冬来たりなば春遠からじ2.0 Daily 

A Day in the Life. ” there ” そこにある日常の光景 2代目。

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◆ 夕刻、京都四条あたりを歩く

四条通ルイヴィトン大丸前

時刻は、6時半、まあ夕方としたら明るいけれど、写真を撮って歩くにやっぱり厳しかった。
しかし、四条通あたりって僕が訪れる時間帯は大体夕刻から夜になる、やっぱり郊外を昼間まわってやれやれと街帰ってくるパターンなのかも。


高倉通

そんな夕刻に京都の街を歩くと観光と云うよりは、「オレは京都に住んでるぜ~」ってな気分になる、錦小路で晩のおかずでも買えば、尚更なんだけど、
せいぜい食事をするくらい。


錦小路と若冲

久しぶりに錦小路を通ると伊東若冲通りになっていた、「あれ?」とは思ったが、気がついていなかったのかも。


錦小路




樹花鳥獣図屏風

よく考えたらギリギリ店が開いていた、当然シャッターが上がっていら若冲の絵はわからんかったのかと、それにしてもシャッターに伊東若冲が描かれている通りなんて
何と贅沢なのだ。


錦小路の樹花鳥獣図屏風絵

錦小路の樹花鳥獣図屏風絵


錦天満宮前

だいたい、四条あたりにくると、ここ「錦天満宮」への参拝確率は高い、そして初めて訪れた時に暗くなっても照明が明るく神社を照らしお祭りのような光景に
「やっぱ京都は観光地なんだわ。」と訪れる度の想い出す。


錦天満宮手水

昼間ではない、陽が長かった頃とはいえ、夜7時前でもこんなに明るい、確か遅くなると門がしまっていて(門が閉まる神社に「おー?」とその時はなった)。


錦天満宮の牛

天満宮の牛はどんだけなでられただろう、学問の神、菅原道真を祭る天満宮だけに頭と角が一番はげていたのは修学旅行せいが多いからか、
体に足の部分が頭よりもはげ方がまだましなのは中年以降の人たちが参拝して ヾ(・ω・*)なでなで なんだろう。


京都マルイ

京都マルイ、昔阪急百貨店だった頃に観光バスの観光ガイドで「ここ阪急百貨店前は京都の待ち合わせ場所になってます。」てなこと聞いた覚えがある。
確かにその時は、建物の左下あたりに人がたくさん「まだか、まだか?」と人を待っているような光景が今も忘れられないのだが、
丸井になってから
どうなったのかわからないけれど、この時も待ち合わせしているような人はいた。



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◆ 電車ショートトリップ

近鉄京都線からの車窓

近鉄奈良駅で、発車時間3分前で切符を買った、果たして間に合うのか?と駅構内を走り、エスカレーターをドドドドドドと駆けおり、
「これか?、これなんだな?」と奈良発特急電車を確認、指定席に合わせて車両に乗る暇などなく、ともかく電車を確認すると目の前のドアから飛び乗った。

なので、座席について「へえ~、やれやれ。」だった、そして急に待て待て、これに乗ったら撮らねばと急に想い出し、大極殿はギリギリ間に合ったが
朱雀門は間に合わず、その姿さえ見逃した。


車窓宮津あたり

京田辺市宮津あたり

いつもは移動と云えば自動車なので、チラ見がいいけれど、長々とわき見は許されない。
なので窓から風景をのんびり眺めていられるのが嬉しくもあり、足元、体に伝わってくる電車の振動、音もまた「いいねえ!」だった。
出来たら缶ビールでもあったらよかったけど、電車時間の都合で飛び乗ったので買う暇もなく乗ったので、「あービール飲みてえ。」だった。


車両基地

京都に向かいながら昼から徐々に夕方になってきて、車内から撮影でシャッタースピードが遅くなり始めてきた。
「ここぞっ!」とシャッターボタンを押すとシャッター音が僕の思っているより長かった、案の定撮ったものはブレた。


竹田車両基地

車両基地が見えるなんて初めて知った。


京都地下鉄車両基地

車両基地にズラリと並んだ電車の光景がカッコよく京都らしくなかった。


東寺が見えた

そろそろ京都駅、「あれが、見えるハズ。」と窓から西にあるものを探した。
「おー、いた、いだですよ。」とシャッターを押すと東寺の五重塔と建物、電柱が何度かかぶった。被らないように邪魔するものが過ぎて
シャッターボタンを押すと、また横から視界を邪魔するものが流れてきた。


東寺五重塔

ギリギリセーフ、これだって「おっ、京都だね。」の光景だった。


JR京都駅西口改札口前

JR京都駅西口改札前、デカいカバンも持った人があちこちにいた、京都へ来たのか、これから出かけるのかと、「旅はいいなあ。」とこれから帰ろうとする僕には
カバンの風景が羨ましくみえた。

京都駅中央口前

京都に着いたら、京都タワーを見て「京都来たどー!」だったけど、数時前に見たばかりなのでとりあえず駅の雰囲気で「京都」を感じた。
火は傾き始め、写真はまともなモノを撮れんだろうと、だったら明るい所へ、河原町へととりあえず向かった。



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◆ 永の奈良編も「奈良町」で終わり

高畑

奈良市高畑(たかばたけ)


奈良市高畑

高畑の路地


奈良町

奈良市公納堂町


奈良町、銭湯のあった路地

「あれえ?ここだよなあ。」と何度見て銭湯がなかった。以前来た時には奈良町の路地に銭湯、入口には営業中がわりの暖簾がさがっていたのだが、
ない、違うのだろうか何度も「このあたりでは?」とキョロキョロした。


奈良町の緑

(銭湯は)この隣り当たりあったのようなと眺め「オレは間違っていないはず。」と、そしてその奈良町の変化に「オレってそんな奈良に来てなかったのか。」と
永のご無沙汰を知った。


奈良町菊岡前

奈良町の中心のような場所、ここ菊岡前と吉田蚊帳店を前をあるくと僕は「奈良町にきたぜえ。」と感じる。


坂道を登ってくるカップル

坂を登ってくるカップル、遠目で見ても黒髪、黄色人種だけど、日本人ではないなあとわかった。
そしていつも思う事は、外国人がこんな奈良町を歩いて何を感じるのだろうだった、カップルふたりなら”それは、どこでも良いかもしれない。”。


奈良町の坂道

奈良町は坂が多い、乳母車を押していく光景を見て、昔奈良町の坂を「よっこらしょ。」と自転車を押すバアサンを見て、僕は後から荷台を抑え
押してあげたこと想い出した。 平地の多い新潟人の僕は坂、段差にあこがれるのだけど、”住む”となるとまた話は別なのかもしれない。


奈良町の霊府神社

奈良町はびっしり家が並ぶのだが、その中で色々なお寺、神社を見る、元興寺なんてその代表のようなもの。
そして多分前を通ったことのあるだろう”霊府神社”境内にはいった、境内の広さは家一軒分くらい、その中をのぞくと右側の狛犬に目がいった。
見覚えのある様な、昔パチンコで台の名前は忘れたが、そのパチンコ台に出てくるキャラクターによく似ていた、ひょっとしてこれがモデルなんじゃ?と
思えるくらい似ている狛犬の僕は顔をなでた。


永き奈良編は終り、あとは京都で数日分、10月には以前通りの数枚パターンに戻る予定、ともかく京都編もよろしくです。


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◆ 鹿も人間もふり返るふたたびの奈良

若草山

一頭の鹿がいた、こっそりと近づいたのに、「だれ~?」と振り返り返った。どこに居ようと鹿の勝手だけれど、ドカリと店先に陣取って座っているのは
やっぱり奈良の風景だった。


手向山八幡宮

日本の奈良で、日本古来建物なのに、一瞬でも遭遇した観光客がみんな外国人っていうのは、おかしな感じだった。


若草山の鹿

ここにも鹿、小学校の頃親父の関西の社員旅行のお土産で、奈良のペナントをもらった、それには奈良公園の文字と鹿があしらってあった、
その頃あたりは奈良は遠い、そしてそこにはペナントをもらったことで鹿がいるんだ肌で知った。


春日の杜と石灯籠

石灯籠の向こうは神の領域、時折そこに神の使いの鹿がいた、こちらに気づくと、僕の方をジッと見ては警戒を解いてなのだろうが僕を無視した。
何だか僕はジッと見られているうちは良いけど、視線を外し無視されると神様からも無視されたようでちょっと悲しい気持ちなった。


春日詣出

相変わらず人が多かったが、中国語系の観光客が多いって訳はないけど存在が目立った。


春日大社

初めて来た時は、じっくりと見た。かんざしを頭にさした巫女さんのカッコよさに見とれたけど、3度目になると「いいねえ。」ちらりと目をやってニヤリで終り、
境内も参拝するとパ、パ、パ、、、で終わった。


春日大社万灯篭


何だったかで春日大社の万灯篭は歴史的有名人も奉納していて、それが今も見れるってことで確か直江兼続だった、僕も同じ越後人なので探したが
すぐに僕は探すのをあきらめた。


春日大社石灯籠の参道

「山も、森も、水も、風も、人も、鹿も、千三百年ともに生きてきたもの」 (JR東海CMより)


下の禰宜道(ささやきの小径)


春日大社から高畑(たかばたけ)に抜ける「下の禰宜道(ささやきの小径)」、こんな光景を10分くらい歩く中で誰とも会わなかった、
周りは緑の森に春日大社の森だとわかっていても、”静けさ”にちょっとばかりビビりの僕は不気味な感じがしていた。


JR東海CM 「うまし うるわし奈良 春日大社篇」、、、




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◆ 東大寺二月堂から

東大寺の土産屋さん

東大寺大仏殿から鐘楼、二月堂への表参道のお土産屋さん。


鹿

そのまま石段の坂を登って行ったら二月堂もすぐなんだけど、「あそこを通らないと。」と”裏参道”をめざし引き返した。
真っ直ぐ行けばすぐなのに、何とかいう階段を降りて、また石段を登っての二月堂だった。


東大寺梵鐘奈良太郎

東大寺鐘楼別名「奈良太郎」、国宝ではあるけど鐘には手が届かないので鐘楼の柱スリスリ、、、一瞬にして修学旅行生で埋まった。


二月堂裏参道

修学旅行生、一般観光客もそこそこいたけど、一瞬無人になった。


二月堂の石段

やっぱり人の多い所は、人を入れた方がいいのかも。


二月堂




二月堂廻廊

こんな光景も、すぐにたくさんの小学生が上から降りてきた。


二月堂廻廊

昔NHKで「お水取りのお松明」の中継を見て、二月堂の上を走る火の着いたお松明が、ここを登って行くのをやっていた。
しっかりそれは火がついた状態で、よく見ていると地面にお松明の飛び散った火の粉をもみ消していた。


二月堂万灯篭

二月堂の万灯篭。


二月堂からの眺め

二月堂からの東大寺境内眺め(東大寺は広いである)。


二月堂石段

前回来た時も気になっていたが、石段には模様が彫られていた、たぶんデザインというよりも”滑り止め”なんじゃないかと思うと、
何百年前から滑り止めで石に模様を入れるなんて実用的でありオシャレだなあと感じた。


二月堂の寄進柱と奈良の眺め

まったく関係ないけれど、奈良って所は観光には足腰に自信がないと、行けないかもしれない。
この日午前中には法隆寺を歩きまわり、ここまでは今度はJR奈良駅から三条通、興福寺、北奈良町と歩き、次に東大寺へと歩くと距離もさることながら
坂道、階段とけっこうあって、正直ヘトヘトだった。
たぶんいつでも行けるなら、僕は分割して歩きまわるのだろうが、滅多に来れないので、あちこちとまとめ、時間にも限りがある
欲張るように歩きまわるのだが、これが、、、、足腰はグラグラ、写真を撮るのも疲れテンションも下がって「まあいいや。」と妥協もあった。
家に帰ってから調べると足の豆が6、7個できていた、ともかく旅は若い時にしておくと今更思って遅い、だから「今は若いのじゃ。」とまわれるだけまわるしかないのかも。



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◆ ふたたびの東大寺

公慶堂の土壁

雨風で風化して傷んだ東大寺公慶堂の瓦塀、どこにでもありそうだけど我が新潟ではありそうで見た事がない。
「奈良だなあ。」と感じた光景。


東大寺焼門

東大寺焼門、いつもは正面南大門からなのだけど、今回は東大寺を裏口から(転害門からまわるつもりだったのが、ここに出た)。


正倉院大池(大仏池)

でも東大寺をここから攻めていけば満々と水で満たされら正倉院大池(大仏池)のはずが、僕は水のないこの光景に「えーーーー。」と、
撮る予定だったはず光景がなく、しばし僕は固まった。
新潟からわざわざ出てきたのに何てこった、護岸工事で水が抜かれ池の底が見えていた、よく見るとその池の底には鹿が群れていた。
ある意味で、こちらのが珍しいかもだった。


築地塀と戒壇堂

3度目の東大寺で、やっと戒壇堂にやって来た。
それまでは、さがしたけれど場所がここだったのかと後で気づく、これまでの間図書館から借りてきた映像を見たり、仏像写真集を散々見たりしていたが、
戒壇堂はこんな建物だったのかと思っていた以上大きかった。


戒壇堂の土壁

土壁の重圧感に、これが戒壇堂かあと、納得感があった。


東大寺戒壇堂

そしてここまで来て、僕は中に入らなかった。
写真が撮れるわけでもなく、「四天王だけじゃん。」それだって土門拳の写真集で何度もみているし、図書館から借りたDVDでも見てるしなあと。
お得感ないようなのでやめた。


戒壇堂

とは言え、建物だけでも何枚も撮った。

不空羂索観音

重文不空羂索観音と国宝月光・月光菩薩、月光月光はすぐにそれだとおわかったけど、国宝不空羂索観音ってこんなだったのか?と重々しく大きさ、
ちょっと怖さも感じたのが、よく見る不空羂索観音の前にと「重文」とある、なるほど、「そうだよなあ。」と思いつつ、東大寺には不空羂索観音が2体あったんだとわかった。


東大寺大仏殿と奈良の空

その昔、国語の本で井上靖の「天平の甍」が載っていた、当時は、文学なんぞ興味がなかったので、内容といいそんな大昔の事には全く興味をそそられることなく
ただの国語の時間だったけど、天平の甍は、唐招提寺の事だとは何とか頭に入っていた。
後でその金堂の屋根にある飾りを鴟尾(しび)というのだ知った、そして月日を重ね、まさかにその唐招提寺を訪れその屋根をしげしげの眺める日が来るとは思っていなかった。

なので東大寺大仏堂の屋根の鴟尾(しび)を眺めると同時にそのことが頭に浮んだ。


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◆ 春日大社から高畑の路地へ

春日大社石灯籠の並ぶ参道

参道の石灯籠を見るたびに、「オレもいつか寄進して」と思う、京都伏見稲荷の千本鳥居を見てもやっぱり「名前を入れて鳥居を寄進したい。」と思っているのだが


石灯籠の参道

いまだ、寄進できずにいる、これは大願成就してお礼に寄進よりも、大願成就の前倒しで、寄進してしまった方が良いのかもと思うである。


春日大社楼門前

この度でタブレット撮影している人を何人か見た、僕的には携帯で撮影している光景よりもタブレット撮影している光景に違和感を感じるのは何でだろう。


石灯籠並ぶ参道にて

これだけの石灯篭が並んでいるってことは、霊験あらたかなんだろうかと思えてくる、時折その石灯籠の間から鹿が顔を出す、その鹿のつぶらな目を見ると、
ここ春日神社ではやっぱり”鹿は神の使い”と思え、その鹿に「どうも。」と僕は手をあげて挨拶する。


奈良市高畑の路地

春日大社の杜の下の禰宜道(ささやきの小径)を歩いて閑静な住宅地能力高畑(たかばたけ)へと抜ける。
土壁の路地の雰囲気が神奈川県鎌倉の閑静な住宅地を想い出すは雰囲気が似ていからかも、どこなく品の良いお金持ちの住んでいるようのも思え、
ここ奈良市高畑も作家旧志賀直哉邸があるように、文豪の似合う住んだ鎌倉にも通じるような雰囲気があった。


旧志賀直哉邸脇の路地

土壁に挟まれた路地、誰も歩いてはいない、僕は「いいねえ。」とつぶやきながら、その先に高畑の路地と進んだ。


高畑の路地

土壁でなくブロック塀に挟まれた路地は、それだけでここは歴史がまだまだ浅いんだろうなあと思えた。


奈良市高畑

ここ高畑は、”閑静な住宅地”っていうのがぴったりな雰囲気の住宅地で、東から西へと下り坂になっていて、この道に交差するようにある南北の道は、
比較的狭く路地風が多いように感じる。路地好きな僕として狭い方が良いのだけど、ここ高畑は全部が路地のようで(広い道もあるが)町探検するにはいい。
時折狭い路地なに数人が歩いていた、駅につながっているとか、学校、商店街とかつながっている訳もない静かな住宅地の路地に数人が歩いている光景は、
何だか不思議で、このメンバーは「実はどこかで縁が繋がっているのかも。」と思えた。



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◆ 奈良を歩く

淨教寺

奈良、三条通にあるお寺「淨教寺」、どことなく蘇鉄なのか南国的な境内の光景はあまり見たことがない。


奈良三条通

チープトリックに思えた外国人のグループ、三条通を歩いてと果物店で、リンゴ2個買っていた、正直どうするのだろう?と思って見ていたら歩きながら”がぶり”とやった。
日本の文化じゃないなあと、果物店でリンゴ2個、そして即歩きながらがぶりだもの。


三条通

中学生の奈良修学旅行のグループの自由行動のようだった、男子は前を進み、女子はかたまりながら後をついて行った。
時代なのだろうか、僕修学旅行はグループと云っても好きな者同士で当然男子ばかりだったが、こんな女子が入っていたら別の想い出も出来ていたかもである。


三条通の雲

三条通を歩いていて、空に「あれ、龍?」かと何だかそれが意味があるように思えた。
たぶんそれはここが奈良だから、たぶん地元で見ても何とも感じなかったに違いない。


キリスト協会の幼稚園

東向通にあるキリスト教会の幼稚園、TV「ブラタモリ」でも出ていた奈良の「段差」。よく見るとキリスト教会なのに、どことなく寺院造りの様な瓦屋根。


興福寺裏参道

興福寺を裏口から入る、坂を登ると左に北円堂、正面に再建中の中金堂にぶつかる。
北円堂の建物は見えるけれど、堂内の慶派木造無著・世親立像(もくぞうむじゃく・せしんりゅうぞう)を一度見てみたいのだけど、未だ夢かなわず。


興福寺東金堂

隣の五重塔に目が行くのだけど、ここ東金堂のような建物はありそうであまり見ない。ともかくも国宝の屋根と空である。


興福寺阿修羅さま

国宝館では阿修羅様と仏頭は一緒に見れるのだけど、今は別々に、、、、それってお徳用の見所満載だった国宝館を分散して割高に、
今回見たのは仮講堂に写されれた阿修羅様だけだった。


押小路町

奈良北を目指してこっちだろうと目指して歩いたけど、まったく見当違いの所を歩いていた。
お陰で歩かされた。


若草山の見える小路

小路から若草山が見えた、鹿でも見えるだろうかと目をこらした見えなかった。
まちから、観光地化されたような山の風景が見えるっていいなあと、すぐそこのように見えるがかなりある。



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◆ Monochrome 奈良東大寺を歩く

東大寺戒壇堂裏の塀

東大寺戒壇堂裏の築地塀、何度目かの東大寺でやっと東大寺の裏を歩けた、そして大仏池を撮るつもりで行ったのだけど、全部池の水が抜かれ、
池の底には草が生え、その草を鹿のグループが食べていた(池の風景は撮りたかったけど、ある意味では水の抜かれ池の方が貴重かも)。

東大寺戒壇堂と築地塀

”戒壇堂”にやっと来た、「ここがかあ。」と自分の考えていた位置、建物とまったく違った、やっぱり旅行ガイドなんてみているよりも” 百聞は一見に如かず ” だと実感。


東大寺

相変わらず東大寺南大門前は、ぎょうさんな人出なのだけど、どういう訳か見ていると日本人と同じアジア系の外国人と見分けがつくようになる、
そちらの方がかえって地場っていうような観光風景思えた。


二月堂参道

ここを撮りたくて再び来て「ここだ!」とシャッターを切ると門からオジサンが出てきた、「オイオイ、勘弁してよ。」と内心思いながらシャッターを切り直しした。
でも、オジサンだってしっかり撮る権利はあるのだけど、カメラの先から奥さんらしき人が後出てきたけれど、その場所へと行ってみると
僕的には、こんな所でなにゆえに撮ったんだろう?だった。


東大寺二月堂廻廊石段

何度か東大寺にはやってきているけれど、修学旅行生のいない風景は見た事がない、これはこれで東大寺の日常風景ってことなのだろうが、
同じように、オジジオババがここ二月堂周辺のあちこちで東大寺をスケッチするの光景もあった、これも日常風景なのかもだけど、
実は、もう少し右へと構図で
撮りたかったのだが、芝生の上でジイサンがスケッチしていて、これが実に絵ならなくて、仕方なく左よりへと構図したのだが、これを見る度
「ジイサンがいたなあ。」想い出す。


二月堂と廻廊

いつかは「お水取り」のお松明を見てみたいものだと思っていても、毎年ニュースでその光景を見て「今年も行けなかったなあ。」と思うである。


廻廊

そして、その火の着いたお松明はここを登っていくのである。


二月堂

当たり前というか、ここへ来くると外国人の姿を見ない時がない、大体ベンチ座ってボーとそこからの奈良の風景を見ている。


二月堂からの奈良の眺め


奈良の街を歩きくたびれ、ここに来れば椅子があり、良い風も吹いてくる、眺めもいい、座っていても何の不思議もない日本人外国人関係なし仏閣の木造は落ち着く、
僕の印象は、ここは修学旅行生、日本人よりも外国人のいる光景のイメージが強い。


二月堂殻の眺め




東大寺二月堂の石段

寄進額の彫られた石柱を見て、これが今だったら五萬円、、、いや壱千円なら10本も立てられるなあと思ったが、こう云うのは檀家とか商店とかでないと
無理なんだろうか、ともかくこれの立ったリアルな時代は無理でも、現代だったら壱千円10本、、、。



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◆ 中宮寺、そして斑鳩を後に

北室院前

夢殿でジジババグループが追うようにやってきたので、このままでは次に行く「中宮寺でかち合ってもなあ。」と夢殿の余韻を味わる間もなく、中宮寺へと急いだ。


中宮寺の屋根

朝宿を出た時は青空だったが、この頃には空は白い雲がかかってきた、斑鳩の地は青空よりもこんな雲の空の方が歴史を感じるようで似合っていた。


中宮寺の門

中宮寺本堂への門。


中宮寺本堂

久しぶりの中宮寺の国宝菩薩半跏思惟像だった、実はこの方とは以前に新潟でお会いした、新潟県中越地震復興ってことで新潟県立近代美術館の仏像展に展示された。
なのでか、本堂でお会いして何だか懐かしお人に会ったような気持ちなった。


屋根の水かげろう

ちなみに、美術展開催がひと月ちょっと、しかし国宝菩薩半跏思惟像は2週間くらい展示だった、がそれ以外の展示はレプリカの展示だったらしい、
「えー、レプリカなんてあったんだ。」知った、ちなみに仏像展会場入口すぐに法隆寺の百済観音が立っていた、その時も「なんでここに?!」だったが
レプリカの話を聞いて、なるほどと合点がいったのだが、それにしても百済観音の前をたくさんの人が通っているのに誰も「おや?」と気づいていないようだった。


中宮寺の本堂

そんな中宮寺とそして菩薩半跏思惟像は前回に法隆寺来た時は、ほとんど知らずで夢殿まで来て「まあ、いいか。」とパスした。
後になり国宝の菩薩半跏思惟像あったと知り、「あちゃー!」と後悔していると、数年後菩薩半跏思惟像が向こうからこちらやって来た。
そうなったら、そらもう”行くしかない。”だったが、恐ろしいほどの人出で、仮にこの時のジジババグループに他の観光客が合わせてもまだまだ足りないくらいだった。

法隆寺参道

小中学生の奈良の修学旅行に「いいなあ。」だったけど、近くの保育園児なのだろう、法隆寺参道散歩している光景は僕には衝撃を与えた。
「そんなのありか?」と生まれた環境が違うってのはこんな事かと思うのだった。


南大門前




南大門

法隆寺拝観終了して、次はいつになるやらと、当然この南大門を出る時も、またスリスリした。


国宝南大門の扉

そして、「あら?」と門の金具がおっぱい金具ではないなあと気づく、お寺としては歴史のずっと古い法隆寺である、おっぱい金具なんてまだまだ
なかったんだろうなあと、おっぱいとかでなく、まんじゅう金具。


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◆ 築地塀の道をを歩き、僕は 夢殿は有名どー と叫ぶ

辻の石しるべ

法隆寺夢殿前の通り、昔なら奈良も京都も同じものだと思っていた、だから昔ならこれは奈良・京都の風景だったけど、何度か訪れてくると
段々に、これは奈良の風景だとわかってきた。


辻


京都だったら、ありそうでない路地の風景、というか 京都だったら駐車場の「P」なんて看板は目立つように置かないのじゃないかとも思えてくる。
実際はわからないけど、僕のイメージでは京都ならこんな光景は「ダセエ~!」と景観条例にひっかりそうである。


法隆寺築地塀

正直な話、「築地塀」は知っていたけれど、法隆寺でもやっぱり築地塀なのかと、「法隆寺塀」とか「斑鳩塀」とありそうなんだけど「築地塀」ってのに驚き。
とりあえずは法隆寺境内の為か、注意書きは「・・・あるから・・・」、「しなように」と上から目線、でも最後の「法隆寺」ってのが格式を感じる。


夢殿前

僕の着いた時は参拝客は数人で、夢殿を一周してちょっと待てば無人の風景で撮れた、だからって「いいねえ。」とのんびりと構図を考えて撮ってはいれなかった、


法隆寺夢殿

僕の後ろでは、ジジ・ババの集団の気配。
帽子をかぶり、リュックを担ぎ、ウィーキングシューズを履いてのパターンである、ハイヒール、ローヒールやクロックスを履いた人なんてまずいない。
そのグループにはリーダーがいて皆に指示、説明をしているような云わばジジババの修学旅行のグループが迫ってきた。


廻廊屋根と夢殿

僕は「あちゃー!」と焦りはじめ、構図もこうなる。


舎利殿

「舎利殿」とは仏舎利の安置された建物、仏舎利とは釈迦の骨のこと。
舎利殿があれば「このお寺にもお釈迦の骨があるのか。」と、しかし罰当たりのな事を云うなら、お釈迦の骨がそんなにあるのか?である。
我が新潟県でも僕知っているのだけで3カ所ある。
釈迦は天竺の人だから、そこからシルクロードを通り、大陸から海を渡り日本へと考えると量的には超限定的、でもひとつまみでも、燃えカス、灰汁だった
あれば紛れもない「仏舎利」、そんな考え方も、「ここには紛れもない仏舎利があるのだろう。」と思えてくるのがここ法隆寺である。


国宝東院鐘楼

ここにも、国宝東院鐘楼
下手をすると国宝ってことで、周りに柵が張られ触れる所か近づけない所だってもある、それを思えば法隆寺は仏像・美術品は別として
いくつも触れるものがあって、お得な観光地のように思う。



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◆ 東大門をくぐって

東大門

法隆寺 国宝東大門


法隆寺塔頭観音院

東大門の法隆寺塔頭「観音院」前、法隆寺の三つの大門をくぐる境内は車は乗り入れは出来ないので郵便屋・宅配屋さんは、法隆寺のいくつかの塔頭に
配達となると、法隆寺の周囲の塀を効率良くまわりながらあちこちの3つ大門を歩いてくぐり配達、広い境内は郵便屋さん、配達泣かせかもなあと、
広い法隆寺境内を歩いてみて「これは大変だ。」と同情した。


東大門と参道

「国宝」と表示はあるけれど、誰もそんな事を意識せず普通に通り抜けていく。
「それってもったいないでしょう。」と云わんばかりに僕はここでも柱をスリスリ、扉をスリスリ。


法隆寺山内小路

東大門を出て左へ出ると斑鳩を偲ばすような平垣越しの小路がある、歩道なのかと思えばしっかり車の轍があった。
左に重文の塀、右は柵もガードレールもない溝、初心者の車の運転なら ビビりそうだなあとその先まで歩いて行くと、右には出入口があった。


法隆寺の小路

僕は「うっそ、だろう?」とここを車で出入するのか?と、こんな所や、あちこち道の狭い所の多い奈良のドライバーは運転がうまいのだろうなあと感じるのだった。


小路




法隆寺2丁目

東大門を右へと行くと法隆寺1丁目、こんな感じでさっき書いた”奈良は道が狭い”ってのは(あくまでイメージで広い所たくさんある)。
長い歴史の中で出来た道、我が新潟なら田んぼを埋めて広域道路を造るとは訳が違う、道にも歴史あり、奈良なら田んぼだって遺跡が出る。


東大門前参道

5年前くらいに来た時は、露天の店先に「フィルムあります」と手書きの文字の看板があった、当然写ルンですもあるらしかったが、当時でも「フィルムかあ~」だったけど
今はどうなの?と店先をのぞくと「フィルムあります」の手書きの看板はどこにもなかった。
寂しい話だけど、これが時代ってことなのか、その僕だって未だに ガラケー である。


法隆寺山内道しるべ

広い法隆寺に境内にある南北を走る通り(筋というらしい)に、石の道しるべが立っていた。
なんてことはない光景に、石の道しるべに、ここでも時代を感じた。

出来たら木の棒でも拾って、高く投げてどっちへ行くかと決めるのんびり旅も良いのだけど、僕は迷わず正面の夢殿へと。



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◆ 大宝蔵院へのアプローチ脇消火栓は白く。

白い消火栓にホース格納箱

大宝蔵院へのアプローチに、赤いはずの消火栓とホース収納箱が白く塗られいたのに、「えー!?」だった。

国宝認定の始まりが、ここ法隆寺の火災をきっかけに、改めて国の宝の貴重さが確認されたって事らしいのだが、それ故にか火事の炎=赤(朱色ではなく)は、
禁色なのだろうかと白い消火栓を見て普通の寺ではなく、法隆寺ならそんな謂れゆえに赤いはずの消火栓も白が許されるように感じた。


法隆寺大宝蔵院

なのでか、赤は火のイメージのない朱色なのか。


国宝食堂

国宝食堂(じきどう)、
法隆寺は国宝の山である、ちなみに国宝(1089件)の一番多い県は東京都(276)、京都府(228)、奈良県(198)らしい、
そして国宝で一番多いのは刀剣だと聞いたことがあるので東京都は刀剣が多いのかも。

ともかく法隆寺は建物で18件の国宝、仏像彫刻は17件触れも出来なければ写真も撮れない、下手したら拝めないものある。
それを思えば、撮れる、触れるって凄いと感じたが、ここ食堂は眺めるだけだった。


観音堂の屋根

百済観音の安置されている観音堂と斑鳩の空。


観音堂

それまで何とも意識していなかったけど、法隆寺に来て屋根の上にあるのがこれが宝珠(ほうじゅ)なんだと知った。
手すり、橋の欄干に見る玉ねぎのような宝珠の形の元がコレで名称が擬宝珠だと。


大宝蔵院と百済観音堂

正面の見える観音堂には百済観音が安置され、そして観音菩薩の降り立つとされる山、住みかが「補陀落(ふだらく)」というらいしいのだけど、
その百済観音住みかのお堂の屋根から空へと向けて見えないオーラが放たれているように正直感じるのである。


法隆寺五重塔

大宝蔵院の前から五重塔。


東大門

国宝百済観音と国宝がたくさんある新宝蔵院、まさに宝の蔵を出ると、法隆寺に旅も終わったように思えてくる、あとは東大門を出て夢殿へ。
その前に国宝東大門でもスリスリと、そんな輩が多いから柱の色が変わっている訳でもないのだろうが、よく見ればここもエンタシス技法。
お寺なのに建物まで凝っている、五重塔いわく、金堂いわく、工事中の中門だって、ただもんじゃねえぜ法隆寺だった。


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◆ 法隆寺の中心で どう撮ろうかと 悩む

金堂

法隆寺国宝金堂、ここでも建物をスリスリ。


国宝法隆寺金堂

小学生の団体さんが、やってくる間に急ぎ早やの金堂ショット。


国宝コンビ

金堂と五重塔の国宝Wショット、国宝の少ない県、それも撮影禁止になっている県の者からしたら実に嬉しく、またどう撮っていいのやら悩むWコンビだった。


法隆寺金堂

柱には龍に獅子が、とある寺院には邪鬼、また猿、また猫があったり、正直な所カメラが趣味なってから改めて「なるほど。」となったけど、
仮に未だにカメラが趣味になっていなかったら、「なるほど。」と感じても頭を右から左と抜けて出ているかもしれない。


金堂と境内

そしてここの廻廊だって、柱を見て「エンタシス技法なんだよねえ。」と思うのだけど、


廻廊

カメラが趣味でなかったらただの僕にとっては廻廊とただの柱なのかも、
そしてカメラが趣味になった今の僕にはエンタシス技法の柱であり、国宝の廻廊、、、、スリスリは忘れずだった。


境内と五重塔

どこかでも書いたけど、こんな修学旅行のシーンを見ると「オレもこうだったら、歴史がちょっと好きなっていたかも。」と少なくても興味の持ち方は違っていたろう。
ともかく、小学生団体さんに追いつかれないように、廻廊から出て聖霊院へ。


国宝聖霊院 東堂

やっぱり、ここまで来たら階段を上がり院内へと、その先の衝立の向こうにも聖徳太子像を想い浮べ手を合せたのだった、ここでも国宝の手すり、柱をスリスリ。


聖霊院の屋根

国宝に合う空ってのもあるのだろうか。


国宝東堂と妻室

国宝聖霊院(東堂)と妻室、なんてことない風景に僕には国宝のオーラ、西円堂と三経院、廻廊内の五重塔、金堂、鐘楼、廻廊、聖霊院と触れる国宝を
終えると後はいくつも残ってないと思うとちょっと寂しくなる僕だった。
僕はともかく触れる国宝には触ること、撮影禁止、手を振れるな!だってあるのに 国の宝に触れるのである、これは貴重であり、さわれるものは
触っておくべきだと僕だった。



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◆ 秋だったら 柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺 なのだけど

法隆寺廻廊と五重塔

残念ながら国宝中門は修復工事中で、中門を「愛いいのう~」とスリスリ出来るどころか仁王像は撮れずガッカリ。
吉野山と金峯山寺の仁王像と法隆寺に仁王像は「撮るぜ!」て気張って行っただけに「なってこった。」だった。

大講堂

本来ならこの順番あたりに中門と仁王像のカットを差し込みたいのだけど”あるつもり” で想像(笑)

誰が云っていてけど、奈良・京都の神社仏閣の工事はどこかしら必ずやってるので”しょうがない。”のだと、そして別の人は逆にその工事風景の方が
かえって時代からしたら珍しく貴重であるのだと云うのだけど、それは「なるほど」とは思うけど、やっぱり僕は「損した!」派なので見れた方がいい。

五重塔と金堂

前回来た時は金堂が修復工事中で、堂内は見れなかったが、本来堂内にあるべき国宝釈迦三尊、四天王などは「大構堂」裏の「上御堂」に移され、
それをお寺のオジサンに「前回来た時は・・・」と話すと「それは貴重ですよ。」と云ったけれど、この時は本来の金堂に安置の釈迦三尊に四天王は、
堂内では金網越しの上に薄暗よくは見えなかったけど金網越しの奥に見えた釈迦三尊、四天王は「これぞ、法隆寺」だった。


金堂

金堂の柱には龍に絡まり、獅子がにらみを効かせていた。
逆光のため、レンズのフレアが起こったが、そんなフレアの中に獅子、今思うとそれはフレアなのかと、そしてよく見ると龍の部分もうっすらとフレア、
このオーラはやっぱり法隆寺なのだ。


法隆寺大講堂

なんだったかのガイドブックに、こう云った建物内では撮影禁止なのだけど、外からOK、それも下がって低い位置からのぞけば良いと
お坊さんのコメントがあった。とはいえ大講堂内の薬師三尊はよく見えなかった。


法隆寺境内

でた~、ここでも修学旅行生。
さっきまで落ち着いて静かだった寺が、一気に奈良の観光地に変わった。別の悪いってことではなく、ここでのそんな日常の光景に「奈良だぜ。」だった。

三経院


修学旅行は、廻廊に囲まれた五重塔と金堂、聖霊院、百済観音の大宝蔵院、夢殿とまわるコースのだろうけど、西円堂と三経院のあるこちらにまでは
来ないようようで、雰囲気もガランとしていた。


西室

でも、国宝、そして国宝の影だよ。


法隆寺西室


もっとも法隆寺は、広大で ”あれもこれも” と欲張り見てまわり ”柿まで食っていたら” 半日を越えるコースになりかねないかもしれない、
拝観料だって寺院拝観プラス美術館と合わせたような1500円と高い。
ともかく修学旅行は広い中の法隆寺の要所かいつまんでになって、三経院、西円堂は割愛ってことになるのかも。

それをあえて好き勝手にまわれる ”社会人、大人”としてなんて贅沢なことだろうか思うのだ。
しかし、なんせ広い、どこかに必ず”疲れた~”とぐったりしている姿を見るのである。



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◆ やっと来れたぜ、西円堂。

宝珠院(塔頭)の平垣

法隆寺塔頭宝珠院、時々平垣を見ただけで”幸せ”っていう気分になることがある、この時は年季を重ねた築地壁と青い空、遠くに見える飛行機雲、
ここからだと「関空が近いからかあ。」と、地元新潟ではこんな光景を見たら”新潟空港”のことが浮かぶのだけど、”関西空港”のことが浮かんでくる
環境に「僕は旅しているなあ。」と感じた。


宝珠院

法隆寺の住所は”法隆寺”だと思っていたけど、「そうか、法隆寺の住所は斑鳩町法隆寺山内か。」と雑学がひとつ増えた。


西円堂前の階段

塔頭によって法隆寺山内1とか2とか番地が違うのかと、当たり前と言えば当たり前のことに気づいた。


西円堂の石段

石段を登りながら前に見える西円堂を見上げ 「やっと来たぜ。」 の嬉しさ。
前回来た時は、西円堂があるなんて全く知らなかった、まして国宝ってことなので 後でそれを知って 「あー。何てバカなんだ、オレ。」と、
今度行く時のチェック項目として2重丸だったものでもあり、もったいぶり石段を一気に登らずじんわり、しみじみと西円堂を眺めながら雰囲気を味わった。 


西円堂

石段を登りながら撮影していると、石段の真ん中のステンレスの手すりが雰囲気を壊していた、歴史の建物にステンレスは似合わんだろうと思いながらも
「よっこらしょ!」と僕はそのステンレス手すりにつかまりながら石段を登った。


法隆寺西円堂の廂

円でもなく六角建物が西の円堂とはこれいかに?と考えながら木造のがっしりした建物に、「そこらの建物と一緒にせんで~」といようなオーラがあった。


西円堂

「やっと来たぜ。」とその六角の建物をぐるりと周りながら僕は時折柱をスリスリした。


西円堂の手水舎

西円堂の手水舎の銅製ひしゃくを見て「さすが。」だったけど、一般的に水が龍から口から流れるとの違い水道の蛇口から流れる水のアンバラスな組合わせに
見栄えよりも実利、、、これが歴史の法隆寺だと勝手に僕は思った。


法隆寺西円堂


南円堂と撮っていると、団体さんが石段を登ってやってきた。
「これは、今のうちに撮れる所は撮っておかねば。」とカメラを向けたけど”だいたい良い所撮ったな。”だったので、僕は西円堂を後にすることした。

しかし、この団体はなにまた外国人だったりsて?と日本かアジアなのか雰囲気は微妙だったけど、話している言葉は日本語だった。
割合として男子が多く学生風、研修旅行ってやつかと、普通の若いグル―プと違って建物さして興味がないような人はおらず、何がかしに
建物を観察するように見ていたので、もしやどこかの大学の建築学部の研修なのかもだった。


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◆ 法隆寺西 から 法隆寺「西円堂」へ

法隆寺西の横断歩道あり

法隆寺西で見つけた「交差点あり」、正直言ってこんな細い道に必要なのかと思ったが、だいたいそんな標識があるってことは、1回でなく複数回は
事故があったんだろうと、法隆寺西でそんな事を考えているとちょっとおかしかった。


法隆寺西の路地

法隆寺西の路地、「おお!」とは思ったけど、自分の感は「この先に行っても面白くない。」と路地前から眺めて終わる。


法隆寺西

こんな光景がガイドブックに紹介されないのは僕には不思議なのである、もっともガイドブック会社訪れていないと思う、大体にグルメのお店であれば
ガイドブックに載るかもしれないが、そんなガイドブックよりも”僕の方が先。”っていうのが小気味いいのであった( *´艸`)


法隆寺西1丁目

正直、土産物だのグルメ店だのまったくない、しいていうならここを抜けると「藤ノ木古墳」があるくらい。
街撮りの大好きな僕としては、十分メイン風景なのである。


法隆寺西の紫陽花

道から門内をのぞくと紫陽花が咲いていた、これは完全に見せるためだろうなあと、そしてこんな光景に僕はどういう訳か「千利休の侘び寂び」を想い出した。


柿食えば鐘がなるなり・・・・

季節は全く違うけれど、「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」の世界、そしてひょっとしてこの通りは法隆寺建立の約1300年前からあったので考えただけで
僕は顔はニヤケ、この通りの光景にちょっとしびれた。


法隆寺西大門

国宝の法隆寺の西大門前で、法隆寺は都市ガスなくプロパンなのかと、「(都市ガスの)僕の家は勝ったな。」だった。


法隆寺の築地塀

などと勝ったと思っても、こんな石積み土壁を見ると、1300年経っても勝ってないのだけどな。


法隆寺で奈良を感じる

西円堂を目指しながら後ろを振り返れば、「奈良」、「斑鳩」、「大和」の空があった。
「やっぱ奈良はいいわ。」だった。


西円堂前

前回、法隆寺を訪れ大満足だったのだが、あとで国宝「西円堂」を見落としていたのに気づくと僕は「しまったヾ(≧▽≦)ノ」とずっと気なっていた。
今度法隆寺へ行く時は「ここは忘れまじ」の訪問ポイント、そのポイント後にしてまずは西大門から出て法隆寺西の町並み歩いて、それで満足したのもあってか
次に訪れる国宝「西円堂」、参道を歩くと誰もいない独占「西円堂」だった。



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◆ 法隆寺西か斑鳩か?

西大門を振りかえると

一旦は法隆寺境内を歩き、まずは僕の目的は境内から西門を目指す、「ここ」と門を抜け振り返ると法隆寺の広さに改めて気づく。
この時残念なことに、国宝「中門」は修復工事中、仁王像を楽しみしてのにかなり残念。


法隆寺西

法隆寺西大門を抜けると、奈良らしい狭い道、両側には石塀、築地塀に蔵、白壁が並ぶ。
もっと10年も前だったら、もっと別な「斑鳩」があったに違いないと思った。


法隆寺西(斑鳩)




斑鳩と五重塔

後を振り返れば、法隆寺の五重塔の相輪が見える、「これこれ、これ。」とどってことがないけれど、斑鳩の日常の風景感がいいねえ。


法隆寺西の白壁

晴れた日には、太陽が当たり眩しいばかりの白壁もある。


斑鳩をしのぶ

数百メートル離れた法隆寺にはそこそこに観光客がいるのだけど、人も歩いておらず、車も通らない、道が狭いのもあり道の真ん中をぶらぶら歩くと
”斑鳩を歩く”のタイトルが浮かんでくる。


蔵のある通り




法隆寺西1丁目5

地名が「斑鳩」とかでなく町名が「法隆寺西」にちょっと驚き、それも「西1丁目」とかついてしまうと、法隆寺とは縁もゆかりもないようにも思えてくるのだが
でも後を向けば法隆寺が見えるのだし、ここだって「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」、だったら法隆寺なんだよなあと。


法隆寺西の路地

本来の地名の「斑鳩」町よりも、隣に位置する「法隆寺」という地名したなのだろうか?


奈良らしい法隆寺西と路地

「あんた出身はどこ?」と聞かれる度に「奈良の法隆寺。」と答えるたびに相手の ( ゚Д゚) てな表情を見ては、絶対ココロではニヤリとしているはずと思う。
へそ曲がりの僕ならココロでは驚いても、そんな答えされたら、顔と返事は「へえ。」と愛想なく答えるのかもしれない。



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◆ 法隆寺西大門の向こうへ

法隆寺国宝南大門

ボランティアガイドのジイサンの誘いを断り、「実に久しいの~。」と法隆寺境内へ。


南大門

国宝南大門撮りながら、密かに国宝フェチな僕は、当然南大門の丸柱をスリスリとした。



国宝南大門

国宝で写真すら撮れないものもあるし、触れないものだってある、ここ法隆寺の南大門は撮る、触るの出来る国宝である。の
だけど、そのうち観光客マナーの悪さとかでひょっとしたら触れなくなる日が来るかもしれないが、ともかく僕はスリスリと。


西圓院

法隆寺西圓院


法隆寺客殿の築地塀

南大門をくぐると松と築地塀に「法隆寺、やっぱいいねえ。」だったが、前回来た時にも見ているはずだけど、ここやっぱり見て「いいね。」したんだろうか?
まったく記憶がなし。


中門前の東西参道

法隆寺東西の参道、ずっと向こうは夢殿。
築地塀と長い長い参道とそこに差す屋根の影の光景にも、法隆寺って只者ではない、、、だった。


法隆寺中門東西の参道

ここでも「いいねえ。」スリスリだったけど壁が崩れると困るのでソフトに「いい仕事してますなあ。」だった。


法隆寺大湯屋の屋根

奈良の空、時々奈良の空風に見えるなあとカメラを向けることがある、が、、、、、これは本物の奈良の空だと考えると顔はニンマリ嬉しくなってくる。


法隆寺大湯屋




法隆寺西門前


実は法隆寺に悪いけれども法隆寺への僕の目的は”法隆寺”だけなく、もうひとつにこの西大門の向こう側を歩くことだった。

観光ガイドとかに載ってない斑鳩の普段の家並の風景だった、なのでボランティアガイドのお誘いを断った、こんな所へ案内しないだろう。
そこは斑鳩でござるよ ^^

しかし、住所は「法隆寺西」だった。


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◆ 法隆寺前章

法隆寺駅上りホーム

車では来たことがあっても、電車からは素通りしながら窓から風景を見て、「ここが法隆寺かあ。」だった。
その法隆寺に到着した。地名の斑鳩に法隆寺というのでいにしえの風景を浮かべるけれども駅の風景はどこにもあるホーム風景だった。
案内板の「法隆寺」の文字だけが、僕に法隆寺に来たんだと感じさせた。

法隆寺駅北口

でもはっぱりJR法隆寺駅は、どこか歴史の里といわんばかりの駅舎だった。


法隆寺駅前商店街

法隆寺まではバスでもよかったが、気になる風景があったので法隆寺まで歩いた。


斑鳩町

気分が法隆寺に来たという高ぶりに、どこにもある風景も、法隆寺が関係してくるようにも見えた。


斑鳩マップ

そして道の案内板の地図で、「斑鳩」の文字に、僕は「いいねえ!」しないではいられなかった。


法隆寺南

バスで来たら絶対に通らない路地を歩き、地名は”法隆寺南”へ。


並松公民館前の案内板

案内板は絵付だった、法隆寺まで 0.4 km の文字に、実は僕は シメシメ( *´艸`) だった。


法隆寺参道の始まり

一般的には、法隆寺の参道ってここからと思いがちだけけど、実は法隆寺南から参道は始まっていて、後でその参道を横切るように国道25号線が通ったので
ここから参道と思いがちだし、僕も今年下調べるするまでは、ここから参道だと思っていた。


法隆寺参道


そんな参道を歩くと僕のずっと先を二人のバアサンが歩いてた、写真の邪魔になるじゃねえかと思いながらのんびり歩く二人を見ると

参道

どうも地元であり、いつもここを日課の散歩コースにしているように思え、法隆寺バアサン二人が羨ましくなった。


南大門

松並木の参道を抜けると、法隆寺南大門が見えた。
やっぱり思う事は「来たぜ~。」だった、久々の南大門を眺めていると僕にジイサンが近づいてきて、「ボランティアでガイドしてます。」とみたいな事と言った。
シニアの無料ガイドらしいのだけど、僕には見る所が決まっていたし、たぶんそれはガイドの行かないような所だし、時間も僕自由周りかったので、
断ると、すぐに別のオジサングループが来て、そのガイドのオジサンはそちらへ行った、「ボランティアの案内です、案内しますがどうですか?」と
オジサングループのひとりが、「ありがたい、ぜひこちらこそお願いしたい。」と言った。
なるほどなあ、これが大人の対応かあと、親切にガイドさんが来ているのに、吉野山と法隆寺で僕は断ったである。

たぶん、カメラが趣味でなかったらガイドさんに着いて行っただろうと、そして別の奈良の風景があったかもしれないと思えた。





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◆ Monochrome 奈良だったり、ならだったり、ナラだったりの色々な奈良ならでは奈良だった。

阿修羅さま

今回のたくさある目的のひとつに、阿修羅様会う事、初めと出会いで阿修羅様の噂は知っていたがその容姿に僕は惚れた。


三条通

これを初めて「鹿のコロコロ」を見た時、「うまいこと考えたなあ。」と実際に見てはいないけれど、誰かが引いているのを見たような気にさせる。


東向きアーケード商店街

近鉄奈良駅を三条通を結ぶひがしむき通り


三条通旭水公園前




小西さくら通り前

奈良三条通ROPEの前の交差点を自転車が横切って行った、夜なのに無灯火で速度出し過ぎじゃね?だった。
奈良に限らず最近自転車を乗っているのを見ると”怖さ”を感じる、速度出し過ぎ、一時停止はしない、夜には一時よりは良くなったけどまだまだ無灯火、
また僕が歩道を歩いていると、それよりも
ざわざ歩行者の僕よりも道路側でなく、僕よりも内側を割り込むように自転車で狭い所を走っていく、当然歩行者の僕は道路側を自転車を避けるように、
歩く所は、道路側に膨れるのである。。


上三条町交差点

上三条町スクランブル交差点


奈良バス走る

今日も駈ける奈良バス


JR奈良駅

数年ぶりですっかり変わったJR奈良駅前


JR奈良駅の奈良バス

普段は、マイカー移動なのでバスに乗ることはない、そして電車よりもバスに乗る回数はぼぼ無しなくら。
そして今回の旅では何回か乗った、電車以上に僕はワクワクした、そしてそのうちの一度は貸し切り状態で乗っているの僕だけだった。


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◆ 奈良の三条通を歩く

夜のスクランブル交差点

夜の上三条町のスクランブル交差点で、信号待ちの時間も奈良を撮った。


三条通のスクランブル交差点

前夜に、カメラのバッテリー消耗を気にして撮るのをセーブしてまったく撮らなかった分、今度はバッテリーに余裕が出たのがわかると、JR奈良駅前から三条通を歩き
あれもこれもと撮ったが、奈良の夜の風景は僕には物足りなかった、撮るんだったらやっぱり奈良は、夜の風景ではなく昼間の神社仏閣だなあ、だった。


上三条町スクランブル交差点

信号待ちをしている僕の前を自転車が横切った、奈良を歩きどおしヘトヘト気味な僕に自転車が羨ましかった、「ここから駅まで歩くんかあ。」と
自転車に目をやりながらも、この時僕の頭は ビール (* ̄O)◇ゞ ゴクゴク でいっぱい、どこかに入ってビールをぐいぐいと呑むことだった。


やすらぎの道

三条通と交差する「やすらぎの道」。


三条通の交差点

薄暮の三条通を歩くのは、ほとんど観光客のようだった。


三条通の和菓子屋

以前、旅のついでで奈良の親戚の家へ行った時に、手ぶらではなんだしとここ三条通を歩けが何かるあるだろう探したが、改めて奈良の名物は何だ?
果たしてその名物とか観光土産のようなお菓子って、奈良に住んでいる人にはどうなんだろう?と迷った記憶がある。
結局は最中した記憶がある。


JR奈良駅前三条通




奈良駅(観光案内所)

初めて奈良を降り立った時はJR奈良駅、そこを降りるとこの旧奈良駅の駅舎が実に印象的で気になったけど、当時は中へは立入禁止だった。
それから1、2回は奈良へを訪れたが近鉄線利用だったので、これがあるのをすっかり忘れいた。
そして今回はJR奈良駅を降りて「そうそう、これこれ。」と中はどうなっているのだろう?と現在は「奈良市総合観光所案内所」中へと入った。
観光案内と各種パンフ、土産、スタバもあった、、、、、しかし後になって内部を撮ってないのに気がついた(''◇'')ゞ


奈良駅前



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◆ Monochrome 薄暮れの時間、奈良

興福寺境内と仏頭

国宝の仏頭は、撮影禁止だけれどこれならOK。


興福寺五重塔

久しぶりのお会いする予定の阿修羅様に、暗くなった興福寺境内のポスタ―に挨拶した。


PM7:00 興福寺境内

午後7時過ぎの興福寺境内、観光客広い境内数人で、ほぼ独占状態、何度か来ているがこんな光景は初めて。


興福寺中門跡と南円堂

中門跡から見える西の空はマジックアワーが終わったりばかり、「昨日の方がキレイだったったなあ。」と、とりあえずシャッターを切る。


三重塔前から三条通

南円堂の裏に三重塔があるのだが、何度も来ていてもいつも見過ごしていたが今回はしっかり三重塔を見つけた。
その前の門隙間から


猿沢商店街

「時代だなあ。」と思った土産物店並ぶ猿沢商店街の電球はLED照明になっていた、僕は白熱電球のようなちょっと黄色い灯りの風景が好きだったが、
白く綺麗に見えるLED照明は、ここに限らないけれど”どこか味気ないような”気がする。


猿沢商店街と修学旅行生

やっぱり小学生だと思った、山のような種類の多い土産物を前にして、「どれにしようか?」真剣な選んでいた、そしてまたの少年は買い終えたのか
少年はジッとしていられず走り回っていた。


修学旅行風景




猿沢商店街の夜


知っている人は多いと思うけど、ここで売っているモノを見ると、修学旅行生対象のような商品ばかりで、また値段も同様にリーズナブル、
「せんとくん」のハンカチ、「鹿の角のヘアバンド」とか、木刀、キーホルダーとか今は買おうとは思わなくなったけれど、自分がこの子らと同じだったら、
「どれにしようか?」と宝の山を前にして迷っているに違いない。


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◆ 夕景の奈良を歩く

興福寺

興福寺、五重塔と月
陽は沈んダ頃、境内にいるはずの鹿の姿はなく、観光客もパラパラだった、昼間はたくさんいて写真の邪魔だと思っていたのが、”いない”ってのも
夜の境内では寂しくもあった。

手水舎

「南円堂前の手水舎」を撮っていると女性が一人僕の後ろを通った、「こんなく暗いのに。」と様子チラ見していたら南円堂前に立ち止まりずっと手を合せていた。


観光バス


旅にカメラを3台(メイン機、サブ、サブのサブのコンデジ)持っていった。
1日目にして感動と興奮ためか撮ったんだろうなあ、メインカメラの3個のバッテリーのうち早々使いお昼には2個目のバッテリーを使い始めたので
予定より早い使用ペースに「これでは最後まで、もちそうもない。」と、この日はメイン機は使用するがサブのカメラは使わず


三条通


メイン機のバッテリーがなくってからの予備用にしようと温存していたけど、2日目は意外にバッテリーの持ちが良かったしバッテリーもまだ1個残っていたので、
前夜節約ため奈良の夜の撮影を断念した分、この日は2個目のバッテリーを全部使い切っても安心だなあと奈良の夜の撮影に出かけた。


猿沢商店街夕景

駅から三条通を興福寺に向かうと、歩いている人、すれ違う人は半分は観光客ようで、そしてその半分は海外からの観光客のようだった。
このベビーカーを押す親子は「これは日本人だろう。」と思ったら中国らしき会話が聞こえた。


三条通の修学旅行生


そんな外国人ばかりの奈良に、修学旅行生の風景を見て、「これぞ日本、観光地奈良だよ。」と思いながらも彼、彼女らの光景に懐かしいものがを感じた。


猿沢商店街、夕景の書入れ時


しかし、よく考えると時間は夕食時間をとっくに過ぎていた。
過密スケジュールで、夕食を食べるのも惜しみ、午後7時頃まで買い物なのだろうか?と変なことに気づいた。


猿沢商店街土産物店

そして黄色帽子は、小学1、2年の低学年ならともかく高学年ならしい黄色い安全帽の集団の光景に、ちょっと無理があるようで「おかしくねえ?」だったが
みんな見ると帽子は新しく、全員がかぶっているの見て、旅行ツアーのバッチ替わりなんだなと、これなら引率する側も楽だしなあと察した。


修学旅行買い物風景


前日はカメラを持たず歩いた時は、ここ猿沢商店街は店仕舞い時間でもあり寂しげな風景だった、それ故にかこの黄色帽子のお祭り騒ぎのような光景に、
昔の自分を想い出したことあり懐かしくもなりその光景に胸にあついモノが込み上げた。

ちなみに、送迎のバスを見ると「広島」ナンバー、新潟の僕からしたら”遠い遠い奈良”だけど広島県はバスの修学旅行圏内なんだと不思議な気がした。



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◆ 大和郡山、堀のある街

紺屋町

大和郡山市紺屋町には、郡山城の内濠と外濠をつなぐ紺屋川が流れている。


紺屋町の緑


現在郡山は”金魚の町”として知らているし、金魚すくい道場もあるくらい(右端)。
紺屋川の川幅は1mくらいでその川のあちこちには石の橋が架かっているのだが、その1mって幅は僕には飛び越えられそうで越えらるだろうかと微妙な川幅だった。


紺屋町の堀


なので途中で橋まで行って渡るより、飛び越えた方が早いのだが、一日歩きまわったフラフラの足、カメラなのど重い機材、貴重品の入ったカバンを
ぶら下げているし「大丈夫か?」と、無事飛んでもカメラが川にボッチャン!とそんなシーンがちらり浮かび飛び越えるのには恥ずかしながら
勇気と決断が要った、そのためか1mの川幅だったけど飛び越えてると実にホッとした。


郡山市紺屋町

冷静の考えて、車が通るの見て向こうから車が来ない一方通行とはいえ、初めて通るだったら”ちょっとビビるな。”と思いながら雪の新潟にあったら
除雪には助かるのだがと。


箱本館紺屋前




金魚の道路のポール

歩道のポールにも金魚のマークが泳ぐ。


大和郡山の金魚


金魚が本場の大和郡山で洗面器に入った金魚を商店街で見つけた。そこらのお祭りの金魚すくいと出身?は同じ金魚であっても、
これは根っからの大和郡山っ子なんだという考え方をしたら何となく由緒正しい金魚にも見えた。


旧外堀緑地案内板

外堀跡地は緑地なり公園化されいた、濠の形は残されていても僕には正直見てもただ公園だった、でも案内板に描かれた町の入り組んだ地図を見て、
実際に街風景以上に僕には魅力的でもっとあちこち歩けば面白うな、、、「大体郡山城の行ってないのだし」だった。


JR郡山駅前

JR郡山駅の窓から「何年前かに車でこの前を走ったはずだが。」と昔の記憶想い出し眺めていたが、当時は車からの目線、この時は駅から2階から俯瞰でもあり


JR郡山駅西口


遠い曖昧な記憶と比べたが「こんなだったかなあ、もう少し味気なかっただった?」と気がし、どこかに微かな記憶を探した。
「車で走ってみたらわかるかも。」だったが、そんな曖昧な記憶から今度は新しい風景の記憶とカメラの記録でしっかりと上書きしたが、、、、

そう言えば郡山の駅舎は同じ橋上駅でも建物は、こんな今風でエスカレーターとかもなく、階段をセメントボードで囲んだ昭和の駅のような記憶があるのだが。



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◆ 大和郡山で、神社に寺に

郡山八幡の灯篭

大和郡山に到着もすでに陽が傾きブラブラ散策には時間もなかったので商店街と有名スポットを撮ったら、普段なら路地へと入って行くのだけど、
この時は近鉄郡山駅からJR郡山駅へと移動ついでに、足早の郡山散策になり、商店街を撮ったら、その商店街の神社仏閣を撮るくらいになった。


郡山八幡神社

それすらも鳥居くぐったりして奥へと入るとお社だの、本堂だのは日陰に入り撮っても「何だかなあ?」の自分の気に入ったものは撮れなかった。


神社前の蔵

せいぜい下から空に向けて撮るくらいだったが、これも青空なので良かったけど曇だったら、これもボツになっていたかもしれない。


八幡神社の参道

神社の目の前は、金魚BOX。


金魚のマンホール

商店街で見つけた金魚の町らしい、マンホール。


圓融寺前

近鉄郡山駅とJR郡山駅は柳町商店街を抜けていくのだけど、この道の狭さに堀まであって、奈良らしく城下町らしいなあと思うが、
車でだったら出来たら通りたくないのだが、数年前に迷い車でここを通り向こうのJR郡山駅方面を走った記憶があるが、当時の印象は未だに
「郡山の道狭い」だった、もっとも郊外出ても昔から道は同じようなものなのだが。


圓融寺の脇路地

堀は城下町に名残り、埋められたのだろう形跡もあるし、堀を復活させ公園としているところもあるが、金魚の町なので金魚でもいるのかと
のぞいたがその時は見つけられなかった。


薬園八幡神社

朱塗り塀の神社を見つけて、「ここはいい。」と中へ入ると工事中で緑の防護ネットが張られ、日陰と共に絵にならなかったのは、
ちょっと残念だった。


薬園八幡神社の朱色塀

なので普段は撮らないギリの風景、傾く日差しの当たる朱色の門に神社の大きさからは普通なのだけれど朱色門、お社といい
建物は我が新潟では見られない奈良の神社だった。





Category: 奈良・情景  

◆ 金魚のいる風景 大和郡山柳町4丁目

金魚BOX

「これかあ。」があった、金魚BOX。


金魚BOXのある大和郡山

大和郡山と言えば金魚の町で知られている、そして電話ボックスを金魚ボックスにしてしまった、これを初めて知った時はこの発想に
「そこまでやるかね。」の驚きと「ありだわなあ。」の納得だった。
そして金魚の自販機もあった(実売でなく形だけ)、撮ったけど日陰に入り大ブレでボツ。


金魚BOXのある喫茶店

それはカフェの看板でもあった、営業時間は5時で終わっていたけれど、店先の看板娘ならぬ、赤いべべ着た看板金魚スイスイと電話BOX内で泳いでいた。


柳町4丁目

Google street viewであらかじめ調べていた風景と「何だか違っていた。」それに気づくにはちょっと時間が経ってから、「あれ、すっきりしているような。」と
隣の家が更地になっていて、金魚BOXの喫茶店は見通しの良い光景になっていた。ちなみに奥隣りは銭湯「大門湯」。


K COFFEE


ゼネラル石油のガソリンスタンドが再利用され喫茶店に様変り。その壁の配電盤に傾いた陽が差し長い一日の終わりのようんだった。


喫茶店

壁に描かれた営業時間は10:00~17:00 ここに到着したのは18:00頃。


K COFFEEのお店

仮に開店時間でここでオヤジが僕がコーヒーをすすっても実に場違いなような気がして、道行く人も僕を見た「似合わねえなあ。」とつぶやくかもなあと思った。


K、、、は、金魚?

「K」 一文字喫茶店名に、なんか短すぎて物足りないような気がしていたけれど、しばらくしてそうか「K」は”金魚のK”なのかと気がつく。
そして店が閉まっているのに、ここ先は「店ですよ~」というロープなどの境目もなく、だまって金魚のみが泳いでいた。


Category: 奈良・情景  

◆ 大和郡山の土を踏む

近鉄郡山駅東口

「やっと来たぞ~!」の大和郡山、電車では何度か通り、車でも通ったことはあったけど、「気になる町だなあ。」とゆっくと訪れたみたかった大和郡山の土を
やっと踏んだ。


近鉄郡山駅ホーム風景

電車では、車窓からの風景しか知らないし、車で通った時はえらく道が狭く入り組み、初めての地でもあり運転するのはちょっとビビりの郡山に
「こうりゃまあ、大変な所だ。」と道が狭いうえ城下町なので道がここをこう行けばあそこあたりに出るハズという感が、ことごとく裏切られた迷路のような町だった。


郡山柳町商店街

そんな大和郡山を今度は徒歩でじっくりのんびりと歩きたかったが、到着したのは午後5時半頃。いくら陽が長かったとはいえ、陽が傾いた町の光景は
”日陰だらけ”で、ゆっくり回るにもちょっと厳しいかなあと、ともかくメインストリートを急ぎ早やの大和郡山歩きだった。


柳町商店街

「近鉄郡山駅」と「JR郡山駅」との乗り換えの道になっているのか、人の流れを感じた。
できたら時間も時間だし「赤ちょうちん」に寄ってビールで一杯したかったが、大和郡山探索は始まったばかり、ともかく歩く。


柳町3丁目

金魚は有名なので、その池でも見てみようかと行動まではとても無理で、電車から眺めた池の風景で”見た”ってことで割愛した。


陽傾く頃




柳町4丁目通

ともかく商店街だけでもと、柳町3、4丁目と歩くが時間帯なのか商店街の休業日なのかあちこちシャッターが閉まっていたけど呉服、衣料店が目立ったような気がした。


柳町4丁目


ブロックで敷かれた一方通行の通りの商店街は、車にスピードを出させない為なのだろうが、ぶらぶら歩く僕にとっては時折通る車の速度は、
「ちょっと早いじゃねえ?」と通り過ぎた車に僕は目線をジロリとやったのだった。


柳町4丁目

商店街の外灯風景に、そうだった商店街ってこうだったなあと今は懐かしくなったような光景に「そうだった。」を想い出した。


柳町4丁目の煙突のある風景

まずは第一の大和郡山の一番の目的地へ、「ここだ、ここだ。」と思いながらどう撮ろうかと近づいていくと、突然目の前に男性が現れ、僕の構図の前に立ち止まった。
「そこに立ってスマホを確認する必要があるんかい!」とじっと僕は後方から見ていたが動く気配なく、僕は仕方なくとりあえず目的に風景撮った。
当然他をひと回りしてくれば良いのだろうけれど、陽が傾く時間帯では撮れる時に撮るだった。


Category: 京都・情景  

◆ Monochrome 京都スナップ

先斗町入口

先斗町歌舞練場まで歩いてみようかと思ったが、この夕景の時間がもったいなく、色々撮ってみたいと入口から10m入って先斗町は終わり。


鴨川

納涼床のある風景、京都鴨川へ来たらこのイメージ。


四条大橋のたもと

たぶん、京都へ来たら僕の撮影頻度は高い四条大橋たもとの郷愁感じるビルの東華菜館。


仲源寺

祇園南 仲源寺本堂前から四条通


花見小路

京都の観光スポットして誰も訪れる祇園花見小路。
当然景観条例もあるのだろう花見小路の板塀にポスターが貼られているのを見て「ポスターなんて貼って良いの?」だったが、それらが芸術・伝統芸系ばかりで、
さすが京都だなあだった。


祇園花見小路

お茶屋さんと夕景花見小路、たくさん歩いていたけれど観光ってな人ばかりだった。


キヌ美粧院のある祇園路地

祇園に来るとやっぱりここも撮影頻度高い、「キヌ美粧院」のある小路風景


路地入口

花見小路の路地入口、屋根が掛かり看板に灯でも入ると格式高そうに見えるとか


花見小路の路地

一度ここを撮ってしまうと、また訪れしまう路地。花見小路は人通り多くカメラで撮影している光景も何人も見るけれど、ここを撮っている人は見た事がない。


祇園南

夜の祇園


祇園南の飲食通り

”京風”って感じな店構えをあちこち見るけれど、ここが見本となる本場、元祖の京都祇園の小路。


夜の京都駅


夜の京都駅ホーム風景、左は奈良線、右奥ホームは東海道線、時刻表によると快速米原行き待ちか?

京都へ来たらラーメン食うべえと「本家 第一旭 」へ、久しぶりだったのか”こんな味だったっけ?”と以前食ったのはもっとうまかったようなと
以前食べた味を想い出しながら跨線橋を渡り八条口へ。
途中JR京都駅のホームの全景が見えた。



Category: 京都・情景  

◆ 飛鳥の空の下、猿石と出会う

トラクターと畑と竹やぶ

畑に放置されたような赤いトラクターとその奥の木の茂ったような山がきになった。
ただの林なのに、ついつい訳もわからないけど立派に見えて目が行っていまう。


鬱蒼として緑と畑

こんな樹の光景を見て、新潟の風景と違うのは、飛鳥であり、大和の始まりの地ってことなんだろうかと、奥のうっそうした緑を見て思った。


猿石のある丘

緑の山に目を奪ばれてながら飛鳥の道を歩いて行くと「何だここは?」と他とは雰囲気の道に導かれように行くと「猿石」の文字がった。
「えーー。」と、ここに来る予定ではいたけれどすっかり別ルート歩いていようで、”寄れないかもな”とあきらめかけていたので、突然現れた猿石遺跡に僕は驚いた。


猿石の横顔


しかし、あの猿石像は石の柵に囲まれ、動物園の猿状態で予想しない展開になった「こんなのに囲まれていたなんて知らんぞ」だった。。


これが猿石かあ

そして猿石の横顔から柵に沿って正面へ周ると、「おー!これこれ。」と見覚えのある石の顔があった。
むろん初めて見たのだけど、有名人を目の前にすると感じるような猿石からオーラを感じたが、その石は動かなかった。


猿石たち

そして、歴史の教科書にもない、ガイドブックにも載っていない猿石にそこはなんとか皇女の墓である事実も知った。


欽明天皇陵

そして猿石のすぐそこにも、何やら遺跡があるらしく見ると「欽明天皇陵」の文字が見えた。
「あー、さっきから立派に見えていた緑の山は、古墳だったんだ。」と知ると、それまで気になっていた緑の山々に威厳さえ感じてような気になった。

もっと全体をよく見たいので後ろの高台へと階段を上がっていくと、男の人が、ぼーとその欽明天皇陵を眺めていた。
僕はあいさつをして話をするとここが目的で飛鳥にやってきて、あまりの立派さに眺めていたのだと云った。
やっぱり僕だけではなかったんだ、緑の山が気になったのは。

飛鳥駅前の奈良バス

近鉄飛鳥駅の奈良バス


近鉄「飛鳥駅」前


飛鳥駅に着いて、僕は後を振り返り数年前に見たここからの風景を想い出した、それは大雨で傘を持っていない僕にはこの先を歩くのは無理ぽい、
そしてコンビニでもあればと傘でも眺めるがコンビニなんて見えず、「ここまでだな。」とここから見た風景が僕にとっては「飛鳥の風景」だった。

それがこの度やっとあちこちのお寺、遺跡を周って来てから振り返る飛鳥の風景に僕は「良かった、よかった、見れた、来れた。」とまた別な思いもあった。
何せ飛鳥を訪れた時は台風接近で雨、でもせっかく来たのだしひょっとして現地に着いたら晴れているかもしれないだったが、そんな希望は砕かれ
当日飛鳥駅到着して僕の飛鳥はしばらくはこの雨の風景を眺めてた。
そしてやっと「これではなあ。」とすぐ前の観光協会まで行ったけれど台風接近為かそこも閉まっており、そこから眺めた雨空と風景が
僕にはずっと”飛鳥”風景だったのである。



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