冬来たりなば春遠からじ2.0 Daily 

A Day in the Life. ” there ” そこにある日常の光景 2代目。

Sort by 01 2018

Category: 日記・情景  

◇ 冬のある日、良い日旅立ちに変わった

四ツ郷屋

我ながら、ここまでシャッターを切れるとは思ってもいなかった。
”欲ばって20枚くらい撮れたら。”と県道から砂丘畑に入るのに左に曲がりながら思ったが、こんな光景がゴロゴロあちこちにあった。


砂丘の小山

時折、こんな光景を僕は探していたという冬枯れの風景もあったりして。


小山の冬の緑




四ツ郷屋と農業用ハウスのある風景と角田山

これも晴れて青空が見えたからだと思う。
家を出る時には、青空の光景が見れるとは想像もしなかった、ましてここへ車で来る途中にはフロントガラスにはアラレが当たっていた。
だからちらりとでも青空見れたらの希望は消えた、行く先の鉛色の空を見ながら気分的は「ガーーン!」とネガティブだった。



Category: 日記・情景  

◇ 大空と大地の中で

砂丘地の門

柵の風景を見て、ひょっとして牧草地として季節には馬とか牛とかヤギとかいるのだろうか。


四ツ郷屋




雪原

イメージ的に「北海道」といわれるとこんな風景が浮かぶ。


道

しかしね、こんな時期に寒さの嫌いな僕はとてもじゃないが北海道の人に申し訳ないが行けない。
だから地元新潟で仮想「冬の北海道」、仮想「大空と大地の中で」でいいのである、ここなら冬でも寒さに耐えられるし、車に機材を積んで
日帰りだって出来る。


「大空と大地の中で」、、、1オクターブしか出せない僕に、これを唄わせたら悲惨なことなる~ ♪×××




Category: 日記・情景  

◇ そこに 道はある 

雪の砂丘の道




砂丘の道

「道はある」 そして 「開ける」。
僕は子供頃一人で出掛けると必ず行った道を、同じ道で戻り家に帰った、大通りだろうと路地だろうと、小学校のグラウンドだろうと通れば
また同じ所を通って家に帰った。


四ツ郷屋と角田山

だから家と家の私有地を通ったら、またそこを通って、暗くなって大通りの方が明るいくても同じ道でわざわざ暗い道で家に帰った、
まあ親に連れられてお出掛けなの時は、「あーあ。」とその時は仕方がないとあきらめていたが、一人で出掛けた時は必ず同じ道で遠回りなろうとそこを戻った。


雪の砂丘

昼間はこんな所を歩いていたら、家の帰る頃は暗くなっていても、子供の頃の僕は恐い思いしながらも同じ道を歩いた。
そして自分の家から持って出たものは家まで持ってかえる、ガムにしろ包み紙はもちろんガムは包みなので包んで捨てず家まで持って帰った。

ネギ畑へ

諺で「全ての道はローマに通ず」などはずっと後で知ったが、それはそれ「同じ道を通って帰る」自分の掟だっ。
徐々に大きくなると行動範囲は広く変わってくると、いつしか「今回は無理がある。」と掟に例外を作り緩めていった。
てなことを更新編集しななら2枚目の見ながら急に思い出した。





Category: 情景・モノクロ  

◇ Monochrome・冬の木立

落葉した林




砂丘地の林

落葉し筋川筋衛門のような枝だらけ光景を前にして、「僕はこんな光景を探していたんだ。」と気がついた。
が、たぶん雪がなかったら果たして同じ思いになったかどうか、”雪嫌い”の僕はなんだか雪に救われたようでちょっとおかしかった。


雪の砂丘畑

そしてCollar と Monochrome、どちらが良いか迷うと優柔不断の僕にはどちらが良いと決められず、”両方だな”と欲張ってまずはMonochromeを更新。
そしてもう片方のCollarは後ほど。
こういう経験はないだろうか、どっちかに決めらず、「両方だな。」って。


久しぶりに何度目かの映画「ニュー・シネマ・パラダイス」を観た。流石に泣けねえだろうと見始めたら、ダメだった、始まると同時に
まるで自分の想い出を思い返しているようにジーンとした。
そして今回、子役のトトは、ミスター・ビーンのロワール・アトキントンなんじゃあと思ったが、、、、、他人の空似だった。




Category: 日記・情景  

◇ 海の見える丘

向こうは日本海




酸性雨?

砂丘畑の丘に登ると海が見えた、以前登った時にこんな光景が見えたか記憶はない、冬場で樹々は落葉し、雑草も枯れ為に視界が開らけたから
見えるのかもしれない、以前はひょっとして木々が青々と茂っていた季節だったのかも。


海の向こうは佐渡よ

そしてここから「海が見えるんだ。」と眺めながら、目の前の枯れた木の風景に「これって酸性雨が原因か?」と、新潟のあちこちの海岸線を走り
やっぱりあちこちでこんな光景を見たのを思い出した。
ある海辺で、これもこれでありじゃないの撮ったが、それがやがてその風景は消え、砂地になっていた(松の植栽が始まった)。


入院中の親父が転院した、見舞いに行くとリハビリの担当者が来た、女子だった、以前の病院も僕のタイプだったが今回も「およよ。」だった。
そしてそのリハビリ担当者が来ると、入院中の親父の顔が変わった、さっきまで無愛想だった表情が緩み、無口だった親父が饒舌になった。
この「スケベ ジジイ。」と思いながら僕の好みのタイプの女子に抱きかかえながらベットから車椅子に写されるのを見ていて僕は羨望と嫉妬した。

Category: 日記・情景  

◇ 丘を越えて

砂丘畑の丘




砂丘畑の林

なだらかな起伏のある砂丘地だが、所どろに小山あり、本来のそのままの丘だったり、丘を平らにして畑に残こされた丘と、様々な丘がある、
そのひとつに登ると、そこはスラロープのようでまた人工的な造られた感があった、でもそこを登りながら「はて?」と前にも登った事を思い出した。
スラロープのような坂道を登って頂上まで上がると、以前はこっちに道があったはずと、確認するようにそこから今度は降りた。
何年経過しても、やっぱり同じ所に来て同じ小山に登り、同じ降り方した僕は「進歩していないなあ。」とちょっとガッカリした。


砂丘畑


当たり前に雪国の雪風景を撮っていたら通常はそれなりに様になるのだが、今回の寒波でさしもの雪国の雪風景もなんも珍しくなった、
「ここも雪かよ~」、「雪もう見たくねえんだけど」とかになるくらいの全国的冷え込み、辟易しているかもで、そこで雪の嫌いな僕の雪の風景続くのは、
自分でもなんかおかしい。


なんとクランベリーズのボーカルが亡くなっていた 人(-.-)冥福




Category: 日記・情景  

◇ 青と白と緑と 雪の葱畑 

雪の積もったネギ畑




ネギ畑

収穫の終えた畑ばかりかと思っていたら、ネギ畑が青々と白い雪を背景により一層色を強調していた。
前回訪れた時は見えていたのか、見えていても、さして刺激されなかったのか記憶がない。


四ツ郷屋の砂丘畑

目の前で見ると、広々したネギ畑見えたが、高台から見下ろすと「こんなモノかあ?」と狭く感じた、僕は神奈川県三浦半島の広大な大根畑に
行ってみたい、そして撮ってみたいと思っていたけど、この三浦半島の大根畑に比べたら小さい新潟のネギ畑だが幾分か僕の気持ちを満たした。


青々したネギ畑

本日朝から寒さがいつも違った、寒波襲来。暖房の効きに「つくてんの?」、暖房をつい確認し、また日中車の外気温は「-3℃」を表示していた、
日中ってということは、本日の最高気温が「−3℃」、当たり前に冷蔵庫の中の方が温かい。
「どうりでなあ。」と思っていたが夜になり家の中も寒く、いつものフリースから外出用のコートを室内で着ているのだが、体温は良しとしても
指先だけが寒し。そんなんで、さっき部屋の外に温度計を置いて温度を見ると「-5℃」。”これはあ!”。
ここ新潟市辺りでは、気温としては最低温レベルじゃないかだろうか、もっと寒いマイナスの地の人からしたら、「そんなもん南国だぜえ。」などと、
笑止かもしらない。しかし、その−5℃くらいで体が最低値の出来ているので、絶えられるのはこんなものかもしれない。


春よ、来い、夏よ来い。




Category: 日記・情景  

◇ 白銀は招くよ

白い畑




雪の四ツ郷屋


僕は雪はあんまり好きではない、それは単に生活の中では障害物でしかないと感じているから、雪国の人間はそういう人は多いと思う。
雪が降れば雪かき、それどころか屋根の雪下ろしまで、車は思うように進めず、交通渋滞にもなったり、撮影の遠征も無理なるそして当たり前に寒い。
なので雪を歓迎できない僕は雪の風景だって意欲的に撮ろうとは思わず、この季節は新潟市近郊でもより”雪のない所”へと行く。だから雪の少ない海辺の写真が増えてくる。

それがこの日、砂丘畑に積もった雪の風景を見て僕はどういう訳かワクワクし、「ここは、ここもいい。」とはしゃいだ。


キャベツ畑

白銀が招くのは、スキー場ではなく、僕にはこんな光景だった。


白い四ツ郷屋

撮っているとトラックが通り、運転手は「こんな雪のどこがいいんだ?」と云わんばかりの目線で僕を見た。
雪の少ない県外からやって来た人に思われたか、それともこんな冬の砂丘を撮っているなんて何か怪しい人と見えたかもしれない。

しかし、昔から「白銀は招く」、、、という「白銀」に違和感があった、白は白、どこが白銀なんだろうと。



Category: 日記・情景  

◇ カントリー・ロード

四ツ郷屋

突然の冬の青空に歓喜しながら砂丘畑を撮った。
青空と云っても雲が多く、時折その雲が太陽を遮ると白い雪の風景も暗くなった。


カントリーロード

雪のない時にはただの砂丘の道だったが、雪が降って「これってカントリー・ロードって感じじゃねえ?」だった。


田舎道

カントリーロードの脇に植わる木の根元には、缶コーヒーの空き缶が山ほど捨ててあった。
こういうのって、同一犯の犯行、車を運転し同じ所で缶コーヒーを買い、いつもと同じペースで飲み、そして飲み終えポイ捨て行為も同じ場所。
塵も積もれば山・・・ってヤツだが、ここカントリーロードは通る人間が限定されているはず。

冬の四ツ郷屋

オレは自慢じゃないが、空き缶を捨てたのは人生に一度もないと言いたいけれど、実は一度ある、どこで捨てたかも覚えているし、その時の気持は
頭に覚えている。それからしたら山ほど捨てたこの人間は、空き缶をどこへ捨てるか、、、、体で覚えてしまっているのだろう。

ここは「カン国じゃねえよ!和の国。」


昔嫌いだった曲が、今聴くと「いいねえ。」と思えてくるのは 歳をとったってことなんだろうか。


Category: 日記・情景  

◇ 雪のリベンジ広陵

四ツ郷屋の小山




小山の林

出掛けると曇り、ともかく西をめざし車を走らせていると空は暗くなってきてフロントガラスにポツリポツリと雨、いやアラレだった。
「なんてオレはついてないだろう。」思いながらも、ここまで来て引き返すのもと”雪でも雨でもいい”家でくすぶっているよりは車を走らせていると


四ツ郷屋

行先は青空が見えてきた、「うっそだろう。」と、最初に決めた目的を止め、いつ変わるかもしらない天候に ”そうだ、リベンジだ!”と
四ツ郷屋の砂丘畑をめざした。


雪をかぶった畑

一度雪が積もっちまえば、長靴さえあればどこでも行けた。
ブログのコメントで「雪は、いらないものを隠し、レフ版になる。」と雪に対するマイナスイメージの僕から目からウロコようなお言葉だった。
「雪はいいよ、いいぜ。」と長靴を履きニヤケながらあちこち奥へと入っていた。
休耕中の畑に、雪、作物どころか足跡もないって事は、その上を歩きまわっても問題ないと、平地に小山と僕は歩きまわった。




Category: 情景・モノクロ  

◇ 水たまりが出来たら

墓地の階段




路地自転車「

家から空を見上げて、「大丈夫そうだな。」と出掛けると雨上がりなのであちこち地面は濡れ、水たまりも出来ていた。
これって歩き始めると気づかなかった、しばらく歩くと”水たまりもあったな!”気づくと、「オレってなんて鈍いんだ。」、今頃気づくなんて。


雨上がりの水たまり


交差点で信号待ち、ここにも”水たまりが!”とカメラを構えシャッターを切るとすぐ後に水たまりの脇を自転車が横切った。
「むむむ。」僕はまた、「オレってなんて鈍いんだ!」だった、撮る前に周囲を見てから”自転車が来たぞ。”と、この水たまり脇を通り、

田中町

その瞬間水たまりに自転車が写るのを狙えたのに~と撮った後、僕は実に悔しくなった。
オレってなんて鈍いんだ!







Category: 日記・情景  

◇ 古町広小路あたり

古町通10




菓子店のある古町通10

同じ「古町」でも白山神社側の”上古町 ”比べたら、あいかわらず閑散とした雰囲気の” 下 古町 ”の通り、でも僕はここを歩くのが好きである。
もう少し歩けば「フレッシュ本町」もあるし、寺町通もあるので僕は新潟市の街撮りには欠かせない街の風景である。


古町広小路




ジョギング中


この時は、雪のない冬は”いいなあ。”だった。
カップルが目の前をジョギングして通るのを見て、たとえ雨が降っても雪より全然ましだよなあと思う。

でも、でも、、、ここに来てストックがなくなってきた。
このまま行くと過去に毎月やっていた「ストック整理」を復活予定、それがもしかしたら続くもしれない。


Boz Scaggs - We're All Alone.




Category: 日記・情景  

◇ 飲み屋街の路地

路地の親子

こんな路地にもサントリーの自販機が、それもかなりの品数である。通りすがりの人があえてここで買うとも思えなかった。
そんな風に路地を撮っていると ”通りすがりの親子”が通った、自販機なんて見向きもしなかった、このあたりに従業員向けか。


西堀通の路地

夜の街を、昼間歩くのと”本番の夜”とでは風景が違うと思う。


飲み屋街の路地

まして、鼻の先に酒をぶら下げられて、お目当てのお姉ちゃんが待っているお店が頭にあったら、暗い道だって魅惑的に思えて顔もニヤケてくる。
ホタルの甘い水に吸い寄せられるように。


先週末の大雪もだいぶ解け始めた、その雪のせいで満足に”撮れず”、日課のウォーキングが雪かきに代わり、運動はしたもののやっぱり
歩かないと体がなまったようで本日は日課のウォーキングを長靴を履いて歩いた。まだ雪は解けてもまだ残る凸凹の道を歩いていると
長靴の中で靴下が脱げてきた、そんなんが果たして
ウォーキングってとは言わないと思うのだが、ともかく歩数はいつもより少ないが歩いた、途中ですれ違った女子中学性が、僕の横をすれ違いざま
つぶやきが聞えた、何を言っているのかよくわからなったが、どうもすれ違う前から独り言なのか歌のなかとつぶやいていたようだった。
何を言っているのかわからなかったが、観察している訳ではないがイヤホン携帯でもなかったようで、この歳から歩きながら独り言はマズいのでは、
それとも何か唄っていたのかと、気になりつつも、長靴の中でズレた靴下をどこで直そうかと考えていた。



Category: 日記・情景  

◇ まだ残る風景と消えゆく光景

古町の路地




火の用心




最初で最後の風景

その昔新潟「大和デパート」だった跡地、僕の生まれた時から、ここに大和デパートが建っていた。
現在は、大和デパート(本店金沢)は撤退し、建物は再利用されていたが、ついには取り壊されなくなった。そしてその工事中の跡地を眺め
これは見た事のない風景であり、将来も見ることのない風景なのだろうと思えたらプチ感動があった。


古町十字路

カメラを始めた頃は新潟の変わり様のない風景を撮っていた。
それが現在は当時からして予想もしなかた風景に変わってしまった。たぶん同じ変化の風景もカメラが趣味なっていなかったら、右から左へと
ただただ「えー、こうなっちゃたの?!」と変化の風景だったろうが、カメラを通して時間経過をしながら撮ってきた風景だけに、この変化は
僕には実に、印象的になった。





Category: 日記・情景  

◇ 鎌倉とイタリア

勝手に鎌倉とイメージの某路地




某路地で

勝手に僕のイメージ先行の鎌倉的某路地、ここを通る度に”鎌倉だよなあ。”と毎回のようにカメラする。
鎌倉の人が見たら、「鎌倉じゃねえよ。」、ここの地元に人が見ても”鎌倉”なんて浮かんでもこないかもしれない、あくまでも僕の個人的鎌倉である。


イタリア小路

そしてここは「イタリア小路」、どこがイタリア?!でもどことなくフィレンツェに、似てねえ、、、、


中央区イタリア小路

などと云うのはウソで、この先に新潟では老舗のホテル「イタリア軒」があるから、それから「イタリア」を取ってのイタリア小路なのだろう、
そのイタリア軒の「イタリア」も当初にそこに開業したレストラン「イタリア軒」のコックがイタリヤ人だったことから「イタリア軒」、それがやがて
ホテルイタリア軒になったのだと聞く。

だいたい、イタリアに行った事ない僕に「どこがイタリヤらしい?」と、つっこまれて答えられないので悪しからず。


「おーそれ みろー」 引っかかった、パバロッティ、ドミンゴ、カレーラス




Category: 情景・モノクロ  

◇ 工作員でも耕作人でもありません。

四ツ郷屋の砂丘畑(休耕中)




角田山

休耕中の砂丘畑にスプリンクラーのパイプが立っていた、これも夏場なら大忙しなのだろうが、海の生物海の底から顔を出してキョロキョロする
蛇のような、ドジョウのようなチンアナゴを思い出す。


四ツ郷屋の砂丘




四ツ郷屋の広陵地の道

今は、収穫を終えて休耕中の畑なので誰もいないはずが、僕が撮っていると脇を車が通ると、「何を撮っているのだ?」と”休耕中の様子を撮る
某国工作員”なんだろうかと、不思議な顔して通り過ぎていたった「僕は工作員でも耕作人でもありませんのだ。」。


本日起きて部屋の温度計を見ると0℃だった、室内であり、布団をかけて寝ていたいたとはいえ、0℃のなかで寝ていたのかと
外に寝ているの変わらないと考えたら、ちょっと驚きだった、寒さに体が慣れてきているのだろう。
当然外、玄関で靴を履くと、”動かなかった”昨日濡れたまま靴底部分が凍っていた。


Category: 情景・モノクロ  

◇ 僕的似非北海道景

四ツ郷屋




四ツ郷屋の砂丘畑

北海道の風景をブログなので拝見し、「いいなあ。」と感じながらいつか撮りにと思っていながらずっと10年未だまだである。
やっぱり広すぎるからだろう、誰もが撮るような有名な場所から、こんな北海道があたんかい?”と自分で見つける北海道など訪れたら
どこをどうまわっていいのやらと、最低1週間は必要だなと考えるといつも今度、今度の未だまだである。


砂丘地の大根畑

なので、こんな光景を見つけると、「北海道じゃねえ?」と思うである。


砂丘畑と角田山

丘陵地の向こうに山、それも雪が積もっていて、ここ四ツ郷屋の砂丘畑で「北海道を訪れた時にバスから眺めたような。」とそんな昔の記憶と
オーバーラップする、記憶が曖昧な昔ゆえの僕のイメージする北海道景なのかも、実際に訪れたら「全く違った」なのかもしれないが。
逆に、北海道で新潟的風景もあるのかも。


Category: 日記・情景  

◇ アラレに追い立てられて方向を見失う

粉砂糖的風景

今見れば粉砂糖をまぶしたような”優しい”風景なのだが、


太夫浜

この時は、「これは大変だ。」と雪に濡らさないようにカメラを前で隠すように砂浜をかけると「ありゃ?!」と、見えてくるはずの風景がない、
”ここはどこだ?”とアラレに追い立てられるように走っているうちに粉砂糖のような風景に方向を見失ったのだとすぐにわかったが、
それと同時に方向を見失った自分にオレは歳取ってボケてきたんだろうか、ちょっとショックもあった。


浜辺にも雪降るのだ

これが退却の風景かと今なら思うのだけど。


ここに建物があったはず

退却しながらも、「ここに廃墟状態の海の家があったはず。」とカメラを向けるが、これがアートになっていた。


昨日に続き今日も雪、午前中は青空見えて「これは良さそげ。」とのんびりしているとまた雪、冬の天候は変わりやすいとわかっていても
寒いと行動も鈍る、暖かい部屋で温かいコーヒーを飲んでいると”もう少ししたら”となる、それが10分のつもりが、20分と延びてやがて1時間。
その頃には天候は悪天候に変わる、そこでまた”これは様子見だな。”とまた30分、そして「雪の風景なんて撮ってもなあ。」やがて消極的な気分。
とはいえシャッターを押す「シャッター押した~い!」と人差し指がうずくのである。ともかく傘をして外へ出る、家の前で何でない雪景色を
シャッターを押して撮るだけで「なんだかわしは満足ぜよ~。」と”僕はシャッター・ジャンキー”だった。



Category: 日記・情景  

◇ 青空と霰(あられ)

海に舞う霰




霰ちょっと風に舞う

バツ・バツ・バツ!と身体に当たる霰を感じながら砂浜を走り退却はしたものの前方の青空を見ると、”ちょっとくらいいんじゃね。”と立ち止まり、
気になる風景を撮ったりしたが、振り返り海を見れば鉛色の空、典型的な日本海側冬の色。”大丈夫のようなでも冬の天気はあてにならんし。”と
天気の流れはこれから青空を希望しつつも冬場の鉛色を信用し退却。

冬の日本海




退却前にパチリ

ケーキに白砂糖を掛けたような風景は、可愛いらしくもあったが、リアルには海からの風は寒かった、そして霰。
僕はちょっと我慢すれば車はすぐそこ、ドアを閉めて無風になるだけでも温かさと安堵感、エンジンを掛けヒーターをつけたら浜辺の寒さは
どこへやらであるが、この時は北からの漁船を思い出した、寒波に、波に揺れる船、当然まわりは海の不安感なのだろうが、こちらは寒くても
ちょっと走って車まで行けば安堵、そしてそれは沈没もなければ揺れさえない、日本で生まれて良かったと思うのだった。

そしてリアルには天候は大雪、雪かきに腰痛になり、”雪なんていらねえ。”と南国に生まれたかった思うである。


「炎のランナー」なんだけど、、、




Category: 日記・情景  

◇ 晴れのち霰(あられ)

太夫浜天候異変

遠くの空を見て「向こうは降っていそうだなあ。」と、やがてこちらにも来るかもと想定はしていたが、僕のいる上空はまだまだ青空が見えていた。


アラレ襲う

やがてくるのは”わかっていた”が、いざ降ってくると傘もないし、雨宿りならぬアラレ宿りする場所も砂浜にはなく、ともかく精密機器のカメラを
濡らしてはならぬと急ぎ退却、そしてアラレを避けるような右左と砂j浜をラグビー走法の僕。


浜辺のアラレ




荒野のような

でも、そんな僕の目線の向こうは青空が見えていて、現状は”霰降る”は理解できているのだが、でも青空が見えいる”もうちょっといいんじゃあねえ。”と
「この瞬間の風景もありじゃあ。」とちょっとラグビー走法で撮りながら粘る僕だが、やっぱり気持ちと足は焦っていた。



Category: 日記・情景  

◇ 荒涼なるかな浜辺 

浜というか砂漠というか




お気に入りの風景

イメージで云う、「海辺の砂浜」とは違うと思う、海があって砂浜があったら、そこは海水浴場とは限らない。
ここは5mも海へ入ったら深さが身長もヤバくなるくらい危険なので遊泳禁止区域なのかもしれない、海水浴場としては小さい子供も安心して
泳げて遊ばされらえなくては。


誰もいない太夫浜

そうやって人間の入らない海辺は時間が経てば自然と荒涼としてくるもの、漂流物だの掃除されるわけでもないので浜辺はキレイとは云わないが、
僕はその誰もいない荒涼感で来ている。


太夫浜の電柱

どこかで書いたが以前は、「海の家」があった、いつの間にその建物さえ今は消えたし、大体遊泳禁止の浜なのでアクセスだってわかりやすい道が
ある訳でなく地元で詳しくないと入って来れないかもしれない。

だからそんなマイナー感が僕には合っているのかも、誰もいない砂浜に人工的に砂が盛られていた、工事とかでなく”何でこんな砂山が?”がと
不自然さがあり、北からの漂着ニュースもあって「まさか砂浜に造った秘密基地か?」と近づいたら砂の中から突然人が出て来て頭をポカリ!と
やられたらと思ったら怖くなって近づけかった、そんな想像させるのも誰もいない海だから。


海辺ってことで





Category: 情景・モノクロ  

◇ Monochrome Tayu's beach

新潟市太夫浜




太夫浜




風紋

揺れる水平線の向こうに白い船が見えていた、日本海フェリーだろうか?と、こんな荒れたような航海って揺れるんだろうなあと、
「航海だけに乗って後悔。」と一人笑ったが、乗っている人にしたら荒れた海は堪ったもんじゃないだろう。
そんなフェリーも浜辺で写真を撮っていると位置が大分動いていた。


冬

何年前だろうか、ここで写真を撮りにくると虹が出ていた、海上に掛かる虹である、虹の根本が海から出ていた。
色々虹を見たが海からの虹はその時だけ。






Category: 日記・情景  

◇ 冬の日本海、カモメ飛ぶ

海鳥飛ぶ

浜辺に陽が差し、海の向こうは暗い空、この組み合わせが僕は好きである。それは色々な表情があって、色々と想像させる。それが僕の癒しなる。
そして海風をもろともせずカモメが飛ぶ、この時遠くを飛んでいるものを入れると右から左へとカモメが3羽飛んでいた。
ちょっと小さくて見えにくいが陽がさして遠くのカモメも肉眼ではもっとハッキリと見えていた。


太夫浜の砂浜




冬の日本海


砂の状態を見ると、ここまで30分以前には波が押し寄せているのだとわかる。水際まで距離があるからと安心して浜辺を歩いていると、
ザーと波が押し寄せてくる。
僕はそんな罠にひっかかるものかと、波の状態を見ながら波打ち際に近づくが、これだって「ドシャ~」は何度も経験、自然の予測は難しい、
天気予報だって100%は当たらない。






Category: 日記・情景  

◇ 冬の晴れ間のトラウマ

太夫浜の電柱




北に向かって

以前写真を撮りに時、電柱の上空を飛行機が飛び、夜ならスローシャッターでその飛行機の光跡が撮れるので、暗くなる前に三脚を立て時を待った。
暗くなり始めると誰もいない海を後ろにすると何だか背中に海からの視線を感じるようでちょっと不気味感があった。
その後である、四駆が砂浜を走って行ったので”釣りか?”と思っていた、するとしばらくすると遠い地面を凄まじいスピードで光が走った。


冬の太夫浜


その光は何が走っているようで、ラジコン?いや、犬だなと判ったが、遠くにいるうちは何ともなかったが、それが今度はこちらに向かってきて
目の前に停まるとワンワン吠えた、首には懐中電灯がぶら下げられて吠える犬は僕を照らし、まるで僕が脱獄者のようになった。
動けば犬が、ワンワンと吠えるので、「参ったなあ。」としばらくすると飼い主が来るだろうと思ったら来る気配もない、僕にとって楽しい海辺の
撮影が恐怖に変わった。

そんな体験をしてからここ太夫浜はトラウマのようになり暫らく来てなかった、でも昼間ならばと来てみたが風景は変わってなかったが
その記憶が「あの辺りだったなあ。」と、やっぱり浮かんできた。


Category: 日記・情景  

◇ 太夫浜景色

太夫浜




遠く東港

東港の火力発電所の煙突の煙は海からの風で横に流れいる、これが日本海側の冬の風。
そして向こうに見える雲は、雪を降らせている模様、海の上だった雪は降る、、、やがてその雪はこちらにもやってきた。


異国からの漂着物

異国からの漂着物、赤いラベルに朝鮮服を着た女性が描かれていた、何が入っていたのかわからない、接近して狙って撮ったつもりだったが
見事にピント外れ、こういう時はやっぱりバリアングルだったらなのだが。


漂着した電球

電球の漂着物、たぶん浜辺に捨てられものでないだろう、すると海から、だとすると漁業用の電球であり、これを交換で海に捨てた?
船ごと転覆などの際に、電球だけ浮き、流れ流れて新潟の浜なんだろうかと、浜辺の電球を見て想像した。


数日来、どういう訳かこれが頭から離れない、
頭の中で ” I Want You To Know~ DA・DAN・DA~・DA・DA~DA♪~”と重音が鳴り響くのであるが、それがまた小気味良い。
Zedd - セレーナ・」ゴメス 「I Want You To Know ft. 」、視聴回数を見ると驚異の1億3千回越えは、そんな気持ちがまた聴きたくなったってことか。




Category: 日記・情景  

◇ いざ、太夫浜へ

雲の天使腕を広げる

雲の様子、形が気になってその時は撮ったのだが、眺めていたら「あれ、天使じゃね?」と空を天使が腕を広げて飛んでいるように見えた。
しばらくすると、風が吹き、雪が舞った、「雪の天使」だったのだろうか。


太夫浜




砂の坂

久しぶりの太夫浜に「いいね。」しながら砂浜へと坂を登って行こうすると、後ろから四駆の軽カーの音、その砂の坂を勢いをつけて登ろうしていた。
僕は途中まで登った坂を降りて戻り道を譲った、その時歩いた感触からしてこの砂ではいくら四駆でも無理じゃねと感じたが、ドライバーは「どうも。」と
云うように頭を下げて砂の坂を登っては行ったが、その車は砂の坂を上り始めてたがタイヤは砂で空回りし、七分目あたりまで行って
前へと進みそうで進めなかった。どうするんだろう?と様子見ていたらタイヤの空回り具合から運転手はあきらめ車はどこかへ消えた。


あら?海の家が消えた

そして僕はまた坂を登り始めると、?? 左に見えていた海の家が消えていた、砂に埋もれてはいたがついには完全に砂に埋まったのか、
掘りおこされた後に、また砂が貯り埋まってのかはわからないが、また僕のお気に入りが消えてしまった。


太夫浜の浸食

冬の海を前に砂浜に杭が並んでいた。杭と葦簀(よしず)で飛び砂防止で前はもっと埋まっていたはずだが、海の墓標のような有様になっていた。


James Blunt - You're Beautiful



Category: 日記・情景  

◇ これも人生、谷あり山あり

福島潟の園路

構図の先にカップルが立っていた、さっきカメラをぶら下げてすれ違った二人だった。
それはあまりに構図に溶け込んで「いいねえ。」だったが、僕は遠目に見る二人の雰囲気にちょっと妬け「誰が撮るかい。」と、僕はつぶやいた。
って訳で、ちょっと想像してみて下さい。


福島潟の冬越し鳥

渡り鳥のカモが、こちらの岸辺にいたのだが、「よしよし。」と僕が近づいて行くとみんな スイ、スイ、スーと向こう側へと泳いでいった、
「何で逃げんだよぉ。」と、こういう時って石でもぶつけてやろうか!といつも思う、人生うまくいかんよ。

福島潟の船着場

うまく行くようなこんな場合は「渡りに船」というのか、今思いついた。


船着場


年中来ているけれど、やっぱり冬の雪が降ってからの方が絵になる、だけどその雪は僕は嫌い、これも人生。

そしてカレンダーは年明けて早や、、、、5日なる、これも人生。


「Fatboy Slim - Because We Can」、、、、、どこかで聴いたような、、、映画ムーランルージュ。




Category: 日記・情景  

◇ 潟来亭にしのびよる影

潟来亭の木の影




小屋と冬の晴れ間

僕はこんな影が好きである。
冬はあまり好きではないけれど、落葉して枝だけになってこうやって出来た影、建物にしのび寄るような影に被写体として僕は「いいねえ」なのである。


冬囲いの潟来亭とビュー福島潟

もっとも夏場だったら葉っぱは茂り、木陰をつくり涼しいのだけど、影の風景はだたの影。当然葉っぱで向こうが見えず、木がスカスカになり
向こうが見えて光を通し明るくなった光景も好きである。


休眠中のトラクター

やがて春には、ここは黄色い風景となる。


夜の海沿いの「夕日ライン」を走った、夕日が綺麗とかそれ以前に午後5時半を過ぎると海はもう暗くなっていた。
その暗い中にも海が白く見えた。運転しながら脇見をして見ていたが、その様があまりに気になって車を止めて見た、10m先に見える海は
白く波立っていた、それも大荒れで波がぶつかり合い大きい波が砕け、その波が夜でも白いのがわかった、時折波消しブロックに大波がはじけ
爆発するようにドッバー!!!!と高く弾け、荒れた海も見慣れてはいたが、夜のその白い海はちょっとばかり怖しくもあり、すぐに移動した。



Category: 日記・情景  

◇ 冬の青空

青空

大学駅伝を観ながら、やっぱり関東は天気がいいなあと羨ましくなっていた、そして往路優勝は東洋大学だった、急に年末にタイヤが
パンクしたのを思い出し、「そういやあ。交換したタイヤはトーヨーだったなあ。」と、効き目は変わりないと説明を受けたが、ブリヂストン、
ヨコハマ、ブランドからすると”トーヨー・タイヤ何だかなあ?”を思い出し、「トーヨーだって、やれるんだぜ!」天から云われているような気がした。


北区福島潟




福島潟潟来亭前




雪解け

正月2日も歩いた。
午前中は、この季節からしたら儲けものような青空と太陽、すぐ出掛けたら良かったが、やっぱり正月は「大学箱根駅伝」を観ないと
正月って気分にならないので、ともかく出身大学がゴールを観終えて”今日も歩くぞ!”と出掛ける頃にはすっかり空は鉛色、
冬の天気は長持ちしない、だったらまた青空が出るのでは期待したがコース的に家まであと2kmの所あたりから雪がちらつき始めた。


園路



急いで帰ると、買い物があるというので、「しまむら」へ行った、昨日の「しまらー」が今日現実になった。
店内は広く店員さんに「○○はどこにあるのか?」尋ねると、「こちらです。」と、その場所まで、時々こちらを無理向きながら誘導してくれたのだが
その所作がドラマのエキストラの演技のようで、どことなく演技観があり商売的には不自然でもあり、それでいて自己主張しているようで
顔も見るとやっぱりエキストラのような顔だった。

しかし、案内され「これです。」と手を差し、そしてどのタイプ、サイズなのか尋ね、こちらの希望を言うと「これになりますね。」と云い「じゃあこれ!!」と
云うと、ぶら下がった商品のわざわざ奥に手をつっこんで奥の品を取って渡しくれた。その瞬間「しまらー」が存在する訳がなんとなく分かった。



Category: 日記・情景  

◇ 元旦の僕はウォーキングする

福島潟と沈船




ボートがぼーと浮いていた福島潟




北区福島潟

「今年もよろしくお願いいたします。」の僕の影。


元旦の昼、ひとりウォーキングした、途中で神社で初詣をしたが、時折車が通り過ぎたが静かで無人の町のようだった。
普段の日曜日や祝日の町の雰囲気とはちょっと違う、いつも開いているお店にシャッターは閉まっていたり、いつも電気の点いているお店も暗く、
また入口の窓には「賀正」のポップが貼られていた。

雪の菜の花畑


家々の風景もひと気が感じられず、まるで人類が消えたかのよう町の雰囲気に、これが正月元旦の休日なんだと思った。
少し歩くと前からミニスカートの女子、「寒くないのか?」とよく見たら なま足にオヤジの僕は嫌らしい目線よりも「大丈夫か?」とちょっと相手の事が
心配になったり、「しまむら」の前を通ると、車が停まり家族3人が店内に入って行った、元旦早々に何の買い物があるんだろうか、福袋か?
でも元旦から「しまむら」で買い物をするのを見て、これが噂の「しまらー」なのかと、「しまらー」家族を僕は歩きながらジロジロ見た。
そんなこんなで家に返り、歩数を見たら1万歩だった、そして年賀状を投函すると1万2千歩の元旦だった。


「想像してごらん」



1234567891011121314151617181920212223242526272829303101 < >