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冬来たりなば春遠からじ2.0 Daily 

A Day in the Life. ” there ” そこにある日常風景の旅 2代目。

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Category: 山形・情景  

◇ 龍王殿と甍の映り込み  

龍王殿



龍王殿のきんぴか



本堂の甍



龍王殿と本堂屋根の映り込み



デカい賽銭箱と龍王殿

普通神社仏閣では、本堂、本殿の扉まで階段があり、そこを上がっていくと賽銭箱があるものだろうが、ここ善宝寺はどこのも大きく、
階段をとうせんぼ、さすがに大きすぎるんじゃないかと感じた。

龍王殿と石段



龍王殿前の石段



本殿からの通路

この時右側の塀の辺りで人影を見たような気がした、「何してんだ?」とその姿を追うように僕は前へと進んだが、その姿は見えなかった。
「早い。」、大体そんな所で何をしていたのだろう、それとも見間違いか、その人の行動が早いのか、それとも天狗かと、本堂の裏で考えた。

善宝寺本堂の屋根



Category: 山形・情景  

◇ 龍の背中なのか二つ屋根の龍王殿

本殿から通路

確か前回訪れた時は本堂脇からの竜王殿への通路は工事中だった。
それまでは何となく暗いイメージの通路が新しいコンクリート色でどことなく薄れたようだった。

竜王殿と石段



龍王殿

狛犬もあるし、賽銭箱もある、建物は神社のような造り、「龍王殿」って名前だって「龍神さま」って言葉があるくらいので神社なのかと思えば、
賽銭箱の上には鈴ではなく、ドラなのである。

竜王殿

この日の最終目的はここ「龍王殿」だった、ここの建物の正直な感想はお寺の本堂の裏にあり、それがお寺なのか神社なのか、わからない。

竜王殿の右賽銭箱

その建物の形と入口は二つ置かれ、各々入口をふさぐようなデカい賽銭箱の訳の分からいような光景に久しぶりに行ってみたいと訪れた。

龍王殿のふたつ屋根




廻廊

本堂から龍王殿への廻廊、気にしなければただの風景、でもひし形の窓、そしてそれを開け閉めするのはどんな風に開けるのかと気になった。

善宝寺竜王殿

最終に人がいたらと思っていたが、ちょうどご夫婦と入れ違いになった、お陰様で無人状態の龍王殿をじっくりと撮れた。

Category: 山形・情景  

◇ 石段をのぼる

石段をのぼる



本堂と賽銭箱

初めてここを訪れた時、この賽銭箱の大きさにたまげた、こんな大きいのがいるくらいここは霊験あらたかで参拝者が多いってことなのかと。

本堂の戸



石段を振り返ると山門



本堂廊下



慈照殿



善宝寺石段

20代の頃だったろうか、石段を登りながら手すりにつかまって登る人を見ながら、「俺は若い。」と、いわんばかりに”ひょい、ひょい”と登った。
今は”高いカメラをブラ下げているんだ、転んだらと大変なことになるぜ。”と言い訳じみた理由つけて、手すりの脇を歩き、手すりにつかまりながら
登るようになった、、、どこがわるい('ω')ノ

善宝寺山門の獅子

この件については、獅子も口をつむぐ。


Category: 山形・情景  

◇ 久しぶりの善宝寺で、山門までもが長かった

韋駄天のバックル

韋駄天のバックル

毘沙門天

山門の毘沙門天

常夜灯と鐘楼

「どのくらい来ていないのだろう。」と考えながらも参道を撮影、無人の風景狙いで参拝者が通り過ぎるのを待っていたりすると山門まで
7、80mなのにえらく時間がかかった。

弥勒菩薩



弥勒堂

弥勒菩薩石像

本堂前の石段

やっと誰もいなくなった石段を撮りたかったがそれを撮ると、寂しいので、今度は人が来るのを待った。

石段を登る

そして、これが中々来なかった、晴れを狙って曇ったり、雨を狙って出かけると晴れたりと、人生は読み通りにはいかない。
今度は人がやって来たと思えば、続いて何人も参拝者続いた、「そんなに人の姿はいらんよ。」と、俺の撮りたいのは参拝者の足の裏だった。

この人にしようかと、僕はある男の後を追った。
Category: 山形・情景  

◇ ほんとに久しぶりの善宝寺で、感じたものは。

山門と信徒会館



山門の獅子と象



山門獅子の彫り物と五重塔

山門の獅子の彫り物も、左右で「あうん」。奥に見えるのは五重塔。

龍華庵

説明書きには「龍華庵(りゅうげあん) この庵の名称「龍華」は善寳寺の前身である「龍華寺」に由来する。明治十三年現在地へ三十三世中興月圓禅山和尚代に再建された。 天陣天井には棟梁が天井画まで関わったされる雲龍図が描かれており、本尊は観音菩薩」

善宝寺参道と親子地蔵尊

参道が無人になるのを待った、でも参拝者は山門だの、龍華庵だの、五重塔だの眺めたり写真を撮ったりで、無人になったかとおもったら
さっき横へと消えた人が、参道に戻ったり、陽が暮れるのが早くなってきている今、待つことに焦る僕だった。

善宝寺参道



山門と石段

外回りの仕事をしている方は経験あるかもしれないが、忙しさにかまけて顧客訪問が”久しぶり”のように長い期間をおいて訪問してみると
顧客への納品商品が他社の商品に切り替わっていたりすることがある。親しかった人が急に他人になったような、知らぬ間に寝取られたような
消失感と敗北感。
まさに、ここ山形県鶴岡市の善宝寺でも、取引、納品商品などはないが、久しぶり感がよそよそしい他人感があった。

いつも久しぶりに訪れるとその雰囲気が徐々にパズルの空白が埋まるようなしっくり感と親近感が出てくる、今回はどことなく建物に親しみ
温かみが感じてこないような他人感だった。お寺に縁のない他人感なら”ある意味”では、それは良いことなのかもしれないのだが。



Category: 情景・モノクロ  

◇ 寝屋の鉾立岩の見える風景

碁石と鉾立岩



碁石の海岸

「ここからも見えるのか。」、さっきまでいた寝屋漁港の鉾立岩が見えた、この位置からは鉾というよりもタコだった。

鉾立岩の見える風景



府屋の岬



旧府屋トンネル

目的地が遠いと決まっているとついついそこへと猛進する僕である、車を運転しながら気になる風景あってもチラ見して先へと進む。
気なる風景は ”今度時間があったら” と頭の中に ( ..)φメモメモするのだが、それはやっぱり時間と共に忘れることが多い、また後で
気が付いて訪れても季節、天候、時間が違うと「な~んだ、こんなだったの?」とがっかりする割合を多い。

この時は目的地は決まっていたが、珍しく時間と気持ちに余裕があった、いわゆる ”のんびりドライブ” なので「ここ気になっていたのよね。」と
この日、国道から旧道へと曲がった。その道の先は通行止めのトンネルとあって車なんてまったく通らなかった。



Category: 日記・情景  

◇ 鉾立岩のある港

寝屋の漁港風景



水面揺れ



寝屋漁港

とりあえず、この日寝屋漁港を目指していた、途中から前を県外ナンバーの乗用車の後ろについた、海岸線の道ってことあり海を見ながらの
運転だったのか、それはのろかった。
その時僕の頭には寝屋漁港風景が浮かび、早く着きたい思っていただけにアオる訳ではないが、脇見しながら運転の後を走るのはガマンが要った。

寝屋漁港と漁船

この先の寝屋漁港は素通りして行くのだろうと思っていたが、その県外車は寝屋漁港へと入っていった。
「ありゃ?!」僕も後を追うように入ったらと、まさにアオリの犯罪者勘違いされても困るので、別の入り口から入って撮り始めた。

寝屋の漁船

するとさっきの運転者は「この人かな?」」と思われるカメラマンいた、港全体を眺め正面の大岩をどう入れようかと構図を考えているような
位置取りで、”この人はここが初めてだな。”と思える目線でもあった。

水カゲロウ

港の向こうに見える大岩は「鉾立岩」というらしい、その名前を聞いて僕は納得した。
自然に出来たものなのだろうが、形からしたら「何者かに」に造られたように見える
何ものかが岩を刺したのかもしれない、さしずめ寝屋漁港の「エクスカリバー」ってことにしておこう、抜いたものは王になれる。


Category: 日記・情景  

◇ 粟島浮かぶ、いつもの岩ケ崎

岩ケ崎と日本海

ここを知ってしまうと、素通り出来なくなてる。

村上市岩ケ崎

「今日はどんな顔を見せてくれるの?」になった、そして冬になると道路脇の木は葉っぱが落ちて、僕のもっとも好きな風景になってくる。

岩ケ崎

ここ岩ケ崎で2回ほど目の前の岩場で釣りをしたことがある、1回アタリがあっただけで釣れたことがない。
釣り場探しで見つけた岩ケ崎だったが、今は”撮る”方が増え、釣りよりも「獲物」はそれなり満足しているのである。

岩ケ崎の坂道



村上市岩ケ崎と粟島

1枚目の2枚目が同じような構図、だったらどっちか一つを選らべば良かろうなのだが、それが中々決められない僕である。

映画「さよなら渓谷」でここがロケ地になっている、と言ってワンカット。予告にちらりと映る。(1分30秒あたり、ブログで投稿して場所も2、3カ所)
何度もここを撮っていると、風景にひと味を加えるのに「列車通過待ちしたな。」とわかる、僕はそんな「待ち」が出来ないが、一度待ったことある。
通過時間の下調べしなくて、ちょうど映画のロケ位置あたりで、ただ「来るはず」で待って1時間以上待ったことがある、、、そんな場所でもある。




Category: 日記・情景  

◇ 解体と創作について

取り壊し

建物解体中の内部を見ながら「こうなっていたのか。」と眺めながらも、カニの爪で解体されているその光景に、

解体

壊され様が指一本一本、爪一枚、一枚と剥がされていくな痛々しさがあった。

三業会館取り壊し

「三業会館」、京都にある「歌舞練場」のような所、新潟はかつては芸者衆のたくさんいた花街だった(現在は数人)。

三業会館

そんなことは知らなかった僕は、ここが何なのかわからず子供のころから病院かと思っていたが、正体がわかった後にもこことは縁はなく
中に入ることもなく、建物は解体。それを柵越えに眺めて、内部はこうなっていたのかとしげしげ眺めて、僕も作業員になって中を見たいなと思った。

美術館からの風景

新潟市美術館の塀越しの眺め

アート 雨?

美術館の奥庭にあった、アート。「なんだ?雨を表現?」と僕は思っていると鳥が飛んで来た。これでは網のようなアートに鳥がひかっかて
しまうではないかと「これがアートなのか?!」と眺めていたら鳥はなんのことなく、この中を器用によけて飛んだ。

タイルと規則的な穴

その訳のわからない「アート」に対抗すべく、 「壁面タイルにおける規則的な穴ぼこ」 という題目で僕のアートは「雨のようなもの」に対抗した。

正直なんだかわからない芸術

わからないと思いながら「雨のようなもの」ってことで、納得するものの、さすがにこれには不可解。
眺めていて僕は 「なんだこれ?!!!アー!」 と、叫びたくなった。何でしょう、何を表現しているのでしょう~と、作者がいたら聞きたかった。
そして野外展示で雨は大丈夫か雨水溜まったりして錆びたりしないのだろうかと、変な所に僕は気が行ったアートだった。


Category: 日記・情景  

◇ 古町ブラ歩きとお気に入り(だった)シャトービル

古町通4の緑の扉

緑の扉の向こうは、銭湯だった。いつしか休業になり、現在はただの袋小路のようなった。僕はここはお気に入りで相当撮っている、
古町を歩くと、ここは撮影場所だったが、銭湯と緑の扉のお店が閉まってから撮影する回数が減った。

ヒッコリースリートラベラーズ前

新潟みやげのお店「ヒッコリースリートラベラーズ」、一般的なおお菓子などの土産とは違う、本来の新潟の物産で、地元新潟人でも
「そうそう、こんなのがあったな。」とか”僕の想像つかないような物”までで旅行者向けと言うより、一般婦女子向けお店のようでもある。

愛宕神社

正月になると近くの白山神社は参拝者で1時間待ち、待てない僕は時にこちらで手を合わせることもある、ここなら全く並ばないですむもの。

古町通6の裏路地

なんてことない路地風景、この前では正面には旧大和デパートのビルがドーンとあった、今は新しいビル建設中ってことで青空が見えるが、
これも将来見れなくなずである、ある意味青空の見ええる貴重な風景。

三越百貨店

新潟三越が2020年閉店となった、地元では驚きニュース、大和デパートが撤退し、今度は三越、新潟の繁華街はどうなるんだろうと
かといって僕は、当家は新潟三越を利用していたかというと申し訳ないが、三越よりも伊勢丹、家族に限らず周りでもそうだから、
閉店になっても仕方がないのかもだが、風景が寂しくなるは街撮りしている僕としては悲しい思いで、三越入り口のライオン足を擦った。

イタリア小路とシャトービル

新潟の街に似合わないようなローマ風ビル、そのミスマッチが良くて「シャトービル」は僕のお気に入りだった。

ローマ風シャトービル

「シャトービル」前を通ると赤いコーンが数本並んでいた。老朽化でビル解体は知っていたが、”この時が来か。”と、ビルを見上げた。

ピサのシャトービル

斜めに撮って「ピサのシャトービルだね。」とダジャレを言い一人ほくそ笑むのも最後なのかと思いつつも、なくなった歯抜けの風景を想像した。

撮ることはあっても、ビルの中には入ったこともない。だいたい古町辺りで飲み歩くエリアが僕には通り(筋)が1本違った。
このビル裏側も好きだった、これが解体されたらお気に入りの風景がまた二つ消えることになる。

撮ったのは10月、11月下旬の現在はこのビルはもう姿を消しているかもしれない。
この後で取り壊し工事ための足場がビルを覆っているのを見たが、ケガをしてギブスをしているようにも見え痛々しかった。

Category: 日記・情景  

◇ 白山公園と白山神社あたり

白山公園の緑

この日、白山公園の紅葉時期のロケハンにきた。早いのはわかっていてもひょっとしてと期待があったが、歩くと暑さで汗、汗、汗
葉っぱは緑、紅葉なんてしている訳がなかった。

イヌサフラン

”紅葉はまだまだ、こんなものだな。”と思っていると「なんじゃ、このキレイな花は?」、白山公園ではこの時カメラ・スマホ撮影の人は
何人もいたけれど、便所の前のこの花は誰も撮らなかった(笑)

イヌサフラン(コレチカム)

調べたら、「イヌサフラン(コレチカム)」。
今年はろくに彼岸花を撮っていないので、葉っぱのない花ってことで、これが彼岸花の代わりとばかりに僕はカメラを向けた。

白山神社鳥居

そして、しっかりと白山神社参拝。

白山神社随神門

(リアルには「七五三」は佳境な頃だが、)まだまだこの時は「もう七五三、そんな季節がくるのかあ。」だった。

随神門と本殿

もう秋とは言え、この時は半袖に日傘風景に、冬の嫌いな僕はこんなお天気は歓迎なのだが、一度気温が下がった秋を感じてしまうと、
歩くのも怠さ感じ急に夏に戻ると体がついていかない自分に、「年かなあ。」と気落ちするのだった。


Category: 日記・情景  

◇ 白山公園あたり

上大川前通1番町交差点歩道橋

いつもここの立体交差点を渡るとき、エレベータ―か、階段か、自転車用ループにするか。選択を悩む、何だかでエレベーター1回の電気代50円と
聞いたことあり、僕一人だったら税金の無駄遣いだし、誰か乗れば「僕もと便乗」、大体は階段になるのだけどループを選んだことがある

歩道橋とりゅーとぴあ

傾斜が楽だがグルグルとまわって距離が階段よりもずっと長い自転車用なのだから仕方がないが、そこを人間が登っているのに自転車用ループを
使わずエレベーターに躊躇なく乗り込む自転車を見て、いつも選択に悩んでいる僕は「めっ!」ってにらみ自分のやっていることにバカらしくなった。

りゅーとぴあ入り口前

新潟市芸術文化会館(りゅーとぴあ)入り口前

りゅーとぴあ情報コーナー

りゅーとぴあ内にある新潟のイベント情報コーナー、学生時代「ぴあ」なんて買っていたけど、今はここが僕の「ぴあ」。
そして「えっ!この人が新潟に来るんかい?」と驚きはすれ、だいたいそこへとは足を運ばないのが僕である。

白山公園

桜の季節は人ではお祭り状態だけえど、イベントなどを除けば、地元の散歩コース。

公園の池に浮く葉っぱ

先日この前を通ると、葉っぱでなく動くものに目が行った、なんだろう眺めているとそれは「赤とんぼ」がおぼれていたのである。
僕はそれが流れによて近づてくるのを待って手(指)を差し伸べそこにトンボを這わせ助け木の枝へと、僕は「浦島太郎の亀」ならぬトンボの恩返し
絵にも描けない美しい所への招待を待っているのだが未だにない、でもなあ相手はトンボ、虫の世界へご招待だったら、、、、、。


Category: 日記・情景  

◇ 3年目の赤と黄色

種月寺の赤

岩室の「種月寺」夏冬はもちろん訪れ、そして毎年紅葉の時期に訪れ、3度目年でやっと紅葉に出会えた。

2018年種月寺の紅葉

僕は到着すると紅葉の見事さについカメラを向けとってしまったが、寺でもある仏様に手を合わせてから改めてじっくり撮りははじめた。
それを見てか、僕より先にいたカメラマンが「あっ!」てな具合で僕の後に手を合わせた。

落ち葉つもる

上に下に、紅葉三昧、こんな光景を撮ってしまうと、その充実感に僕は今年の紅葉撮影の達成感のような気持ちなった。

種月寺にて、落ち葉散る

僕が到着した時には数名のカメラマンがいた、狭い場所に三脚を立ているのもいた、それも場所取りのように置いたまま、迷惑こういうのが
三脚禁止させている奴らなんだ、マナーはまもらないと。
それらカメラマンがすーといなくなった。すると「え~!」てなタイミングでモミジの葉っぱがハラハラと散った。最初は1枚、2枚だったが、
誰かが木を揺らしているじゃないかと思えるくらいに、ハラ、ハラ、ハラと紅い葉っぱ散った、さっきのカメラマンさんも、もう5分いたらあんたも
興奮しただろうに。

弥彦神社十二柱神社の黄葉

さすがに菊祭りと、モミジ谷の紅葉の目当てもあって、人出の多かった弥彦神社、人出くらいならまだいいかと思えるくらい、ここまで来ても
渋滞とそしてどこも満車の駐車場だった、駐車場の空きグルグル探してまわっていると、奇跡のような鳥居近くが空いていた。

弥彦神社十二柱神社

紅葉には赤と黄色がある、新潟では大体において黄色が多い、赤は人ので植えられたお庭系、そして僕はどちらかというと赤も黄色も
どちらも決められらない秋は優柔不断の僕である。

正直な所、ストックはたんまりありそれを時系列で更新投稿していったら、まともに紅葉を載せるが12月後半、下手すると年明けなんてのも
あり得るので、とりあえずあまり季節感のズレのない紅葉風景を一発載せ、そしてまた明日から通常の日常風景更新。
Category: 日記・情景  

◇ 青空と短くなった煙突

いずみ湯の短くなった煙突

本町通の上にある「いづみ湯」、その脇の路地に入っては煙突を撮っていた。
しかし、この時「この辺だよなあ?」と見えるはずの煙突が見えない、”知らぬ間に通りすぎた?”と引き返したが場所雰囲気が違うので
諦め半分で先を進むと「いずみ湯」はあった、そしてその脇の路地へ「!!!」、煙突が短くなっていた。だから見つからなかったのかと。

いずみ湯の煙突

老朽化、環境問題と諸般の事情で仕方もない事だけど、僕の頭の中はこの辺りのランドマークでもあった煙突が短くなり、目印がなくなったのは、
目標を失ったかのような小さなショックだった。

浴場がちらりと見え

でも、開店前浴場の窓が半開きなって中が見えた、そのショックを埋めるようにその窓の奥を眺めては、僕の銭湯時代を思い出しカメラを向けた。

浴場のタイル絵

ここの銭湯はペンキ絵ではなく、タイル絵。
全体は見えないが 「水辺・・・海、川、湖」、「山・・・どこの山」、どこの風景かと想像した。ちなみにだいたい「富士山」は男湯側なのだそうである。
なので男湯に富士山、女湯にも富士山の二つの富士山はないらしい、女性は男湯の富士山を遠く眺めるしかないらしいのである。
またそれを描くペンキ絵師は数人しかいないし、銭湯と同様にペンキ絵は減っているらしい(YouTubeで探すと描き作業が見られる)。

権現小路

「権現小路」のここの小路らしい風景は、この部分だけになってしまった。

本町通4

雁木式アーケード、僕はどうもこの下を人様の敷地を歩くのには抵抗がある、だからって訳じゃないが、交通量も少ないのもあり僕は
真ん中の黒い部分の道を歩く。

Category: 日記・情景  

◇ 暑さぶり返したある土曜日の街歩き

東堀前通6

小路の向こうに見えるのは、「アパホテル新潟古町」、時折旅先で利用するアパホテルでは大概最上階に浴場があり、露天風呂まである、
だったら新潟だってあるだろうかと、最上階を眺めては「浴場は?」と探す癖がついた、眺めていてもいつもわからない。

東堀前通6の路地

以前ここを歩いたのがいつだったか記憶にないが、たしか角の店はレストランじゃなかったか、それが現在は「テナント募集」文字に、
袋小路の突き当りのような所では、商売に向かないのかと思ったりもするのだが、僕は逆にそんな場所が「どんずまり」が好きである。

本町食品センター前

この時10月、長袖の季節だったが、朝から晴天、そして30度越え、出掛ける前、長袖か半袖か悩む、10月半袖では変に見られたらと
思っていたけれど、街を歩くと半袖多数、半ズボンまでいた。それを見て僕も半ズボンでよかったなあとあまりの暑さに後悔した。

本町通6番町人情横丁



本町6加賀屋小路

加賀屋小路、この小路は角の鮮魚店がポイントになっていると思う。それまで日曜日ばかり来ていたので鮮魚店は休みでシャッターは閉まり、
小路は、いまひとつの雰囲気だったがこの日、土曜日に訪れるとシャッターは放たれがらりと「なるほど」と変わった。

鍛冶小路

「鍛冶小路」鍛冶屋が集まるので「鍛冶小路」なのかと思っていたら。鍛冶屋ではなく屋号とか名前からついたらしい。
「Kodak」のフィルムは、学生時代によく使っていた、フジカラーの方がたぶん無難な綺麗さがあったが、舶来ものであり、色がきつく
日本らしくないような色合いに、若い時分「かっこいい」と感じていたが、今では時折DPE現像するのは色、映りのこだわりよりも、「安さ」になった。

Category: 日記・情景  

◇ 「本町通」と「二葉町」あたり

フレッシュ本町通りの魚屋

その昭和の時代、断然の賑わいを見せていたフレッシュ本町、未だにお祭りのように人をかき分けるように歩いた記憶が残る。

本町通り9の交差点

だけど、そこにある本町通9の交差点は平成で道路は整備されガラリ変わる、頭の悪い僕には整備前が思い出せない。

ビルの谷間越しの鍋茶屋

ビルの谷間の先に見えるレンガ造りの鍋茶屋を眺めると、いつもここを通る。

坂の上の家



二葉町の路地に入る

二葉町の路地に入っていくと、その玄関先の雰囲気に、ひょっとしてここは床屋だったのだろうかと、遠い昭和の雰囲気を呼び戻すのだった。
そんな「昭和」の次の「平成」も終わると、その「昭和」は遠い時代のようにかわっていく。

廂越えの三角屋根

廂間(ひあわい)から見える三角屋根のNEXT21、複合ビルだったのがテナント撤収、いつのまにか新潟市役所の支所になった。

この撮影した頃から、前のメインPCがおかしくなり、これら撮影データに手を付けられない状態だったが、新PCになりやっと着手。
そういうことで、季節ズレした撮影ストックはかなりたまった状態なった。




下町ロケット燕田んぼ

ネット「Tver」から「下町ロケット」の場面を拝借。テレビを観ていて「どこだ~?」と探し、燕市粟生津の辺りだなと週末に現場へ行った。

燕市粟生津

「しめしめ、ここだよ。(実際はひとつ向こう田んぼ)」 と得意満面モードだったが、しかしその晩、「下町ロケット」の稲刈りシーンを観て
「えー!ここ違うじゃん。」、テレビ見ながら「ここ、ここオレ行ったよ。」と自慢しながらニンマリするのを想定していのたが、その目論見は
一気に奈落へと崩れた、その為かドラマがつまらなかた。
田植えシーンの田んぼ と 稲刈りシーンの田んぼの場所が違った、TVドラマである撮影の都合で当たり前と云えば当たり前。

Category: 山形・情景  

◇ ストック整理 山形で

山形県南陽市熊野神社

山形県南陽市熊野大社、本殿の古臭さいはすの茅葺屋根がかえって堂々威厳を感じさせた、8月の七夕なのか訪れると参道の石段に立てていた。

熊野神社本殿

「熊野」と聞くと和歌山の熊野古道、熊野本宮大社を思い浮かべ、そこの謂れがあるのかと思うと「熊野」の文字は僕に大きくオーラを放った。

熊野神社の風鈴祭り

本殿裏では風鈴祭り、風で「リン、リン、リン」とガラス風鈴の音を響かせたのだが、僕は正面の女性が長々手を合わせていることに気になった。
何をお願いしているのか、僕はそうやって長々お願いするものなかと、僕はお願いするときは住所氏名を言うようになり長くはなったが
それに比べても長い、まさかかに落語「寿限無」のような名前ではないと思うけれど、神社で長く手を合わせている人は、大体その雰囲気は
神様と会話しているように真摯に手を合わせている、けっして欲深くお願い事を”あれもこれも”と、しているようには見えないのである。

熊野神社参道

熊野大社参道の幅広い石畳を見ただけで、「この神社は違うぜ。」と感じたが、そこに現代を象徴するような横断歩道、参道は神も通る道
そこに横断歩道ってのはなあと疑問がうかんだ。

熊野神社参道途中にある宮内公民館

その参道脇には宮内公民館、講堂なのか体育館なのか太陽光を取り込もうとする2階ガラス窓面の多さに昭和を感じた。
今なら、「陽が目に入り眩しい。」と昼でもカーテンを引き室内は照明カッカさせているのだが僕は、こんな太陽歓迎な設計が好きである。

フラワー長井線宮下駅

フラワー長井線宮内駅、宮内の「宮」は、熊野大社のことであり、ここにいる「うさぎ駅長」はその熊野大社の三羽のうさぎに由来するようである。

宮下駅駅舎と構内踏切

駅舎から構内踏切を渡り島式ホームへ、運行本数の少ないローカル線では時折見るが本数の多い郊外沿線では安全面からあまり見られない、
島式でも構内踏切部分は通過できないように殺し、安全面を計っている所あるが、無人駅で島式ホームとなると「指差し確認」をしたくなる。

フラワー長井線西大塚駅 

フラワー長井線「西大塚駅」、木造駅舎として言うことがないが、でも赤いポストでもあったら。
そう言えば昔は駅舎出入口あたりに水飲み場があったが、最近見らない、あってもあまり使われていなく錆びていることも多い。

Category: 日記・情景  

◇ 旅人は、また出発地点へと戻る

浜辺のオレ

一通り塩谷を歩き終えると、公民館前にとめた車に戻ったが、まだ陽も高いし、それにまだ撮り足りないような気分。
そして”今度はいつに来るのかわからない。”と、ならばあそこ「柵の風景」へと、もう一度行った。

バアサン散歩

ブラブラしている僕の横を散歩の老婆が通った、僕は「こんにちは」とあいさつをすると、老婆はまったく気持ちの入っていないような言い方で
「こんにちは」と声を出し去っていった。

塩谷の柵のある風景

塩谷は、切妻の通り、路地、裏通り、神社、展望台、河口、そして海、この柵、まだまだある。
同じように中越地方の「出雲崎」もやっぱり北前船で有名だけど、どことなく観光地として”おすまし”していて町並も整然としているようで、
ここ塩谷は、それに比べたらまだまだ手付かず状態、メジャーよりもマイナーが僕は好きある。

浜辺の裏通り

だいたい海辺へ行っても、こんな素朴な風景はない。

船小屋とボート

もっとも立派な漁港もあるような「出雲崎」と比べられないのだろうが。
しかし、どちらも無料の駐車場があちこちにある、これはマイカー時代にはポイントは高い。

陸揚げされたボート



塩谷の裏側



塩谷の裏口

塩谷のある家の裏口、以前その一軒にお邪魔したことがある、これが夏海辺からの風が家の中を通り実に涼しいのである。
もっともそれが冬の破壊的な北風だったら、たまったものでない、それ故に柵あるのだろう。

そして向こうに見えている林は塩竈神社か。


Category: 日記・情景  

◇ 塩谷の上大町あたり

上大町の銀月堂と山上邸



山上邸の看板建築



上大町

塩谷の通りはずっと切妻妻入り(切妻屋根の妻面に玄関)の風景が並ぶ。
寛永時代の地図によると船大工、大工、桶屋、桶屋職人が塩谷の半数を占め、北前船の寄港地だったのがわかる。

上大町の通り

稲荷山の展望台からの上大町風景、軽のワンボックスが見えることから上3枚同じあたりだとわかる、通りの先には「塩竈神社」。

上大町の海へ向かう路地

路地は日陰になっているけれど、これは塩谷の稲荷山(15.3m)の影、上大町の通りをはさみ反対側が「横町小路」。

上大町の燃料店



上大町災害時避難路

僕のカメラはフルサイズ機なのでコンデジに比べてデカい、それを肩からぶら下げて歩いているものだから突然オジサンに「取材ですか?」と
以前に訪れた時に聞かれたことがある。それは間違われた僕はそんな様に見えたのは嬉しいのだが、よく考えたら「取材」って聞くこと自体
日常は言葉に出てこないものである、普通自分の家の前に歩く人に「取材ですか?」と言うより何者だ?と”怪ぶむはず”。
ここに”(この地区にまた)何かを撮りに来たのだろう。”との発想はカメラマンを見慣れているだろうと感じたのは、こんな町並があるから。

Category: 日記・情景  

◇ 稲荷山の上から愛を叫ぶ

稲荷山

「そばや」の前を通り海辺と抜けると、胎内川河口へと出る。

稲荷山15.3m

新潟県一番低い山、「稲荷山15.3m」頂上には三角点もある。
そこでオヤジ世代は映画ドラマのように愛を叫ぶなんてできる訳がない、せいぜい「ヤッホー!」だ、それだってもう相当に叫んでいない。

稲荷山登山道

稲荷山の海辺の登山道、15.3mと云えど侮ることなかれ、平地ばかり歩いている小生には十分に重力を感じる。

稲荷神社

山の上の稲荷神社。

稲荷神社と日本海

稲荷山からの風景、見晴らしが良いで江戸時代にはここに番所が置かれ、それゆえに「番所山」とも呼ばれている。

塩谷の稲荷山

通りからの稲荷山への入り口

稲荷神社と海辺の小さい親子

稲荷山展望台から胎内川、そして日本海。ちょうど海岸を歩く親子の姿見えた。

稲荷神社と胎内川

屋根の向こう側あたりが、港だったのではと思う、河口なので現在は長い時間で砂が堆積し砂洲になっているが、以前は違っていたのかも。

塩谷のまち

稲荷神社裏の展望台から塩谷のまちを望む。
塩谷の家並み抜け、松林(お幕場)へ塩谷から北国街道で村上城下へ、(電柱のぽっこ見えている山が村上城の山)。

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◇ 塩谷の町なかの小路のある風景

軒先



青い壁のスタンド

このスタンドはやっているのだろうか?と日曜日は休業なのか、青い壁前にあるチュッパチャップスのようなのが何なのか気になった。
ポールとその”重し”移動のためゴリゴリと引きづっているうちに”重し”角が削れ丸くなったのだろうかと。

塩谷上大町

上大町 

勘左衛門小路

勘左衛門小路 ここにも「罪を改めよ」のキリスト看板、小路を抜けると田園広がる新潟平野。

定衛門小路

定衛門小路 杭が倒れていたのを見て「ここは”くい倒れ”小路だな。」と、路地を眺めた。

又助小路

海へと出る「又助小路」 坂の上の電柱って絵になる、その先が海だと思うとなおさら。

塩谷の家並

県内一番低い山からの塩谷の町並み、ここからの風景が映画「さよなら渓谷」のシーンに使われた。
映画に使われる前に知っていたし、また撮っていたので「俺の方が勝ったね!」とそんな余裕気分なのだが、仮に映画の後に知ったのなら、
地元新潟県人間ゆえに、この場所を知らなかった自分は「やられたぜ」という悔しさと、敗北感で撮っているかもしれない。
とは言え広い新潟県なので上越地方と新潟市僕は、とそこまでの悔しさは起らないかもしれないが。

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◇ 塩谷の里で~、そばや、そば~や

そばやあっち

「真の神は・・・」と書かれたキリスト看板とその隣に 「⇦ そば」の文字の組み合わせに、何か深い意味があるような組み合わせに思えた。

喜衛門小路

喜衛門小路

宮庚町のそば

塩谷を歩くとあちこちに「そば」の看板が「あっちだよ」、「向こうだよ。」と云わんばかりに貼られ、その方向へ近づて行くと段々そこがどんな
「そばや」なのかと気になってきた。

そばのそばや

そして僕は「そば」の文字に釣られるかのように集落の奥へと入って行くと、「すぐそば」の文字に「うまい!」と僕は座布団3枚やった(`Θ´)/□
いつかは見てみたかった、そば(蕎麦)と、そば(近く)のダジャレの看板、あえて「そば」を平仮名っての~がミソだった。
「ここまで来たら寄らねがなるまいぜ。」と店の前まで行くとそこは休業日だった、「そば」が遠くなった。

地蔵堂

「地蔵様小路」右側の屋根が地蔵堂。

地蔵様小路

右側の電柱の横にちらりと見えている暗号のようなもの、「山に又」。ここ塩谷では屋号があり、その屋号になっている記号が木板に彫られ
各家の前に掲げてある。

SOBAYA タモリの そばや、そば~や♪




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◇ 塩谷のセンター

神社前のかどや商店

昨日も書いたが、この「かどや」商店の店構えを撮りたかったが、いつも店の前には車止まっていた、カメラを構えても「違うなあ。」と感じていた。
そしてこの日は車がいなかった、「よっし!」。

かどや商店と塩竈神社

ならば正面から撮ればよかろうなどだが、ここは店構えと神社の鳥居が見えていての風景なのだと、なので店の左側から狙ったり、
その脇の「神社の道」と合わせ撮ったりで正面から撮らなかった、むしろその時は旧型の車での止まっていたら正面がいいのかも。

かどや商店脇の「神社の道」

「神社の道」」というらしい、昔は城下町村上と、ここ塩谷へ通りだった、なので頻繁に荷車が往来していたのだろう。

塩竈神社

塩谷の塩竈神社、珍しい名前だと思っていた、塩竈なる言葉からは宮城県の塩釜を思い出す、なので塩竈に関係があるのかと?
あちこち僕も神社寄ったり、時に撮影したりしているけれど県内では「塩竈」の名前はここだけ。ちなみに一番多いのが明神様。

円福寺

塩竈神社と「かどや」の間の「神社の道」を抜けると、円福寺とそして高泉寺へと出る。

高泉寺

次に、そのお寺の前を通り「お幕場(殿様休憩所)」のある松林を抜けて、村上の城下へと北前船でやってきた荷物が運ばれる。
毎年の3月に開催されるお人形様祭りなどで町家を訪れると、「?!」と何でこんな田舎のこんなものがと驚くような物を見ることがある。


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◇ 塩谷の「神社の通り」

塩竈神社前

塩谷の塩竈神社前。

塩竈神社と神社の通り

そして初めて車が止まってないのを見て、まずはこれは”いないうち”に撮らねばと焦りながら撮った。

神社の通り

そんな説明がなくても、この小路にはなんかオーラを感じるのである。

円福寺からの神社の通り

円福寺から塩竈神社へのこの通りが、昔はここ塩谷のメインストーリーだったらしい。

日陰になった神社の通り



暮らしのセンター かどや

何度か訪れているけれど、この路地は最後まで取っておく大好きなおかずのような、一度は前を通りつつ「待ってて後でじっくりくるからね」と
そんな存在感。

新PCは最初は、さすが新しいPCは違うなとサクサクがあったが、今はこれは欠陥かと思えるほど、ネットがフリーズ、立ち上がり遅し。
ネットで調べてみるとWindows10は、そんな症状が出るらしい、僕はせっかく買った新品PCなのに、よくフリーズずる。
「なんだ馬鹿マイクロソフト o(`ε´)=====〇 バキッ!! ☆))XoX)」てな気分である。


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◇ 海辺の町の停留所のある風景

塩谷新町

やけに新し感のあるバス停留所のプレートを目にして、「バス何本あるのだろう?」と時刻表を見ると、1日2本、それも到着地が各々違った。

塩谷の路地



マルマス蔵

そうそう塩谷に来たら、ここに来ないと「マルマス蔵」、イベントもここで行われると塩谷のパンフにはあるのだが。

塩谷マルマス蔵

入り口は登録有形文化財のプレートが貼られて、北前船栄えた頃の醤油味噌の醸造所跡らしい。

マルマス蔵の前



コスモス咲く

空は快晴で10月とは言え残暑のような暑さ、コスモスが季節外れに咲いているようにも思えた。

停留所塩谷新町

バスの運行本数は少なくて笑えるのはせいぜい30代までだろうか、オジサン世代になってくると「所の事情」ってもんがわかってくると、
悲しいものをどこない切なさを感じるようになる。
時折あちこと写真撮りに出かけてこういった所で時々バス待ちを見るころがある、本数が少ないだろうから乗っけていってやってもいいのだが、
それでは運行会社にも申し訳ないというか、ただでさえ乗客が少ないのに営業妨害しては悪いだろうと、目線を送りながら通り過ぎるのである。
同じように駅でも同じ、駅撮りついでに乗っけて行っても良いのだが、本数少なく乗客が少ないのだからと、あえて長々待っている光景を見ても
僕は乗せないのである。そんなことをして儲けが減りバス、電車の本数が減ったりしたら僕の親切は大きなお世話になるのではないかと。

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◇  集落の裏を歩く、、、、そして、やらかしましたわい、無画像更新 (^^ゞ

今回は珍しく多い枚数更新したなあと、思っていたら 無画像のご連絡ありました ありがとう、感謝です。(記事内容合体が未合体でした)

柵のある風景

柵を見ながら「やっぱり砦だ。」だった。

ここに柵

上とは違う家の柵、固定の下かが前後につっかえ棒。

塩谷の裏廂相



給水塔(タンク)発見

「おっ、給水塔発見!」と思わず思った。給水塔というより給水タンク、たぶんここは表通りにでないと明確はわからないがなにかの工場なのも。

塩谷の海へ出る坂道

夏も終わり、歩いていると汗をかき、まさかここまで汗が出ることなど予想していなのでハンカチを持っていなかった(普段持たねえのかよ('ω')ノ)
ぐるりと集落を一回りして海辺に止めた車に戻った、「よっこらしょ。」とカメラバッグ、カメラを下ろしから腰を伸ばすとちょっと復活、
そして車のハッチバッグを開けそのに腰下ろし休憩がてら海を眺めた、それから集落周りの残りが気になって車の常備のハンカチを携帯して
再度塩谷を歩いた。

小屋と落葉

暑いと云っても、気が付けば小屋の向こうに葉っぱの落ちた木が見えた。

海辺裏通りから眺め

本日「文化の日」には、新潟市のあちこちの文化施設が無料になった、朝からジッとしてられないほどの快晴であった。
家に寝転がっている暇なのどないと朝のバタバタを片付て速攻に家を出た。
目標は3施設だったが、結局は5施設を回る、「文化弾丸ツアー」になった。僕とっては史上初と言って程の一日文化施設周りだった。

塩谷の裏口

文化の日には、新潟市のあちこちの文化施設が無料になった、朝から青空である、家に寝転がっている暇なのどないと、朝のバタバタを片付て。
速攻に出かけた。目標は3施設だったが、結局5施設を回る、「文化弾丸ツアー」になった。僕とっては史上初と言って程の文化施設周りだった。
だいたい無料なものだから、どこも混んでいた、途中で「斎藤別邸にはどう行けばよいのですか?」とバーサンに道を聞かれた。
「それならば、ちょうどこれから行くところなので、ご一緒に。」と歩きながらバーサンは「新潟ってあまり見る所がないですね。」と云った。
このバーサンどこのもんじゃ?と地元新潟人として心にムカつきを感じながらいると「京都では、、、」とバーサンは言うのでこの人は県外からかと
「どこからですか?」と僕はたずねると、「息子二人が京都に住んでまして、住む予定なんです。」と云った、なんじゃそらあ。俺はどこに住んでいるか聞いているのに”住む予定”ってなんだ、だったらオレはニューヨークに住む予定とでも云おうかと思ったが、どこに住んでいるのか聞いているのに住む予定ってと、僕はあきれ返りつつ「斎藤別邸」まで案内すると、拝観者の多さに紛れるようにバーサンの前から消えた。

僕の滞在時間通常の半分くらい無料だと思うと見方も変わるのかも。
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◇ 坂の上の小屋

岡の上の船小屋



浜辺の船小屋

浜裏通りにはの小屋が気になって近づいてみた、本来は船小屋だったんだろうが今は、物置となった小屋のようにも見えた。

船小屋

そのひとつが、裏通り脇にあった小屋。

小船

そんな小屋、柵などと見ながら僕は、まっすぐ歩いてみた、塩谷は何度か訪れているけれど、この先は僕に未知の地、こういうのって
胸が高鳴るんだよね。

浜辺

浜辺の何だかわからない風景、こういうのって誰も撮らないかもしれないが僕は好きなんだよねえ。
訳の分からない現代アートよりも、僕にこちらの方がアートに思える。


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◇ 海辺の青空砦

浜辺裏通りの小屋



青空を囲む

そこに何本の木で造られた柵は、それは青空を囲むように立っているようにも見えた。

防護柵

万里の長城ならぬ青空を囲むのだったら、延々と柵の風景がずっと続くのだろうが、ここではこれだけ。

浜辺と粟島

海の向こうに見えるが粟島はわかるが、それよりも遙かに近い目の前の四角いコンクリートの塊がなんだかわからい。

浜辺の木

世間は、世の中の流れがある、ハロウィンの関連ニュースなどを見て、僕もわかかったらコスプレして渋谷を歩きたい、学生時代良く行っていた渋谷は
人間味ないようなごちゃごちゃした新宿よりも渋谷が僕は大好きだった、そんな渋谷をコスプレして歩く、年柄恥ずかしいので顔を隠したコスプレになるだろうか。

そんな時代の波、流れにオレは日本人だ、西洋のお盆は認められないと逆らう事もできるが、自然の木は自然にあられがなえないのだ。



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◇ 海辺の防護柵

防護柵のある風景

インディアンのアパッチ砦でも、戦国時代の武家の屋敷でもない。

塩谷の防護柵

平成時代の日常の風景がそこあった。

防護柵をのぞくと

柵で見えないようになっていたらかえって人間心理としたら「向こう側には何があるんだ?」とやっぱり気になるところである。
ひょいっと覗けば、そこは人の敷地、別に何がある訳でもない、冬の海から吹く風は時に半端なく潮泡が飛ぶこともある、防御柵でもある。

裏通りと船小屋




船小屋


やっと新メイン機PCで、ブログ投稿今まで同じ記事でも、画面フリーズ、文字入力があたふたしていたのが、元通りに。
そんなこんなしてたら写真データがかなりたまったがPCがおかしかったので10月撮影分のデータ整理もこれから、
PC引っ越し騒ぎで、サブPCでネットで記事探し、そんなことをしていると最近のWindows更新で”どうも重くなったらしい”とサブ機も調べると
6月1日にダウンロードとなっていて、そう言われたらそのあたりからサブもメインも遅くなったようなと 気がしている今この頃。

マイクロソフトのWindowsも 課せられた進化、ウイルス、種々の問題で防護柵張らないといけなかったのではと。

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