔

海水浴場の監視塔、よくよく考えてみるとコンクリート造りの立派な監視塔は珍しい、ざっと新潟県海岸線100kmを思い浮かべると3ヵ所か。
単純計算で30kmに一か所になるくらい、珍しい。それだけここの海岸は広く海水浴客も多いってことなのか、自分の住んでいる地域では、
テニスコートの審判の椅子ような、プールの監視員のようなもの、もっとも最近は夏の光景は行っていないのでわからないが。


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◇ 渚のシンド、、、いやいや 渚のジジイですじゃ

モノクロ 越前浜

波が押し寄せる、長靴を履いているので波が来ようが平気の平左衛門。小さい子供でも安心な遠浅の渚は、これが海水浴場だよなあと思えた。

西蒲区越前浜

そこで渚を押し寄せては引く波を、カメラで波打ち際ぎりぎりを狙って撮ろうとするのだけど、「ここだ!」とシャッターを切ると波は引いた。
シャッター押す反応が鈍いのかもしれないが、波の「ここが最長点!」を狙って撮ろうとするじゃが自然は計算通りにはいかんのですじゃ。

越前浜海水浴場

そろそろここかの瞬間、波は砂の中へと消えた、「あっ!」てな具合で瞬く間にそれは水の泡となった。

海水浴場、冬

前回の秋に訪れた時、ちょうどこれと同じように砂の上を私は歩いていた、するとこんな砂浜だけど、私は落とし穴に落ちたように砂に
ズボーと足がぬかった、それは突然であり、こんな所でそんなことが起ろうとは想定外だったので私は”これで波が来たらどうしよう?”と焦った、
クロックスのサンダルだったので濡れても平気だったけど、足を抜こうとするとサンダルが砂の中ではその抵抗で重かった、「なんでこんな所で?」
他もこうだったらオレはここの砂浜で遭難するじゃないだろうかと思えるほどの想定外に”マズイ”と焦った。

なので、今回は冬でもあり長靴をしっかり履き、砂の落とし穴があるのでは?と想定しながらの波打ち際を歩いた、ジジイはしっかり経験を学習するのですじゃ。

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◇ 越前浜で、オレは波とたわむれる

越前浜の波

なんてこなく波を撮っているけれど、新潟県ではこれを撮れる場所は昨日も書いたが限定的である。

越前浜、向こうは佐渡よ~♪

新潟市西蒲区越前浜、シーズンオフではシャワー室も閑散状態。

シャワー室

カメラを持ってシャワー室前に立つなんてシーズンオフでないと到底私には無理。人もいない海辺はここでも独占状態、「わが物」である。

遠浅の越前浜

この波は遠浅でないと撮れない、通常遠浅ではない波打ち際では波近くまでカメラは持っていけない、波の高さがあってそれも予想できない、
”こんなものか。”と油断していたら時折”ざぶ~ん”と大波がくる、自分にかかるなら服が濡れ「あちゃ~。」ですむけれど、それがカメラだったら

波迫る

「あちゃ~」ではすまない、濡れたら終わり。ある意味では命より大事なカメラなのかもしれない(笑)

遠浅の浜辺だと波も低く安定、それも”ざーーーぶ~ん”の”ざーーー”が長い。時折大波押し寄せるがかかっても膝がしらくらいまで、
なので遠浅の浜辺では、ちょっとは余裕の波に近づけて撮影できる。波がやってきては後退し、波が引いては波を追い前へと行ったりきたり、
撮っている自分は「波とたわむれ」である。

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◇ トンビが舞う冬の海水浴場

越前浜にトンビは舞う

ここ越前浜は、新潟県にあって「越前浜」の名称、遠いご先祖は越前の国から移り住んだことかららしい。
ここに来るといつもトンビが海風に乗って舞っている。あちこちの海辺を訪れるけれど海鳥のカモメではなく、トンビがいるっていうのは珍しい。

新潟市西蒲区越前浜

ここには「トンビに注意!」の看板はないけれど、上を見てしまう、時に数羽の群れが自分の上を飛んでいるの見てドキリすることもある。
頭のどこかで「トンビに注意!」があるからだろう。

越前浜

私は県内のあちこち海辺を訪れている、浜辺で遠浅の海は新潟(特に県北部)では珍しく、そこをあえて遠浅で砂浜の広いこの地に
定住したのは偶然ではないと思えてくる。

新潟市越前浜

ちなみに、ここから越前浜から北へ20数kmと「新潟砂丘」の地形となっていて、砂丘としては日本一らしいのだが、その上に集落、住宅、松林
そして農作物にチューリップ、スイカ、ダイコン植えられ見えている砂丘の面積は分かりにくいので、風景としての”砂丘”なら、やっぱり有名な鳥取砂丘になるのだろう。

越前浜と監視塔

そのトンビがいるからカモメがいないのか、生態系まではわからないけれど「トンビと海の関係」だと湘南の江ノ島を思い出す。
片瀬江ノ島から江ノ島まで長い弁天橋を歩いていると見た「トンビ注意!」看板を思い出す、言われてみれば空にはトンビの姿が多かった。
食べ物を持っていたりすると油揚げならぬさらわれるってことらしく、看板の文字とこと他大きいトンビを見て小心な私はビビった。
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◇ ころり三観音をまわる

会津美里町「中田観音」山門

会津美里町 中田観音(弘安寺)

中田観音山門と参道

中田観音の仁王門にはたくさんのわらじ、大きなわらじがぶら下がる。

中田観音

あの野口英世も母親と並んで参拝の写真がある。JR磐越西線の猪苗代町にある「翁島駅」にその野口英世が凱旋帰省し降りた駅とある、
ということはここ中田観音へは磐越西線「翁島駅」⇒「会津若松」JR只見線乗り換え⇒「根岸駅」に降りたのだろうか想像する、

中田観音参道

それら駅を全部まわった自分が嬉しくなってくる。私的にはお気に入り会津美里町雀林が近いのでそこそこに寄る。

中田観音本堂

一度山門横に駐車したら脱輪した、”参拝に来て脱輪?!”とんでないことのように思え、参ったなあと脱輪具合を見ているとあれよあれよ
参拝者のオジサンたちが車を押してくれて脱出、この「ヘルプ」が妙にありがたかった、これも観音様のご加護。

大黒さん、えびすさん

個人的には、昔から福島の人は良い人の印象がある、あちこち訪れても温かく対応してくれる、ただ蕎麦に関しては、「水でそのまま食え」、
「箸の替りのネギで食え」とか、こうやって食べたらウマいよってことなのだろうが、その辺は私はどうも同意しかねる、どう食おうが好きじゃん。

会津坂下町「立木観音」山門

会津坂下町 立木観音(恵隆寺) 新潟から会津に入口ってこともあり、また桜が綺麗なので訪れている回数は他よりも多い。

山門と参道

ここでも山門にわらじ。私の周辺(新潟県)に、山門にわらじをぶら下げているお寺は見たことがない。

参道



立木観音本堂

茅葺屋根の本堂には8,5mの木造の立木千手観音安置。お堂の周囲には十二支の干支に合わせてご本尊を祀れている。

西会津町「鳥追観音」

西会津町 鳥追観音(如法寺) この時到着時にはすっかり山陰に入っていた。

鳥追観音山門

ここでもわらじ、この仁王門のような仁王さんの場所がひとつ引っ込んでいてその前に板場というのも、新潟では見ない。
雨降っても、雪が降っても中まで吹き込まないようになのか、雨でも雪でも安心の山門の造りに優しさも感じてくる。

参道と本堂



鳥追観音

本堂の中には抱きつき柱がある、ここを知った当時は「なんだそれは?」と不思議にも思えた抱きつき柱に、今では疑問もなく抱きつく。
ちなみにコロリ三観音には皆ある。

鳥追観音本堂

会津地方には「ころり三観音」がある、三カ所の観音様を参拝して拝めば、歳がいっても患っても寝込んで長患いすることなく、人様に迷惑を
かける事もなく「ころり」といく、いわば「ぽっくりと死ねる」と安楽往生すると言われている、10数年前までまったくしらなかった。

親に「連れってくれ。」言われ存在を知り、それ以降連れて行くことは何度もあるが、一度に3ヵ所まわることがなった。
その一度に3カ所まわるについて私はちょっと深く考えてしまった、「自分の親は個別にまわっているのに、それより若い自分が3ヵ所
一度にまわる」、そして「そんな親でもしてないのに自分は欲深いのか」と思いつつ、そして最後によく考えると「オレもそんな歳になったのか」と、
ちょっとばかり複雑な心境でもあった。

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