冬来たりなば春遠からじ2.0 Daily 

A Day in the Life. ” there ” そこにある日常の光景 2代目。

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◇ 旦飯野神社(あさいいのじんじゃ)

旦飯野神社の紅い鳥居

旦飯野神社=あさいいのじんじゃ、読めんじゃろう、僕は「いつもなんだっけ?」である。

楼門

この楼門をくぐり、石段を登ると御社が鎮座、靴を脱いで御社に上がって拝むのだけど、そこには巫女さんが舞う時に持つシャン、シャンと
鳴らすマラカスのような鈴が置いてあり、手を叩く替わりに鳴らすらしい。「カラン、カラン。」と鈴を振るとこの音が御社内に響きわたり
「お願いします~」と神様を呼んでいるような音にも聞こえる。

旦飯野神社楼門

その脇に三方に積まれおみくじはタダである、また籠に山盛りの飴がありそれももらえる(自分で取る)、聞くところによると1人2個。
実にお得な神社である、この時点でここはご利益がありと思えてくる。

石段と楼門

しかし、そんな有難い神社でも何度行っても旦飯野神社(あさいいのじんじゃ)に「神社の名前はなんだっけ?」となる。
覚えていても次に来る頃には忘れているくらい、間が開くってことであり、記憶力も自分は悪いんだと自覚する。

御社前




貸傘

ここは、「パワースポット」らしい、僕はそんなことはまったく知らずに時々寄っていた、神様に対して失礼なのかもだが、お情けをかけるように
”誰も参拝しているように思えない。”ので僕が寄ってやろうじゃないかと、時折誰もいない神社に寄っていたのだが、いつの頃か多くはないが
僕が行くと、駐車場に車止まっていたり、参拝者の姿を見たりするようになった。そして気づいたのが参拝者は御社に参拝すると早々に、
この御社をでると裏側へまわるようだった。
「はて?なんかあったのか。」と、僕も裏へとまわり”何が?”を探した。それはどうやら御社の真後ろに置かれた大きい石のようだった。
どうもそれが御神体なのかその石をスリスリするらしいのがわかったが、それを知るのは何度か寄ってからなので、「オレの知らないうちに?」
なのだが、実際の所はいつの頃からなのかわからないが、聞く所のよるとテレビで「パワースポット」として出たらしかった。

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◇ 夏の始まりのハーモニー

青山海岸

天気が良いで海を目指した。ここ青山海岸までの海岸端を走ってきたけど、海辺のあちこちの駐車場はいっぱいだった。
「本格的に夏の始まりか~」とちょっとばかりワクワクした。

青山海岸の海の家(カフェ)

それでも到着すると、カフェの看板替わりのサーフボートまわりに、冬場に来ていた時よりも「開店してまっせ~」って感じでゴミだとか砂が
綺麗になっていて、ここでも夏の始まりを感じた。

白いバルコニー

新しく塗られたバルコニーの白さに夏、遠い昔聴いた高中正義のギター♪を思い出した。

砂浜植物2本

しかし、植物不思議な生命力がある、こんな夏砂場で生えるのである、けっこう熱いよ。それなのにぼくんちの観賞植物は、水をあげ、
適度な日向の環境にしているの、、、、なんで 枯れる?!

海の家の窓

夏始まりました、暑さに弱い方に早々と暑中お見舞い申し上げます。夏の好きな方、やってきましたよ。昼間はどんなに暑くても
仕事を終え家に帰ってひと風呂浴びてからのビールがどんなにうまい事でしょう、枝豆があったら完璧ですわ(* ̄O)◇ゞ ゴクゴク

こちらは 「夏の終わりのハーモニー」



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◇ 梅雨晴れの日、弘願寺前にて

シネウィンド広告看板前




弘願寺前通

この小路を何度と前を通り、そして何度も何度も撮っていても、いつも僕のアングルが変わらない。
やっぱり、この路地には弘法大師像が欠かせないから。

弘願寺前

弘願寺、たぶん無人である。どこからかのお寺が時々お坊さんがやってきてお経をあげるらしいのだが。

弘法大師像

何年前だろう、以前は門が開いていて自由に参拝出来た。堂内に入る薄暗かったがぐるりと見渡すと階段らしい通路があり「こう行ったら、
弘法大師像の所に行けるか。」とそしてそれは「また、今度にしよう。」だったのが、それ以来今も弘法大師像の足元には行ったことがない。

弘願寺

昔は、大きいなと思っていたけど、子供だったのもあるだろうが、まわりの建物が高くなって、大きさを感じなくなった。
今では、弘法大師像を俯瞰まで出来るのだから。

ちらりと弘法大師

交差点でもあり、撮ろうすると通行人が立つ、「邪魔だなあ。」と通行人を外すが手だけは、外せなかった。
そして無人になり「お!」とカメラを向けると店の奥の女性の視線がやってきて、”いたんだ?!”と「あなたを撮っている訳ではないが・・・」と
これからも何度も何十年と撮っていくはずなのでやめた。

本日見た夢のロケーションは、ベトナム?らしかった。夢の中なら言葉は関係なのかと思ったら、相手の言う言葉がわからなかった。
つうか、無言だったのかもしれないが、市場で通訳さんがいて説明してくれた、僕も「じゃあ。ここで一旗揚げるか。」ってんで市場で物を
売ろうすると通訳さんは「みんなコーラが好きです、売れます。」というので、だったら僕は白いラベルのゼロ・コーラを売ろうってことで
探し始めると目が醒めた。
夢って不思議である、ベトナムなんて言ったことがない、ゼロコーラなんて飲んだこともない。何故に市場商売しないいけないのか?

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◇ カトリック教会で心静かに

キリストと聖母マリア

特別な場合以外は、聖堂内は「自由に見学できる」ってことなのだが、正直言えば僕の家は仏教であり、神社では手を合せたりするので、
教会に入るのって気が引けるし、敷居が高い。

新潟カトリック教会のステンドグラス

ここ「新潟カトリック教会」の建物は何十回も撮っているけど、聖堂内に入ったのは2度目、それもじっくりカメラを向けたのは今回が始めて。

ステンドグラス




キリストとマリア

撮ってはいても、さすがにキリスト像の磔された足の杭の痕、胸の傷痕、それを抱くマリア像を前にすると僕の胸はちょっとばかり感慨深くなった。

新潟カトリック教会聖堂内

全く読めない、ポルトガル語なんだろうか?それすらもわからん。

新潟カトリック教会

教会やお寺で気持ちが落ち着いてくるのは何でだろう、静寂さに落ち着き改めて自分の気持ちに素直になってくるからなのだろうか。

ルルドの洞窟

「ルルドの洞窟(泉)」、

聖堂から出ると、建物のにカメラを向けていた人がいた。
「中に入れますよ~。」と教えてやろうかと思った、僕が外観を撮っているといつのまにやらいなくなった。


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◇ 怪人の影がいる裏路地

曲がり角の光と影

路地の怪人を見つけた、あのウルトラセブンに出て来そうな怪人だった。

裏路地の曲がり角

路地に入ったら、どこまで続くのか、そしてどこへ出るかが気になる所、ここも歩いていて気にはなっていた。
しかし怪人の先を左へと行くと、雁木の商店街の通り出た、僕は何だかそれで終わりではもったいないと、そこから僕は引き返し路地の
また別の角を曲がり奥へと歩いた。

ジャーマンアイリス

掃き溜めに鶴のような存在の花。

花咲く路地

こんな花咲く、季節が好きである。当然路地だのと喜んで歩けば家に帰ると真っ黒になった自分が鏡の中にいるのだが。

止まれ

実は、この後ろには大きい水門がある、水が出たらそれを防ぐのに水門をゴロゴロと引いて閉めるのだろう、僕は海辺であちこち水門は
見ているけれど、山手で見るのは初めて、過去にここまで水が上がったという事なのかと、「止まれ」の坂道を眺めた。

裏路地の空き地

空き地の先に、「何だろう?」という建物、エアコンの室外機、住居ではなさそうなと、撮っていると知らないオバサンがこちらに目線をくれた。


モーツァルト 「魔笛 夜の女王のアリア」、、、凄さ気迫は、まさにそれは 夜の女王だった。


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◇ 裏路地(まだあった檀林小路)

檀林小路でホントに行けるか?と心配なった

商店街に「檀林小路」とあったものの、この草の生え方見て僕は、「おいおい、この先行けるのか?」人が歩いている感はなく、プライベート感
あちこち路地を歩いているけど、「立ち入る」って言葉が浮かんでくるようで「行っていいの?」とちょっと戸惑った。

檀林小路商店街入口

終わったと思ったらここにも「檀林小路」、一部、二部のように分かれて意外と長かった。

新しい雁木

この先に道路を挟み、「檀林小路」がある。

檀林小路

迷いもあったが、でも小路へと入ってみれば、街の路地とは違う雰囲気に「いいじゃないか。」と、

檀林小路は商店街の裏路地だった

小路を進んでいくと、まさにそこは雁木のある上町商店街の裏路地だった。

津川上町


犬

「犬」、カメラを向けていると「ワン、ワン、ワン!」と吠えられるのかと思ったら、カメラを向けている時は静かだった。

花咲く檀林小路

「誰が見るのだろう。」と、けな気にカトレヤ?(ジャーマンアイリスと教えて頂きました)咲いていた。
だったら「オレが写真を撮ってやろうじゃんか。」と”初カメラ”する。
※ 初カメラ 僕の造語、あちこち街を歩いて人に見られることはあっても、そこをカメラを向けられるなんて史上初めてじゃないかと思える、
カメラ処女地。そして撮った後に 「( *´艸`) するのだった。」。

リアルに本日日曜日海へ行った。もう海水浴していた、海の家も一部では始まっていた。それを見てヘンな勘違いされても困るので
「しばらく浜辺のカメラは止めかなあ。」と思うとちょっと悲しかった。


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◇ 津川新善光寺

新善行寺入口

確か10年前くらいだろうか津川を訪れた時、ここに寄った記憶が、山門を通ると何かあった。

新善行寺入口前の酒蔵



新善光寺前に咲く花




新善光寺山門

このガラス張りの山門もおぼろげに記憶があった。

山門の仁王像




福海観音堂

そうそう、おぼろげに記憶になるのはこの建物だった、明確に覚えてはいないものの「懐かしいさ」があった。

新善光寺本堂

新善光寺本堂

新善光寺本堂前参道



山門の向こう

まったく関係ないけれど、この所交差点を撮るとどういう訳か黄色が多い。

昔親父と某とんかつチェーン店でカツカレーを頼んだ、テーブルに来ると親父はかつをふた切れ僕にくれた、「親父~、年取ったなあ。」と感じた。
お昼にそのとんかつチェーン店で、一人ロースかつ定食を頼んだ、汁物はとん汁だった、七味をかけてすすると、とんかつがいらないくらい旨かった。
チェーン店の味をなめていたが、カウンター奥の調理場お姉さんの顔に「お主出来るのう。」の視線をやった。
メインととんかつを食べる前にキャベツにソースをたっぷりかけて一口、なななんとソースとキャベツの組合わせに最強を感じた、とん汁とキャベツで
丼ぶり一杯ご飯はいけるなと思った。メインのとんかつをまだ口にせずしてこの満足感、そして一口カツをやっと口に入れると「うめ~!」とまた感動。
満足して食後、僕は9000歩あまり歩いたが、まったく腹はこなれず、夜になっても腹は減らなかった。肉、肉、肉の20代ならきっとまた腹は減る
それが夕方にも腹減らないってことは、僕はオヤジ世代からジジイ世代になってきたのかと思った。

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◇ 檀林小路を歩く

小学校前の檀林小路




ひなげし?

小路を歩いていると、赤い大きな花が見えた。「ひなげしか?デカい花だなあ。」と確認に近づく前にとりあえずカメラを向けると右から
バーサン出てきた。一瞬撮るか撮るまいか、いなくなるのを待って撮るかと頭の中でシルバーカーを押すのは遅そうだしなあと、
とりあえずシャッターを切った。

檀林小路

そんなバーサンが、僕に「檀林小路はこの先は右ですか、左ですか?」と尋ねると「左」だと教えてくれた。
そして「写真かね?」と聞いてきた、雪になるとここは車が入らないから人手で除雪するのよと立ち話をしていると、家の外で話し声が
聞こえたらしく「なになに?」と別のバーサンが出て来た。

檀林小路の3段消火器

ここにもあった、3段消火栓。新潟市内ではまず見られない、せいぜい土台が10とか20センチ浮いて設置があるくらい。
そういやあ、山形県鶴岡市の街の消火栓はみんな20センチくらい浮いていた、消火器で積雪もわかるだねえ。

第四銀行裏

商店街の銀行裏の空き地、ベンチもあった。
昔はここに家が建っていたのでは思える空き地に、ここ津川でも町も商店街は厳しいのだと空き地を見て痛々しさが伝わってきた。

夕食の後、日課の夜のウォーキングをすると、まだまだ空が明るかった。それは夕方の薄暗い時の明るさなんだけど、歩いていて足元が見えて、
歩いている人の姿も見え、向こうまでも視界がきき、それが何だか嬉しくなった。「今は昼間が一番長い時」だったと改めて気づく。
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◇ 津川の檀林小路(だんりんこうじ)

旧豪商平田家痕

港町旧豪商平田家跡の煉瓦塀

住吉神社境内

住吉神社脇の小路へ入って行くと、「檀林小路」なるものがあるのを発見。
これは、何があるのか?ではなく小路と銘打っている以上は無条件に歩かねばと「檀林小路」なる小路へと足を踏み入れた。

レンガ塀

その檀林小路は、港町の煉瓦塀のある旧豪商平田家の裏にあった。

九の蔵

蔵の家紋なのか「九」が気になった、「九」のつく苗字なんてないだろう、ってことは九番目の蔵?また仮に屋号の「九」だとしたら、「九兵衛どん」、
そんな事を考えながら檀林小路を歩く。

檀林小路

そういやあ、家には蔵はないけれど小屋があったのを思い出した、子供頃怒られるとお袋に小屋に閉じ込められたのを想い出した、
怒られ無理やり暗い小屋の中に入れられ鍵をかけられた。それはもう大泣きだった。その小屋の鍵は昔の鍵でL字というか鎌のような形で
戸の鍵穴からそれを突っ込み、ぐるぐると回すと、鍵が掛かったり、開いたりした。成長と共にそれは外から鍵がいるのだが、内側からなら
戸の裏側のカンヌキ状の板持ち上げれば簡単に開くのがわかると、怒られて小屋に入れらるのを内心「ぬひひひ」としていた事を蔵の光景見て
引き出しの奥の奥に隠れていたような記憶を思い出した。


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◇ 津川中町の住吉神社

住吉神社鳥居前

格式にある神社本殿前に「左近のなんとか」、「右近のなんとか」などの植わった木の光景を見た事があるのだが、ここにも鳥居前に左右に木々。
鳥居の足元のコンクリートは木造鳥居長い冬の間の雪・雨で傷みがでないように、そして鳥居の奥の石灯籠には倒壊防止用の鉄棒で補強、

津川住吉神社本殿

本殿は比較的新しく、ぺっちゃんこな屋根に現代性をも感じてくるのだが、これも積雪での重さの軽減対策、また雪が滑り落ちないようにと
落雪防止の屋根の上の金具なのどからも、ここ津川の人間は気がまわるのだと思った。

中をのぞく

本殿の中をのぞくと中は明るく、壁に掛かった時計眺め時間は合っているのだろうかと腕時計と確認すると時間のズレがなく、無人状態でも
それがここは常に手が入っているのだろうと察した。

本殿




神輿

神輿蔵をのぞくと、目がこちらを見ていた。

住吉神社

津川の住吉神社前、鳥居の脇の電話ボックスに存在感を放っていた。
最近は電話ボックス、公衆電話は減ったが、ポケベル当時に仕事で外回りして頃は、公衆電話がどこにあるか、トイレはどこにあるか、
重要事項だった、今は携帯、スマホで情報取りまで、トイレはコンビニ、道はナビとポケベル当時からしたら未来文明。


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◇ 津川雁木残る中町通あたり

旧平田家跡のレンガ塀

豪商旧平田家跡のレンガ塀、津川の町を歩いて「そういえばレンガ塀があったなあ。」と以前に撮り歩いた時見つけたのを思い出した。

中町通

当然、その時はまだコンデジだったような、また本格的に街撮りは始めてはいなかった、ともかく”どこかに出掛けて撮る”スタイルだったが、
どこをどう見たら、何があるのやら、それ以前に車をどこに停めて町を歩いたらと、街撮り入門のような時に、雁木とレンガ塀を撮った記憶がある。

津川中町通



常浪川

津川のどこかで説明文でも見た、津川の町裏を流れる常浪川、やがて阿賀野川と合流して下流の新潟へと、その地の利で川に港があったという。

住吉神社前

以前撮ったのは10年前くらいので、当時と現在とでは、どこか町の通り・雰囲気も変わっているのだろうが、何がどうかわったのかまったく
わからないが、レンガ塀とここ住吉神社は覚えている。撮ろうしたが車の止める場所がわからず、路駐しつつつ撮ったらすぐ移動したような気がする。

中町住吉神社前

今回は、遠く麒麟山公園の駐車場に車を停め津川を歩きまわった。
するとどうだろう、町のあちこちに「ここなら車を停めても問題ない。」と、何か所も見つけたが、基本的に歩いてみる30分くらいなら町の通りに
路駐できるようだった。


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◇ 津川のスクランブル交差点

中町通




上町交差点

津川の町を通る県道14号線、昔は会津街道として新潟と会津を結ぶ主要道路だったなのだが、町の中を直線ではなくガキガキとクランクしている。
左上外灯には「狐」、毎年GWの頃には「狐の嫁入り行列」のイベントがある。

津川上町交差点

歩くには問題ないが、車での移動となるとクランクは実にやっかい、道だって渋滞する。そんな訳で町を迂回するバイパスが出来
そして磐越自動車道が開通、そしてまた数年前に画期的な経路の新しいバイパス開通で、津川の町通りは通行量も少なく、時に道の真ん中で
堂々と写真を撮ったりもできた。

津川のスクランブル

ついでに説明すると、道路の真ん中(センターライン上)には消雪パイプがある、冬雪が降ると水が出て雪を解かしてくれる。

スクランブル交差点

ここはT字路スクランブル交差点、奥にももう一つ、スクランブル交差点がある。そして各交差点に信号である。
渋滞の大嫌いな僕は、こういう所はあまり通らないのだけど、交通量の少なくお天気良しで、津川のどこを撮るかと下見で車を走ってみると
このスクランブル交差点は、立派に僕の撮影ポイントになった。


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◇ 橋が気になった神社

津川の神明神社

下見でGoogle street viewで津川を検索していると、出てきたのが、ここの神明神社前の橋。
ひと目見た時から、津川へ行ったら「ここは散策重要ポイントだな。」と、とにかく行って写真を撮りたくなった。

神明橋をくぐって

気になっていた橋、「撮るぞ~」とはしゃぐように撮っていたのだが、その橋の向こうへくぐって抜けてみようと思った。
正直な話、大丈夫だろうか僕が下をくぐった途端崩れたしないだろうか、周囲はひと気がない所ゆえに、何かあったら誰がいつ気づくだろう?
果たして誰か見つけてくれ助けてくれるのだろう?と僕は心配しながらも、橋の構造を確認しつつ、”さささー!”と僕は橋の下をくぐって抜けた。

神明橋

なので、今度はくぐり抜けて写真を撮ってから、同じような心配をしつつ、また元へとくぐり抜けて戻った。
そんな心配症な僕が、今度はその橋の上に乗った時、やっぱり「大丈夫だろうか?」と気になった、当然この上でジャンプなんて出来なかった。

神明神社前の祠

神社前の祠、階段になる。

神明神社の階段

僕が神社に来た経路は神社の横から(3枚目の左奥から)なので、参道らしい階段を発見し、「なるほどこっちが正式順路か。」と気づくが、
ここもひと気がなく、30mも歩けば商店街に出るのだが、何とも寂しげな参道だったが、意外にモミジがたくさんあるなあと僕はチェックを入れた。


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◇ 津川の常浪川を渡って

城山橋と常浪川

常浪(とこなみ)川に掛かる城山橋、津川の町からこの橋を渡ると麒麟山公園になる。
車を停めて置く場所がわからなかったので津川城のあった麒麟山公園駐車場に停めて津川の町散策をした。

アヤメ、ショウブ?

アヤメ、ショウブ?どちらにせよ、それって沼地とか湿気のある所に咲くのかと思っていたので、こんな所に咲いているのが僕には不思議だった。

空き地の原っぱ

青空の下こんな光景にも僕は「いいねえ!」した、そして津川を歩きまわると僕は途中でフラフラになった、ひょっとして熱中症になったのか、
雁木の通りは太陽ではなく、どうやら雪対策のようだった。

3段消火器

ここにも栓が3段の消火栓があった、津川の町も豪雪地帯を意味するってことなのだろうか

神明橋

この日の目的のひとつ、神社前に掛かる橋。「神明橋」下が川が流れているのなら何の興味も沸かなかったけど、ここは下が道路、
道路というよりも路地になっている。

神明神社

その「神明神社」、誰もいない所か参拝者がいるのだろうかと思えるくらい人気(ひとけ)を感じなかった。
それゆえにか手を合せると、願い事独占だよなあとにんまりの僕。


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◇ 雁木発祥の地 津川

雁木の町

和製アーケード「雁木」の発祥の地、そこ設置されたポストの投入口は道路に向いているのでなく、雁木の通りに向いていた。
それを見て「そらそうだわなあ。」と僕は見ながら納得した。

上町雁木の通り

津川町は坂の町、そこに雁木あるのだから足場は坂に合わせ段が多く、慣れない街撮りしながらの僕は時折踏み損ねた('◇')ゞ
当然、当世のスマホ歩きするにはどうなんだろう。

上町の雁木

雨の中の安心感、雪でも歩きやすいなのだのだろうが、この日は晴天。

雁木の通り

雁木の通りにはパス亭もある、この屋根のある安心感なのだろうが、モータリゼーションの時代にはその有難味も微妙になってきている。

津川中町

「雁木」の説明文を読むと建長15年(1610年)に津川の大火後とある、それって例の「大阪城の冬の陣」のあたり、徳川家康が難くせつけては
豊臣側を刺激していた頃、400年前。
そんな時代の雁木の町を想像すると、それって凄いじゃないのかと思えてくる(※当時は、ここは会津領だった)。


Category: 日記・情景  

◇ 蛭野の午後

蛭野の田んぼ

僕のお気に入りの場所である、銀杏の季節になると正面の木が黄色くなり、午後からは柔らかい日差しが当たる。

蛭野の風景

その銀杏の季節に訪れた時、ただそれだけで良い風景なのだが、ここで兄弟であろう男の子がキャッチボールをしていた。
その奥では、お父さんが家の冬囲い作業、あまりにもそろい踏みの光景に「やったね!」だったが、その日は広角レンズのみだけだったので、
遠い感ありの「なんか違うなあ。」と望遠があったらと撮っていると、後から来た奴が「これは~w。」と望遠レンズで撮り始めた、
その動作に僕は獲物をさらわれたような気分になり「撮るなよ、オレが見つけたんぜ!」と云わばんかりの悔しさを今でも覚えている。

杉並木の大木

慈光寺までの杉並木の参道、苔むした大木が並ぶ、その以前は一本触れパワーをもらった。
これが雨の日には、そこにむす苔が正にモスグリーンの美しい色を出すのである。

慈光寺山門前

左は慈光寺山門前になる、真っすぐ行くと白山の登山道になる、登山者の姿を何度も見ているのでこの先はどうなっているのだろうかと
行ったことがある、途中まで山道らしきものがあったが、突然その道がなくなりよく見ると45度くらい斜面に足場のような痕があった。
ここを登るだろうか?と、スニーカーと重い三脚とカメラを抱えた僕には「うっそー!」だった、即僕はそこから引き返した。

慈光寺の本堂

「そろそろかなあ。」の気配もなく、突然のように北陸は梅雨に入った。
その梅雨の時期に訪れると参道の杉に生える苔の緑が実に綺麗なのである。しかし同時にそれは虫の季節でもある、撮っているの耳元で
ブンブンと飛んでくるブヨ・やぶ蚊。なので帽子、長袖と装備していくのだが、しかし撮るのに集中していると、後で鏡で自分の顔を見ると
顔が腫れて変形していたりしたて大変ではあるけれど、緑の苔に撮ることに集中していると充実感というか癒されるのである。

Category: 情景・モノクロ  

◇ 山寺の硝子窓に映る緑

緑映え

良い季節である、この緑色が白だった季節も来たことがある、寒い白よりも暖かい緑、歩きやすい緑の今が好き。

履物

顔がある訳でもないけれども、妙にプライベート感があった。

窓

何度も何度も来ているけれど、「もう一歩。」奥へと足を踏み込むようにお寺の裏へとまわった、本堂、庫裡の裏はすぐに山だった。

お寺の裏

そこは自家用焼却炉が並んでいた、それは当家にも欲しいくらいの光景だった、時折燃やしてしまいたいが燃やせない、ゴミとして捨てるのには
忍びないようなモノ、昔の手紙とか想い出のあるモノ、「これがあったら燃やせるなあ。」と羨ましく思った。

慈光寺本堂

でもよく考えると、そってある意味「葬る」になるのではないだろうかと、お寺の裏の焼却炉を見て思った。

が、実情はそれは山奥のお寺ではならではの落ち葉だとか、寺院としての仏様関係などの処理になくてはならないのかもしれなかった。

実は、ここの目的は緑の季節になると、本堂で緑床が見れるから、別段有名でないので知っているのは年中通して何度も訪れないと
わからないのもだが、その緑緑を狙って行ったが見えるの居間(右の入口奥)の障子が閉まっていて、緑のみの字も見えなかった。

Category: 日記・情景  

◇ 寺院(慈光寺)の窓のある風景

慈光寺の窓

長い年月の太陽の日差し、雨、風、雪によって出来た木造の質感には、いつも渋さと懐かしさを感じるのだが、それは僕が昭和の人間だから?
プレハブ工法だの柱のない家の平成生まれの子供だったら感じ方も違うのだろうか。

庫裡入口

その廊下には、「これが木魚の謂れなんだな。」と大きな木魚がぶら下がっている。

廊下と木魚

そんな庫裡の廊下に嵌った窓の表と裏側から。
以前訪問撮影中に大雨、これでは引き上げるに引き上げられないなあと雨空を見上げながら「困ったなあ。」と思いつつ、

慈光寺の廻廊と消火車

だったらと廻廊形式で囲まれた寺院内を撮影でもするかと広い院内をウロウロと雨に濡れずに自由に移動できる有難さと嬉しさがあった。

慈光寺

僕は、寺院訪問して綺麗でも大きくと鉄筋コンクリートのお堂だったり、山門だと「なんだかなあ。」と撮る気は失せ参拝記念撮影程度で出る。
土間はコンクリートであっても建物が木造は有難い。


Category: 日記・情景  

◇ 廻廊の火灯窓のある風景

慈光寺の若葉

山門前の緑に目線をやり「いいねえ!」する、曇り空でピリッとしなかったけど、この緑を見て「来た甲斐があったぜ。」と思う。

廻廊の火灯窓

廻廊の漆喰にもその緑が薄く映えていた。ずいぶん前だが、この廻廊を初めて見た時に、火灯窓が曲がっていると思った。
答えは簡単で廻廊自体が坂になっているだけなんだけど、当時はまだ若い僕は「なんじゃこれ?」だったと今での記憶がある。

明白山

本堂の龍の鴨居の彫刻、曹洞宗系の寺院は寺名に「龍」のつく寺が多い(雲、長、安)、また寺のどこかに龍が描かれていたり、彫刻されて
いるのを見ると「ここは曹洞宗だったのね」とわかることがあるが、それだってカメラを始めてお寺をまわるようになってから、カメラは勉強になる。

登山者のいる風景

その登山者が白山から下山途中に、ここ慈光寺には綺麗なトイレもあるし、そして手を合わせる姿もよく目にする。
靴は泥で汚れているので、みんな足底を流れで洗ってからのようだった。

山門前の緑風景

境内からの山門の向こう側の風景、前は白山の登山道になっている、僕は大体ここは午後にやってくるので下山中の登山者の姿をよく見る
いつも感じるのが登山者の年齢層、それは僕よりだいたい上、家に帰れば「じいちゃん、ばあちゃん」と呼ばれ破顔するような年齢層が
目立つのだが、いつもその健脚さに感心するのである。

Category: 日記・情景  

◇ 大木の杉並ぶ参道を歩く

三十三観音

慈光寺を代表する三十三観音、その昔仕事のストレス、悩みがあった時、一体一体手を合せた事がある。
お陰様で、今では当時何を祈って手を合せたのかとなって忘れてしまっているのはお祈りがきいたって事。

慈光寺の緑

野生のガクアジサイなのか、アジサイの時期はまだ、似た花なのか、どっちにしろ僕にはアジサイの季節になったんだと実感した。

杉の参道

大木の杉並木を歩いていると、気持ちが癒されてくるのは確かである。
だけど撮影は別、人が歩いれば、「邪魔だなあ。」と思ったり、誰もいないと「寂しいなあ。」、また「怖いなあ。」と風景に一喜一憂する僕、
これは我がままともいう。

三地蔵

三地蔵、訪れて始めな頃は地蔵さんを撮るのに躊躇があった、それが回数踏んでくると、”どう撮ろう?”にかわり、この構図を見つけるのに
数年かかった(笑)

緑萌え




慈光寺前の流れ

復活した人工滝の流れだが、しばらく止まっていた。初めて訪れた時に水が勢いよく流れているのを見て、新潟にもこんなお寺があったんだと、
この水の流れる風景が一層に印象的したが、何年か間流れは止まっていた、その風景は僕には「何だかなあ。」だった、一昨年だかに復活、
やっぱりこうでなくちゃあ、じゃんじゃんバシャバシャ流れろ。


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◇ 緑の参道を歩く

参道に掛かる橋

緑の慈光寺の参道を久しぶりに歩いて、「ちと早すぎたか?」と思った、それは、、、、

十全線と蛭野

この季節は緑がより綺麗に映えるので雨の日を狙って出掛けていた、傘をさしながらブヨに何か所も刺されながらの撮影のため、いつも半袖季節なのだが、虫防止に長袖を着てムシムシしながら撮影、時折耳元のブンブンとブヨが飛んでいたことを想い出した。

杉の巨木

まさに「これぞモスグリーン」の季節が、今年はそれをすっかり忘れいた。

石灯籠




慈光寺の杉並木

初めての頃は、この参道も車での通行は可能だった。いつしか環境を配慮し使い必要以上に(寺院関係車以外は)車の通過を制限した。

杉並木の参道

撮影には歩いた方が断然いいし、それは森林浴だとわかり、歩いていると心理的に癒された。
そんなこともあってか、杉の参道を歩くようになった、ここはやっぱり車より歩きでしょう。


朝方変な夢を見て目が醒めた。
どういう訳か僕は893さんになっていて、九州での会合ため宿の予約をするのだけど、それがマル暴に怪しまれたらまずいので、会合メンバーと
なるべくかち合わないようにするのに幹部で「どうするか~?」と考えている所で目が醒めた、、、、醒めたというか、夢の中の設定に我をかえり、
「ありえない」と疑問を呈して目が覚めた。
僕は893でもないし、何故に会合が九州が出てきて、マル暴にまで警戒しての宿探しと予約と、そんな非日常的シチュエーションに
これはおかしいだろうと、これは夢なのでは目が醒めた。
それにしても、そんな日常でも考えたことないない事まで夢の中で設定されるものだろうか。



Category: 日記・情景  

◇ 村松慈光寺、緑の頃

廻廊の火灯窓

いつの頃からか、”お寺にいる”ことが落ち着くようになった、ちびりの僕には時にその静けさの中で突然の音にビック!とすることもあるのだが。

慈光寺の廻廊

カメラを始めた頃はしばらく寺院関係は訪れても中々撮れなかった。でも東京で浅草寺を撮ったり、京都で清水寺、金閣寺は撮っているのに、
なんで地元では撮れないのだろうとそれは霊場としての尊さと、誰も人がいないような寂しいと不気味感もあってか撮れなかった。
お寺、石仏と自分でも「何で撮れないのだろう?」と一時期迷いと矛盾があった。

廻廊の消火器具

大数珠と消火器具

慈光寺の座禅道場

坐禅場に入ると、ツバメが堂内で飛んでいた。はて?と見ると床には紙が敷かれ、たぶんその上には巣があるのだろうと直ぐにわかった。

本堂と天狗

午後4時の本堂の天狗のお面、
今は昼が長いので何ともないが、秋、冬場に同時刻なると暗くなるのは早く参拝者の姿は少なくなる、堂内は当然一層暗くなるのだが、
かえってその時間帯が僕には寺院として落ち着く時間帯でもある、それでもビビりの僕はビクつく事もあるだが、今の季節は安心の明るさである。

本堂廊下

大木魚のぶら下がる廊下。初めてここを訪れた時は、これは撮らねばと何枚も撮ったが暗くてブレまくった記憶がある。

山門

曹洞宗系寺院は院内も撮影可能っていうのがわかると、”これは撮らねば!”と、いつしか思うようになり寺院の撮影に抵抗もなくなってきて、
むしろ”そこにいて”落ち着くのは棺桶に一歩、二歩と近づいているからかもしれない。


Category: 日記・情景  

◇ 荒川の上流にて

荒川の赤い橋

山間の赤い橋、時間に余裕があったので寄り道して見つけた風景。

赤い橋と鉄橋のある山の風景

ここにも赤い橋とJRの鉄橋、待っていたらここ列車が通過するシーンもいいじゃないかと思ったが、時刻もわからずなので無闇に待たなかった。
本数の少ないローカル線である、待つ事2時間だって可能性はある、それも知っていて2時間と、全く時間も知らない2時間では待つ時間が違う。

荒川に掛かる川霧

気になったけど、一度通り過ぎて自然現象は今度いつあるかわからんしと引き返す。

山神社

たぶん初めての土地で見つけたお堂、なんていう神社かと近づいて名前を見たら「山神社」だった。
この近くで歩いていると、目の前に「蛇!!」ドキリとして一瞬動けななくなった僕の目線は、それは蛇の亡骸だった、驚かすなよなよ~。

荒川の支流



山の緑

なんとなく視線を感じるような気がする。
山の中で車を停めて、緑を撮るたびに、向こう側に隠れこちらをジッと見ている”奴”がいるんじゃないかといつも想像する。
それが鳥、ウサギ、猿だったり、熊だったりするのかもしれない、なのでいつも道路に車をめて山の中で撮る時は、小心者の僕は
クラクションを「ファン、ファン =3 =3 」と鳴らして降りるのだった。
それだって、カーステレオはハードロックの大音量を流し、ドア開けるとロックのビートが山の中で鳴り響く、ビビりの僕はそうやって自然形態を
壊しているのかもしれない。

Category: 山形・情景  

◇ エメラルドの谷間と出会う

新緑萌え




ゆっくりゆっくりと

新緑の季節に雨、「雨か~」とがっかり、でも油断してたら新緑の風景も変わってしまう、家にいるより「もとも角,現場へ行け!」。
そして頭に浮かんだ光景が、ここ山形県小国。

川霧

国道113号線を車で走っているとナビから「山形県に入りました♪」とアナウンス、その瞬間、新緑を求めて山形まで、”もっと近く”に、
また”来る途中にも”どこかあったんじゃなかろうかと、無駄に走っているようで「オレ、何をやってんだか?」と悔恨しながらも車を走らせた。

山の緑

そこに到着すると、緑とエメラルドの光景があった。
「おいおい良いぜ~。」と、ここまで来た甲斐があったなあとニンマリすると、さっきまでの悔恨の念はどこかへ消えた。

その消えるとの同じ川霧もいつまでの同じでなく、濃くなったり薄くなったりして油断しているとそれは消えた。
Category: 秋田・情景  

◇ 秋田奥羽本線駅周り

角館内陸鉄道角館駅ホーム風景

角館内陸縦断鉄道の角館駅ホームに停まる阿仁合(あにあい)行き、駅周りを趣味としていつかは角館内陸鉄道を角館⇔鷹巣まで
走破全駅撮りたいと思っているのだがいつになることか、いまだ29駅中3駅。

未だご健在「アイリス」

今回もご健在韓流ドラマ「アイリス」の全面ポスター、ロケ地になった仙北市田沢湖。

大曲駅ハミングロード

大曲駅の跨線橋の自由通路「ハミングロード」、秋田の駅をまわり、この「○○ロード」と名のついた駅の自由通路があちこち歩いことを知った。

JR大曲駅改札口前

大曲駅改札口

JR大曲駅改札口

旅に出るぞー、時刻版の風景にちょっと萌え。

大曲駅構内

ご存知、木村伊兵衛「三上洋子」、それが「あきたびじん」かとよく見ると「あきたびじょん」だった。「よ」字の小さいこと。

JR大曲駅

花火の町大曲、7、8年かNHKBSでその模様を放映した、僕は部屋を暮らして観ていたが、音楽と共に花火のタイトル、花火の形が
大音量で流れる。新潟県は長岡花火が有名だけど、あそこの花火大会とはちょっと違う、ここで試作されたものが全国に出てくらしい。


Category: 秋田・情景  

◇ 角館哀愁、散ってしまった桜の花びら

武家屋敷通りの黒塀風景




角館枝垂れ桜

あちこち桜は散り、残り物のような桜の風景を見つけると「おー!」と声を出た。武家屋敷通りのような桜並木でなくスッポット的単独の
枝垂れ桜なのだが、我が新潟ではまず見られないくらいのしっかりそれには威厳があった。

武家屋敷通りの側溝

同様に溝だって、我が新潟にはない見事さ。

側溝にだって桜

花びら、花びら、花びら、、、、を見て、桜の花びらでなくこれが福沢諭吉だったらと、下世話な想像をした。

黒塀並ぶ武家屋敷通り

それを拾い、1枚、2枚、3枚、、、、、、と数えるのである。

緑の武家屋敷通り

そして気の小さい僕は、警察に「落ちてましたよ。」と届けるかもしれない。

武家屋敷通りの路地

現実はお金ではないので、みんな目線はやっても、みんな素通り。
それもなんか寂しいような気もする。



Category: 秋田・情景  

◇ 角館で、理想と現実に会う。

角館観光ポスター

「角館でも行くか。」、そしてこんなポスターの光景を撮るぞひと月以上前からイメージが浮かんでいた。
まさに黒塀の入口の向こうを、人力車が通る、、、ニヒヒヒとひとり悦に入っていたのである、現実は冷たかった。

角館郷校弘道書院跡

緑に変わってしたまった風景に肩を落とし「そらねえだろう。」と角館の街を歩いていると見つけた角館の観光ポスター。
僕はそれを見つけるや「これ、これ、これ、オレが撮りたかっただー!」と指でポスターを突っつきながら心で叫んだ。

新緑と黒塀

それゆえに桜から緑へと頭が簡単に切り替えできたら、僕の黒塀の向こうの緑を恨めしく見ていた。

武家屋敷通り




角館郷校弘道書院跡前

武家屋敷通りは緑に変わっても時折花びらが散った、そうだこれは僕のココロの涙はが、桜の花びらだった。

武家屋敷通りのメインストリート

歩いている観光客は、ココロの涙が桜に花びらに変わった人なのかも、今見ると上を見ていない。


Category: 秋田・情景  

◇ 桜流れる緑映える排水路のある風景

桜流れる排水溝

どこかで書いたけど溝に流れる花びら、ただそれは ”桜の花びらが流れてるな。” なのだけれど、

武家屋敷通りの桜流れる排水路

これは住民が常に水が流れるように溝がつまらないよう気を配っているってこと、当然それは観光客に気持ち良く観光してもらいたいという
”おもてなし” なのだと思う。

武家屋敷通りの排水溝

午前中武家屋敷通りに行けば気持ちがいいくらい塵ひとつ落ちていない、もし落ちていら、それは観光客が落としたものであり、
もっともそれを住民が見つけたら直ぐに取り除くと思うだが。

ポストのある排水溝

そんな気持ち良さは、スキップだってしたくなるよね(笑)

武家屋敷通り伝承館前

桜は散っても、こんな感じで溝を狙えるのも住民のおもてなしお陰。

排水路

残念ながら街の風景は違うのだけど、我が新潟ではこんな光景はない。


ネットで無料動画ないものか探していたら見つかってから、大河ドラマ「篤姫」35話まで観た。
最初はメインテーマが「いいなあだった。」が場面挿入の「正鵠(せいこく)」に僕はハマった。若き大久保利通が力に負ける「うおー!」と
こぶしを握る場面に流れるが僕は印象的だった。





Category: 秋田・情景  

◇ 角館、和の”SA KU RA”

田町上丁の外国人ファミリー

桜散る田町上丁の通りで外国人の家族を見た、左に見えるカップルもすれ違いの時に聞こえた会話からアジア系だったような。

田町上丁

また外国人のグループを駅で見た、角館はインターナショナルな観光地だと感じた、さすが小京都と呼ばれる訳である。

窓に写る桜

どこの国から来たのかわからないけど、ともかく海外から観光客がやって来てくるのが当世21世紀の観光地だと思う。

安藤醸造前のチューリップ

チューリップが咲いているを見つけ「そうだった、」と気づく、日本列島縦に長い、新潟から200km強、季節もその分ズレ遅れていたのに気づいた
そして撮りながら前回も前々回も同じような立ち地位置で撮ったの思い出す(^^ゞ

SAKURA IN TULIP

並んだチューリップの中を親指姫が「まさかなあ。」とのぞくと、小指桜姫ならぬ桜の花びらだった。
その花びらを眺めながら、桜に間に合わなかった僕、散った花びらがチューリップの花の中あったのを見て、僕の気持ちは、
複雑になりちょっとばかりセンチメンタルになった。



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