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冬来たりなば春遠からじ2.0 Daily 

A Day in the Life. ” there ” そこにある日常の光景 2代目。

Sort by 08 2017

Category: 奈良・情景  

◆ 俎板(まないた)のある風景

飛鳥の自販機のある風景

「亀石」のあと「鬼の俎板(まないた)」と歩くと整備された広い道路からは脇に入っていく、そしてこの先に見た「聖徳中学校」の校名に、
〇〇銀座だとか、レトロ風だとかの”もどき”ではなく、ここは正真正銘の「聖徳」を名乗れる中学校だよなあと中をのぞいた。


明日香村野口

鬼の雪隠手前、この時はそれは見ていたが目の前のが「鬼のせっちん」だと思っていなく、この真っすぐあたりが近鉄飛鳥駅あたりだろうか?と
こう眺めていると飛鳥は山なのに、こんな所かから飛鳥が始まり、奈良、京都、そして江戸と中心が移っていったのかと歴史を感じることに
感激というか「日本の始まりはここ」なのか、そして僕はそこに立っているのかと複雑気持ちだった。


鬼の俎板

これが、子供の頃に「鬼の俎板」、初めて知った時は実際は違うだろうと思うけれど、やっぱり鬼がヒトを捕まえてはヒトを大きな包丁でさばいている
光景が浮かび、その後も「リアルでなはい」とわかっていてもやっぱり”鬼”イメージがあった、誰もいない竹やぶに囲まれた”そこ”立っていると
竹やぶの奥から鬼がのぞいているのでは思えてきたのであった。


鬼の雪隠




鬼のせっちん

初めて知ったのは子供頃歴史の本だったかで、「鬼の雪隠」ってことは便所だよなあと、だったら鬼のした うんこはどうなったんだろうと、変なことに疑問が浮んだ。


せっちん越しの飛鳥風景

鬼の雪隠越しに見た、明日香の風景、やっぱりこの辺りの屋根の形に僕は明日香独特光景を感じた。


Category: 奈良・情景  

◆ 明日香村の田んぼと「亀石」、無人販売所

飛鳥の石積みのある田んぼ

飛鳥を歩いていて田んぼの風景に、我が新潟に比べるとしっくりとしない田んぼのような、どことなく他所の田んぼみたいな違和感があった。
そしてまた、この石積みされた田んぼの光景に、僕は思わず 「おー。」だった。


石積みの田んぼ

また、石積みの田んぼの先に見える家の屋根のカーブに、飛鳥を旅しているのだと感じさせた。


稲床と育苗


何度も書いているけれど新潟では田植えが既に終わっていたのに、新潟より気候の良いはずの飛鳥地方なのに新潟よりも田植えが遅かった。
飛鳥を歩いている間 「何でだろう?」とずっと気になっていた。遺跡の「亀石」前で自転車に乗った明らかに農家オジサンに「すいません~何故に」と尋ねた。
オジサンの答えはこうだった。


飛鳥の田んぼ


奈良、そしてこの辺りは山になるので水の確保が難しい、だから梅雨時期を待ち水の確保で遅くなっるのだと。
だから下手をすると、水待ちで6月末に田植え、12月に稲刈りなんてのがあると教えてくれた。

そして 「へーー。」と疑問も解決して答えに感心ししつ、小学校の頃に社会の教科書にあった6月は田植え季節、雨の中で田植えするイラストが未だに記憶に残り
田植えは6月だと思ってが、新潟は5月、ずっと「何でだろう?」だったのが、もしかして、教書の記事を書いた人、イラストを描いた人は奈良の人だったんじゃないかと思うと
そんな答えを知ったことに対して、奈良に来て良かったなあと嬉しくなった。


亀石アップ

飛鳥のあちこちにある巨石の遺跡のひとつの「亀石」、田んぼの話を聞き僕は長年の疑問が解けたような気分でテンションがあがり、その長年の歴史の本で見ていた
「亀石」を前にして、「いいね、いいねえ。」と亀の背中をスリスリした。思っていたよりも大きく、そして古代の石造物なのにこの顔の愛らしさデザイン、


亀石

彫ってあるのは顔の部分と尻尾、途中に甲羅部分は亀甲模様もない。僕だったらきっと亀甲も彫るだろうが、あえて顔と尻尾の部分だけの
このシンプルさに僕は、かえってそのデザインに凄さを感じた。


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◆ 聖徳太子誕生所 橘寺

明日香村岡の路地

石舞台を見てから帰りまた岡の集落を抜けて近鉄飛鳥駅へ。


橘寺の東口参道

正直な話、ここは外から見るだけだった、「聖徳太子誕生所」の文字を見てどうしようかと迷い、とりあえず山門まで行くと拝観窓口のオバチャンと目が合った
気がしたので、そんな目線を前にして、この門前で引き返したらカッコ悪いだろうなあと思ったで、思わずオバチャンの方へとそして「境内へ」と。


東門前の風景

拝観窓口前からの風景、さっき大変な思いをして登ってきた岡寺の三重塔が見えた。
やっぱり高い所にあるんだと眺めつつ、そこまであの急坂をフラフラになってよく登ったもだと遠い昔の事のようにも思えた。


橘寺東門

東門の前を通ったレンタサイクルの観光客を見て風を感じながら飛鳥をまわるっていいなあとちょっと羨ましかった。
今見るとレンタサイクルは電動ではないか、あちこちに見所が広がる飛鳥は歩くよりも自転車の方が楽、時代と言えば時代なんだとちょっと納得。


本堂の屋根


何度も書いているけれど、境内のあちこちを撮っていると本堂裏から”例の修学旅行の小学生たち”がゾクゾクと現れた。
「また?」と驚いて眺めているとあっといまに本堂前には小学生大集合、そんな小学生がわんさかわんさかの光景の本堂を撮る気も失せ屋根でも撮ろうかだった。

だいたい「ここでもか。」の遭遇に不思議感、いくら飛鳥で見学スポットは決まっていても僕は徒歩で周る、向こうはバスだろうしと、まわる速度が違う、
僕はまた滞在時間は短い方だから、遭遇しても何度も出会うのも確立が少ないはずなのに、4回である、何かあるのかもやっぱり思ってしまう。


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◆ 飛鳥の遺跡「石舞台」で

石舞台の石の隙間から

蘇我馬子の墓、石舞台は知っていたけど、中がのぞけるような石の隙間があったってことが、僕に衝撃だった。
だって教科書にそんな事は載っていなかったし教わった記憶もない。
僕的にはピラミッドのようにぎっしりとしたイメージが強かった。


奈良修学旅行で石舞台

何とここでこの小学生たちとはこの日3度目の遭遇、ひょっとしてこの中の誰かと強い縁でもあるのだろうかと、思えてきたくらい。
(実は、この日この後にもう一度と4回)。


石舞台遺跡(蘇我馬子の墓)




石舞台

いよいよ、あの石舞台の中へ。
石舞台は日本史の本にも載っていもいるし有名で知っていたけど、よくまああんな巨石が千何百年も崩れないで残っているものだと、その不思議さに
僕は、ひょっとして僕が入ったとたんに「ドシャ!」と崩れ下敷きになってしまうのではないかと、


石舞台の中


それはロシアン・ルーレットのように僕の順番になり「当たり!」みたいに
僕の来るのを待っていたりして、と正直考えていたので、マジに入る時に「大丈夫だろうか?」と恐る恐ると石舞台の中へ入いろうとしているのに、
修学旅行の小学生は「オジサンじゃま。」と言わんばかりに中へと入って行くの見て”若い勢いって良いなあ。”と思ったである。


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◆ 山の上の岡寺

仁王門

急坂をやっと、やっと上がってくると山門が見えた。
クタクタの足を休める暇もなく、”休むなら境内で本堂でも見ながら”と早々に仁王門をくぐったが、参拝者がそこそこいてそれも僕よりも年配男女であり、
格好もトレッキングするようなこんな坂はなんとも感じてないような顔していた。


飛鳥借景

山門脇にあった飛鳥の借景に、岡寺でなく「ここは山寺」だと、あれだけ急坂にへばりながら登ってきた甲斐があった。


本堂、鐘楼

ちらりと工務店のトラックの荷台が見えた、「なんだ、来るまでここまでこれるのか。」と思ったら、切符売りのオバチャン、土産物売り場のオバチャンも
僕同様に毎日へ~こらしながらやって来るのではないと、改めて「なるほどなあ。」と感心するのだった。


本堂と開山堂

いつも思う事、ここまで僕は大変な思いして坂を登ってきた、しかしこれだけ大きな本堂を造った大工は登ってくるどころか、坂を柱に瓦、石と重量物を運んでくるのである。


十三重石塔

なので僕は、これは新しそうだから車で運んできたのだろうと思うとなんだかホッとした。


鐘楼

流石に人里離れた山のお寺、”一回だけ鳴らしてください。”とあったので、僕はゴーンと鐘を鳴らすと周囲と僕の中まで音は響いてきた、そして手を合せた。


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◆ 万葉の飛鳥から岡寺を目指す

サインポール

昨日と同じのサインポールのある道、遠くからこれを見つけた時から「あれを絶対撮りたい。」と思っていて、床屋近づくと当日は月曜日で床屋さんは休みで、
お陰さまで店の前で気兼ねなくこうか、これはと撮れて”ラッキー”だった。


岡

万葉記念館前、僕の思っていた風景とはどこじゃここは?と感じるくらい町の風景が全く違った、たぶん石畳に変わったから。
その石畳の上を走ってくる車は、石のつなぎ目の凸凹でタイヤはバツ、バツ、バツと音をたてながら通っていった。

岡の軒先

そして道は奈良らしく 細く、くねっているので速度は出せいない、そんな効果を狙てか飛鳥は古い歴史を残した観光地だと思えた。


岡八幡宮の鳥居

岡のこの鳥居の下を行けば「岡寺」へ、鳥居の横の看板には「ここより430m」とある、この先が難関なのは知っていたのだ、ちょろいモノであるだった。


岡の鳥居をくぐって

そして石の鳥居をくぐった。


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◆ 飛鳥deサインポールのある通り(明日香村岡)

岡のサインポール

僕は明日香村の岡寺をめざした、それまでどことなく”のどか”と雰囲気だったが風景が道路が石畳風に変わり、家並も”農村”風から”町”風に変わった。
そして床屋のサインポール、西部劇に出てくる荒涼した野原から”タウン”に入ったような、そこだけ周りとは違った雰囲気だった。


明日香村岡の通り

「ここは何でしょう?飛鳥ですか?」と、改めて聞いてみたくなるような石畳の町に到着だった。


岡のカーブミラー

カーブミラーの中の飛鳥


岡の通り

明日香村岡の石畳の通り


ブロック塀で囲まれたお地蔵さん

岡の町の入り口にあった、ブロック塀に囲まれ石仏群の一角、ここ岡は少し家々が時代ともに変貌しつつも、ここいった石仏に手を付けられない、
「これはやっぱりこのままに。」とそんな雰囲気にも思えてたてくるのが飛鳥の地だった。


明日香の竹やぶ

「飛鳥の竹やぶ」ってだけで、吹いて来る風も歴史の飛鳥を感じるような気分になった。



Category: 奈良・情景  

◆ 飛鳥の空の下、酒船石もあったりして

追;日付8月13日あたりがダブりがあり、他も一部調整更新しました。

飛鳥地方の田園風景

飛鳥の田園風景、当初はこれは畑かなのかと、それにしても水を引いて何を栽培するのだろうかと思っていたら、飛鳥地方を歩くと
これは田んぼの田植え前だとわかった。(どこかにも書いたけれど、新潟の田植えよりも一月も過ぎていた。)
そんなことはさておき、飛鳥で始めたなのに”懐かしいような”と思わせたのは不思議だった。


飛鳥の風景

飛鳥の風景、訪れる前までは田舎とはいえ、もっと都会かと思ったら歴史にも出てくる重要な飛鳥の風景を見て意外にも「田舎だねえ。」だった。
でも、、、、この肩の凝ってこないような”のんびり感”が実に癒しにはなった。


これが飛鳥




遺跡亀形石造物前の入口

ここにも日本史の教科書や本なので有名な石がある、「亀形石造物」と「酒船石」。ここかあと入ろうとすると有料だという。
そんなもの見るのに、お金を取るのかと内心「えー!」と驚いていると史跡の保存協力金として言われ、ここだけなく数か所石舞台も入っているお徳用もある聞いて
石舞台も予定入っているしと払ったのだが、有名観光地とはいえ明日香村が「村」としていられるのはこんな所なんだろうかと思った。


亀形石造物よりも、僕はこちらの方が良かった

亀形石造物を見たが、何かでも見たものそのものだった、しかし撮るにはどうも僕は写欲が湧かなかった。


酒船石の竹やぶ

飛鳥の竹やぶ



Category: 奈良・情景  

◆ 飛鳥の喜びと飛鳥大仏

蘇我入鹿首塚

これが日本史の本で見た覚えのある「蘇我入鹿の首塚」かと、何だか有名人を見たよう気分に「これかあ。」と頭の部分をそして歴史をスリスリした。
奥は飛鳥寺。


飛鳥寺

飛鳥寺と(西門)裏門
これが、飛鳥の風景であり、京都の風景にくらべるとどことなく飾り気のないのんびりした雰囲気の奈良に「いいねえ。」だった。


飛鳥寺西口駐輪場




思惟殿と絵馬

鐘楼前の休憩所のベンチ座り、大和八木駅のパン屋で買ったバンにがぶり噛みつきながら、「ここが飛鳥寺かあ。」と、腹ごしらえしながら飛鳥寺を眺めていた。
すると、お堂の上に飾られた絵馬の絵が「なんだありゃ?!」と気になり近づいた。


思惟殿と西門

絵馬を眺めながらその奥に見える青空と白い雲に、、、、、「飛鳥だよ~」と僕は何だか嬉しくなりニヤリと破顔した。


飛鳥寺思惟殿

まだ本堂には入っていないけれど、ここ青空をバックにした思惟殿も拝めただけで、「来てよかったなあ。」と思えた、それは僕は勝手に飛鳥の喜びだと思った。。


Category: 奈良・情景  

◆ 飛鳥の空の下

豊浦寺跡地前の田んぼ

飛鳥豊浦寺跡地前の田んぼは水が引かれたばかりだった、そして過去の経験からこの日の飛鳥の青空は眩しすぎた。

初めての飛鳥だったが実質は飛鳥へは2回目、以前訪れた時は台風接近で飛鳥駅まで来る途中から大雨はわかっていたが、雨具なしだったが
電車の窓から空を見上げていたけど雨のやむ見込みもなさそうで、かと言って初めてやってきた「飛鳥」であり、引き返す気もなかった。


明日香村豊浦のカーブミラー

電車から「飛鳥駅」に降りたら「ほらな、晴れたろう。」と言わんばかりのパターンが、これまでの人生では何度もあったけど、この時ばかりは待っていても雨はやまずで、
駅からも出れず、「ダメみたいだ。」と人生の挫折と敗北を味わったような気分、駅前に「飛鳥があるのに。」駅から出れないんじゃなあと、
思い切って駅前の「観光案内所」まで行ったが、それすらも台風と大雨のためか閉まっていたような記憶もある。

だから、今度は雨の降る心配のない空は青空が眩しく、時折過去の雨の敗北感を思い浮かべるとその眩しさに顔はニヤケるのだった。


甘樫茶屋前

本来はレンタサイクルを借りてまわる予定も、予定の長谷寺をパスしたら時間に余裕もあるし、このお天気「歩こう。」と決めた。
しかし歩いていると暑いくらい、どうもレンタサイクルを乗った観光客らしき姿をたくさん見て、やっぱりレンタ借りるべきだったろうか?だった。



明日香村豊浦

ここも駅を降りて飛鳥の地を歩くとずっと上り坂、向こうからくる自転車は漕がずに風を切り降りてくるのを見て僕は羨ましかった。


甘樫丘と稲


どこかで聞いた事あるような「甘樫丘」の名前、その丘の前にはこれから田植え用の稲がズラリと並んでいた。


飛鳥川

飛鳥川と聞いて、僕は勝手に聖徳太子もここを知っており、時には眺め、「和を以て貴しとなし」とか考えなら渡ったりしたのだろうかと想像すると、
歴史を近く感じた。


Category: 奈良・情景  

◆ 近鉄線に乗って、突然「飛鳥」へ

大和八木駅

田舎者の僕には、この十字交差した立体2段の路線の構造に、なんか超都会的な感じがするのだが。


大和八木駅大阪線ホーム

いつも思う事、私鉄ってJRと違って、洗練されたような都会匂いがする僕だった。

実は、「室生寺」から次は「長谷寺」の予定だったが、電車は「長谷寺」の駅無残にも素通りし、「えーー!」と焦る僕はコースを余儀なく変更、
僕はその次にまわる予定の飛鳥へと向かうことにした。


特急停車と遠足風景

大和八木駅で電車待ちの間に特急停車、立体交差の駅風景と特急を撮っていると、車内から視線を感じ、よく見ると白い帽子の女子がこちらに向けて手を振っていた、
そして僕はそれに気づくと大きく手を振って返すと、彼女はまた大きく手を振って返した。

しかし、後から驚きだったがのが、この先、飛鳥ではこの小学生の団体さんとここを入れ計4度遭遇した。


橿原神宮前駅東口構内踏切

前日、「橿原神宮前駅」で撮影してまわったので駅の構造は「任せない。」だった、そして構内踏切を渡り東口へと出た、当然窓口では乗り越し清算した。


構内踏切




橿原神宮前駅東口

予定と違って、予定は橿原神宮前のふたつ先の駅「飛鳥」駅で降りて歴史の飛鳥をめぐる予定だったが、「長谷寺」をパスしたおかげで時間の余裕も出来、
レンタサイクルを借りるのも止め、手前のここ橿原神宮前駅で降りて歩いて飛鳥をまわることにした。



Category: 京都・情景  

◆ Monochrome 夕暮れ京都

ブログ更新は、奈良、、、まだまだ続くし、旅の総数からするとカラーありモノクロありと、そして同じ場面もカラーとモノクロでのダブりがあったりで、
整理のためもあり、「モノクロ京都編」、、カラーはまだまだ先。

近鉄線車窓風景と五重塔

「そうだ、京都行こう。」と近鉄線の特急からの車窓風景。
たぶん座席指定の特急ゆえに撮れる、ちょっと余裕の京都風景。


東寺五重塔

近鉄奈良駅から特急で京都へ、京都に近づくと窓の向こうに見えてきたのがコレ。
「京都に来たぜ。」だった。


京都駅

京都へ来たら撮るのは、やっぱりこんな風景。


四条通地下道

京都駅から地下鉄東西線で「烏丸」へ移動、ひさしぶりに四条通を地下道で歩く。


ルイヴィトン大丸京都店

初めて京都の「ルイヴィトン大丸京都店」を見た時、都会のセンスに洒落てるなあと古都京都で思った、新潟とはまったく違うのでそして撮った。
しかし、見た時は「いいねえ。」だったのが家に帰って撮ったものを見ると出来ばえは”真っ黒”だった、庶民の僕にはルイヴィトンの撮影は無理なのかと
何となく鬼門な場所になった、それから京都に来るたびに”今の僕の腕はどうだろうか?”と、この前を通るたびに撮っているルイヴィトン大丸京都店である。

高倉通

高倉通、「そういやあ。」と、以前にこのあたりの100均ショップで買い物をした記憶があるが、「ここだったかな?」と確かゴチャゴチャとして通路が狭かった記憶が浮かぶ。


Category: 奈良・情景  

◆ 女人高野 大本山室生寺



仁王門

来た時は、ここ仁王門前は団体さんでごった返していたけれど、帰る時にはオジサン一人、かえってその方が絵になった。


仁王門と仁王さん

団体さんが、いなかったのもあり、僕は改めて山門をしげしげと見上げ、そういえば昔京都の法然院の有名な山門を撮影するのに、中々人が絶えず
僕の同じようにその瞬間を待っていた数人のカメラマンが「あー、また来た。」とつぶやいていたの思い出したが、ここでは待てば山門は無人なった。


梵字池

仁王門前の梵字池、僕は、「なに、なに~」と、池の水面の光景に引き寄せられ撮っていたけれど、数人はそんな光景が見えてないのかいないのか
スルーしていった、もったいない。


太鼓橋

室生川の掛かる朱色の太鼓橋、これを渡ったら室生寺も参拝も終わり、世俗に戻るのかとそんな瞬間だった。


女人高野石柱

最後に「女人高野」の石柱、その奥に見える門柱の「大本山室生寺」の表札に正直新品感にはちょっとガッカリだったので、撮るか撮るまいかと迷ったけれど、
ここまで来たんだしと「あの時撮っておけばよかった。」と後悔しないように撮るだけは撮った。


橋本屋前の太鼓橋

ぼくは思わず、季節がわからなくなったのか「なんぼなんでも暑いだろう?」と思いつつ、紫外線は女性の天敵なんだしなと女性の大変さに頭が下がった。
ちなみ僕は、奈良の旅から帰ると真っ黒になったなあ言われた。


Category: 奈良・情景  

◆ 室生寺鎧坂で後ろを振り返る

金堂の屋根と弥勒堂

金堂の屋根と、弥勒堂。
五重塔まで見て、僕は奥院まで行かず引き返した、また潅頂堂と金堂、弥勒堂を見てまわった。
そして金堂入口前には団体さんのたくさんの靴が並んでいた、そして金堂の中で、国宝の仏像を目の前して説明を聞いていた、僕は思わずひがみ根性で
「いいなあ。」とつぶやいた。同じ料金なのに~。


金堂

仕方なく、僕は金堂の屋根を撮った。
国宝の金堂の全体を写す人はいても、屋根の裏側ばかり撮っているのは僕くらいかもなあと、ニヤリした。


金堂と石段

石段と金堂、こんなシーンを色々見たが、自分で撮っていうのもなんだけど、明るく鮮やかだった、みんな見ていたのは曇りとか雪とか、モノクロとかで撮ったもので、
そのせいか静粛な雰囲気があったが、カラーではなんだか賑やな感じがした。


金堂と緑

とは言え、僕はこんな新緑の季節は好きであり、旅で歩いて周るのだって気候といい、昼間の長さといい僕のは申し分ない。


金堂の屋根

天然のレフ版だってあるし。


潅頂堂の板壁

室生寺も見終ったなと、名残惜しくもあり潅頂堂の壁板を写した、そして近づきその釘の部分をよく見てみていたら釘の頭を潰しいるものと、
潰していないものがあった。
潰していないものは丸釘の頭の刻みのギザギザが見え、いかにも最近(近代)打たれてものだと察したが、板の奥まで打たれたものは頭は潰されていた。


国宝の板壁

よく見るとそれは現代丸釘等ではなく和釘のようにも見え、僕はそこ部分を指でなぞるように押すと(ただの思い込みかもしれないが)大工の匠の技と
国宝の味わい様なものが感じた。


鎧坂と金堂

お名残り惜しい光景だった。


鎧坂


金堂前の鎧坂を上から見下ろすと、けっこな高さがあった。
登ッて来た時に感じていた石段の凸凹が、石の表面の擦り減りが尚もはっきりわかった。
石段を下りる時に、その石段の擦り減りの少ないモノを見つけては室生寺の長い歴史の中で、”ひょっとして誰も踏んでいないかも?”と思いながら
踏みつけながら下へ降り、室生寺も見終ったなあと、時折鎧坂から後ろを振り返った。





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◆ 室生寺 国宝五重塔

室生寺五重塔

新緑と朱色の五重塔を見上げて、良い季節に来たなあと我ながら”良い時期を選らんだなあ。”と思った。


室生寺国宝五重塔

五重塔を前にしていつも思うのが、「どう撮ろうか?」だった。
ひねくれ者僕は人様とおなじ構図が嫌だし、”俺なりの”を探し、ちょっと岩陰から撮ってみた。


五重塔




五重塔と奥之院参道

国宝五重塔と奥之院参道。
そういやあ、昔台風で後ろの木が倒れ、五重塔を直撃したニュースを思いだすが、どこだ?と思うくらい痕跡はわからない。


Category: 奈良・情景  

◆ 室生寺講堂から五重塔へ

石段

室生寺の灌頂堂は国宝である、そしてその前の石段の雰囲気だって、国宝五重塔へのプレリュードのようだった。


室生寺国宝灌頂堂

全体を写そうと思ったが残念ながら、何人か参拝者が姿が潅頂堂あったので、新緑と共に。


灌頂堂と五重塔

灌頂堂と五重塔と両方国宝である、そしてここの五重塔はあちこち国宝の五重塔があるけれど一番小さい。
その潅頂堂が大きさくらべると、五重塔よりも潅頂堂が大きく見えた。


国宝灌頂堂

潅頂堂の壁際に寄りかかって五重塔を撮る事で、国宝、潅頂堂、五重塔と国宝に寄りかかるオレだった。


室生寺国宝五重塔

室生寺国宝五重塔と石段を見上げ、いつもの大好きなおかずは最後まで残すように、五重塔を眺めてはまた潅頂堂を撮った(笑)


灌頂堂の朱色板




灌頂堂の扉


これが歴史を重ねた国宝の色。

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◆ 室生寺鎧坂から金堂へ

鎧坂と金堂

ずっと気になっていた風景に出会た喜びと、好きな女の子にやっと出会え目の前にいて嬉しいのだけどテレというか恥ずかしさに相手が眩しくもあり
直視できなくちらりちらり見ているようなそんな気分だった。


室生寺金堂

室生寺のともかく見たい、撮りたいと思っていた金堂、今まで写真、ネットで見てきたのは国宝の威厳は感じたが、どうも暗いイメージが強かったのか
目の前に見える本物の室生寺金堂は、明るく眩しく見えた。


室生寺金堂と土台石垣

金堂の内部は撮影禁止でも、その床下は撮影は問題ない、これだって国宝である。


国宝金堂の土台

数々見て来た室生寺の写真に、こんな構図で誰も撮っていなかったなあと、あえて撮ってみた(笑)


室生寺の緑

金堂裏の緑、これもそこらの緑とは近くに国宝があると違って見えた。


金堂の屋根

国宝の金堂は内部は撮影出来なくても、屋根の裏側撮影出来る。
変な書き方で誤解されると困るのだけど、、、、国宝の金堂は内部は撮影出来ないが屋根の裏を写すって、婦女子のスカートの中のパンツは写してはダメだけど
腿までならいいよ、言っていいくらい僕には、こんな所まで撮っていいのかと、床下に屋根裏を撮った。


Category: 奈良・情景  

◆ いざ、室生寺。

室生




橋下屋前の車止め

10年前くらい、図書館で写真集なのどの本を見ていた、その中で”土門拳”の撮った仏像の写真集を机に開き眺めては、「オレも撮らせてくれたらこのくらいは(いける)。」と
最初は思っていたけど、枚数をめくっていくと仏像の表情、雰囲気から醸し出される静けさと、仏像の造られている素材からくる凸凹をを見ながら、
「うむ~、すげえ。」と唸りがながら、「やっぱり、オレはここまで撮れんわ。」と土門拳の気迫と凄さががわかると恐るべし土門拳になった、
そして後に山形県酒田市土門拳記念館まで行くようになった。


太鼓橋

なので、土門の撮った仏様を一度は行って見てみたかった、そして土門拳がその撮影時に逗留した言われる太鼓橋前の橋本屋を目の前にして、
ここでも「ここまで来たぜ。」だった。
その逗留していた2階を眺めてあのあたりだろうかと見ていると、僕はやっぱりここでもニヤリとした。


欄干太鼓橋




室生川と太鼓橋

室生川と太鼓橋、この川を挟んで世俗と仏の世界となる。


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◆ 近鉄室生口大野駅 あたり

近鉄室生口大野駅ホーム

この光景を眺めて僕は、「やっと来れたぜ。」と僕は感動だった。
前回来ようとした時、雨ですぐそこまで来ていながらの断念だったゆえ、それも3年越しだったので”やっと来れた”。

室生口大野駅下りホーム


以前に「長谷寺」と「室生寺」とでコースを組んだ、長谷寺をまわっているうちに、雨が降りやむのを長谷寺の仁王門の下で雨宿りし「室生寺」どうしようかだった。
それが中々やまず、有名な仁王門から見る登廊の風景も見飽きて、「やまねえなあ。」と雨空を見上げ、ついに小ぶりらしくなり駅まで歩いたが、
この雨では、室生寺へは無理だなあだったので中止した。


室生口大野駅下りホーム

またこの日は、降水確率0%な快晴で今度は雨で気をもむ心配はまったくなく、そこで目の前の「室生」の文字が僕を感動させた。


近鉄室生口大野駅改札口前

これが改札口前、無人駅だけど直ぐ駅前に観光案内があった。


室生口大野駅前

この日乗車予定の9時20分発「室生寺行き」バスが止まっていた、あれに乗れば良いのか、ワクワク。


室生寺行きバス

バスの車内には乗客が乗っていたけど、発車時刻からすると20分あったので、バスに乗って待っているなんてジッとしていられない僕には
発車時間まで、駅前を散策した。



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◆ 奈良、電車に乗って

JR桜井駅(南口)

JR桜井駅(南口)


JR桜井駅コンコース

JR桜井線、またの名を「万葉まほろば線」、でも駅の雰囲気はどこにも万葉もまほろばも感じれらなかった。


近鉄桜井駅(北口)

JRとは線路を挟み反対側の近鉄桜井駅(北口)


近鉄桜井駅ホーム風景


桜井駅は「JR」と「近鉄線」の線路が並行しているのだが、JRは地上ホーム、隣の近鉄線は橋上線でホームなので線路ある位置の高さが並んでいても違う。
なのでJR利用の場合、電車から降りると階段を上り2階の改札口、連絡路を通り階段を降りて出口と行く、別にこれは珍しくもないけれど、
近鉄利用するのにJR側の南口から利用の場合と、JRから乗り換えで近鉄線の場合、一度階段を上り、橋上の連絡路を通り今度は階段を下に降りる、
今度は近鉄線改札口を通るとまた階段を上り、橋上のホームへと、登って降りて、また登ると、急いでいる時は厄介にも思える構造だった。

駅に興味ない人には、「あ、そう。」で終わるのだけれど。

大和朝倉駅

近鉄線に乗り換え下り電車に乗り換え。
途中「大和朝倉駅」で車両入れ替えの時間待ち、どのくらい停まっているのかわらず、最初は「駅撮っておこう。」と社内から顔を出す程度だったが


近鉄大和朝倉ホーム

運転手が降りて、ホーム、電車を確認していたので、「運転手がここにいる間は電車は出んのだな。」とホームの真ん中まで出て「大和朝倉」駅のホームを撮影。


電車に乗って


JR桜井線の電車乗り奈良駅から桜井駅へ(ちなみに またの名を「万葉まほろば線」)。
先頭車両の一番前に乗った僕は、運転席後ろに陣取るように進行する車窓を眺めては時折、カメラで撮っていた。

JR桜井線三輪

しかし、しかしである、自分の乗っている電車と同じ線路の向こうにも電車がいた。
その車両の正面には進行方向示すライトも見えた、ってことはこちらに向かっているってこと。
「えっ?!ここまま行ったら正面衝突じゃん。」と僕はびびり運転手を見たが彼は冷静だった、だったらと僕の周りの乗客を見てもまったく気づいていないようで
お気楽に乗客同士会話していた、「これは僕はぶつかる~!逃げろ~」とちょっと腰が引けながらも、これは叫ばなければと思うのだが、


三輪駅


また運転手を見ても「まずいよ、まずいよ、これ!」と騒ぐ気配はまったくなく、実に冷静に前を見つめていた。
そんな間も徐々に前の電車と間隔がつまって行くが、でもどうも向こうの車両は動いているようには見えず、三輪駅に近づて行くと、「なるほど。」と
桜井線は単線なので電車入れ替え交換で三輪駅に早め到着してこちらの電車が到着するのを待っているのだとわかった。

それがわかると、「なんだよ、おい。」と落胆しつつも、ビジター目線でみていたのに改めて気づいた。


Category: 奈良・情景  

◆ JR桜井線「 畝傍(うねび)駅 」と赤いポストのあたりを歩く

八木の赤いポスト

古い町並残る今井町から歩いて15分くらいか?
JR畝傍駅(うねびえき)がある。
そこからまた5分ほど歩くと「奈良だなあ。」という風景が残っている。


八木札の辻交流館前

ここは以前に「今井町」を訪れて、ここ「畝傍駅」も寄るつもりだったけど、雨に降られ退散を余儀なくされ、それから僕には実はずっとここは”幻の街”になっていた。


八木町

幸いというのもおかしいけれど、あちこちブログ訪問して、その間「今井町」の記事は見たことはあるけど、ここらの風景を記事にしたのは見た事なく、
「だったらオレが載せてやろうじゃないか。」と、訪れるまで誰も載せるなよ~と「僕の隠し玉」のような古い町並風景だった。


八木町の屋根




北八木

古い町並は「今井町」のように広く多くは残っていない、今井町からしたらここ北八木は部分的なのかもしれないけれど建物といい、敷地の広い民家といい、
「庶民の今井町」とすると、豪商の館っていう雰囲気がある。


橿原市北八木一丁目


この奥へと入っていくと神社があった、「恵比寿神社」、大きくはないけれどお社は宇治の「宇治上神社」の本殿と同じようにお社が格子で覆われていた。
それは新潟ではまずは見たことないような造りであり、それゆえにありがたく神々しくもあり、そしてここでも「奈良を見つけた」だった。


JR畝傍駅

あちこち駅撮りをしていて、「いいなあ、是非撮ってみたい。」と思う駅がある、それは建物(駅舎)はもちろんのこと、駅全体の風景に雰囲気を感じたり、
またその駅のある周りの風景が風光明媚だったりと、そしてまだ訪れたことのなかったりだけど、、、、他に、、、、
それらのことはどうでもよく、ともかく”駅名”自体に「いいなあ。」を感じることがある、そしてそれはどんな所だろうと気になって行ったみたいと思うのである。


畝傍駅プラットホーム


そしてここJR桜井線の畝傍駅(うねび)は、まさに駅名としての「う・ね・び」という魅惑な響きである。
今度奈良へ行ったら絶対行ってみたない、撮りたいと思っていて、調べていると近くにはこんな奈良の古い町並風景が残っていた。


畝傍駅改札口前


そして長い一日が終わり宿へ。
へとへと、早くひと風呂浴びて冷たいビールをシュパ~と開け、(* ̄O)◇ゞ ゴクゴク 飲みたかったが、この日最後の力を絞るように
夜の奈良の街を興福寺まで「三条通」を歩いた、しかしどこかでも書いたけどこの日のお昼で持参したカメラのバッテリー3本中1本使用しまった、
それだけなら問題ないが荷物になるので充電器は持っていかず、バッテリーがなくなったらそこで撮影は終わりを意味し、残る2本でどう配分するかと考えると、


夜のJR奈良駅前


その日夜の奈良の街を歩く時は、カメラは「省エネ」で持って出なかった、なのでその時は純粋に奈良の観光になった。
そんな目線で周りを見るとやっぱり観光客は海外からの人の割合いが多いようなと感じながら興福寺まで歩いた、流石の興福寺も暗くなりかけた時間には
ほとんど人はいない、鹿もいなかった。
が、そこ興福寺から見える奈良の西の空の夕景に、あーーーーーカメラを持ってくれば!と思いつつも、しかたなく我慢、しかし、そんな風景に限ってなのか実に美しく、
撮れないがゆえに風景を長々と見て目に焼き付けた為か今でもその光景に「あれは奈良(の夕景)だっったなあ。」と思うである。



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◆ 今井町「茶」の旗は風に揺れ

茶屋の旗

前回来た時は、到着した時は晴れていたけど、「いいね、いいね。こんな所に奈良はあったんだ。」とあちこち路地を迷うように歩いていると
空は徐々に曇りそしてパラパラと雨が降って来た、携帯用の傘は持ってはいったけど、まさか「降るまい。」とその日宿に置き持ってこなかった。
気持ちが乗ってこれからという時に、雨で退却を余儀なくされた。


本町筋茶屋

なので、こんな完全無欠ような青空を見ても「今日は大丈夫だよなあ。」と時折空を見上げていた。


街角のまちづくり

「塵ひとつ拾うことから まちづくり」



本町筋の路地




称念寺鐘楼の見える路地


称念寺鐘楼の見える路地


今井町本町筋

「カシワバアジサイ」咲く本町筋



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◆ 今井町御堂筋あたり

今井町御堂筋漆喰と路地

今井町御堂筋ある「豊田家住宅」とその脇道(路地)


今井町御堂筋

ここは「今井町御堂筋」。
東西に約600m南北に約300mの広さに古い町並が残るのが「今井町」、昔は町の自警としてその周りにぐるりと堀があったと聞いた記憶がある。
今は堀のほとんどは埋まったけれど、堀に囲まれた今井町の町並は健在。
その今井町の東西の通りには「○○筋」と御堂筋、中町筋、本町筋、大工町筋などの筋のつく名前がある、南北はその「○○筋」よりも道幅の狭い路地になっている。


今井町にさく紫陽花


この時、新潟ではまだ咲いていない、吉野山つづき紫陽花がここでも咲いていた。
「ここにも紫陽花だでえ~。」と、この旅であちこちで紫陽花を写したせいか、新潟に帰ってから咲いていた紫陽花を見てみも、「紫陽花が咲いたかあ。」の感動が薄かった。


今井町内の黒塀

記念館の黒塀


焼き板塀

ここにも黒塀、あちこちで黒塀を見ているけれど、ここで見た板塀の”黒”が美しくそこに目のように見える節目までも「いいなあ。」と眺めていると
タテに製材された板も「節目からすると、これとこれは、同じ木。」それをあえて取り合わせにしない所が”大工のこだわり”なんだなと感じた。


御堂筋称念寺前

称念寺前の「御堂筋」、あちこちの家の前には鉢植えが目立った。

ここに限らずだけどここ「今井町」では、建物を正面から撮りたいのだけど、道幅が狭くて後ろの下がれない、何枚か試したけどその前の家に、
引っ付くようしてもイメージ通り建物は入らない。なのでどこでもこうやって斜めに撮るしかなった。


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◆ 「今井町」を再訪す

橿原市今井町


何年ぶりかで橿原市今井町へ。
「いいね、いいねえ。」と今井町の路地から古い町並の中へと入いるのだけど、この路地に足を踏み入れると、嬉しさと「待て、待て。」ともったいぶるような気持があった。


今井町南尊坊通


久しぶりに見る古い町並は前回訪れた時よりも、”寂れ感も”なくなんだか全体的に町が明るく綺麗になっていた。
前は古い町並と壁が剥げていたり、ボロいような家、空き家も目につき、「古い町並良いけれど寂しいなあ。」と感じたのが正直感想だった。


古い町並みの屋根



再訪し、町をまわった限りではそんな雰囲気はなくなり、ボロかった空き家はリニュアルされ「町造りセンター」とかで休憩、トイレにかわり、
喫茶店、お店も増え、今井町の住宅も伝統的な格子、開口部のある造りを継承し、漆喰、板壁、格子などが新しく建て替えられたような家が目立ち、
「キレイなったなあ。」だった。


開口部のある町並


前回訪れた時にボランティアガイドのオジサンの話では「ここ今井では景観を残すため、家を建て直す時に(木材、骨組みを再利用して)町のイメージを壊さず
外観を残すって条件で(どのくらいだったか忘れたが)補助が出るんです。」と教えてくれた。


醤油醸造所のある通り


だいたい、今回の明るくなったイメージになったけど、前回訪れた頃には家は狭い、だからって高さのある二階は建てられず、道も狭く家の前に車庫どころか狭く
入ってくるのにもやっとな、住んでいて不便に思う人もあってか、ここ今井町から出たんだなあと自分だったらそう思うような風景があった。


今井町路地


それが今回訪れると、家は外から見てもTV「大改造!!劇的ビフォーアフター」を思い浮かべるように家はリノベーションされ、伝統は残しながらも住み良いように変わり
町も黒と白を基調にリニュアルされたように変わり雰囲気も落ち着き、「オレも住んでみたい。」、車なんて遠くに駐車所を借りたらいいだろう、と今度は思えた。


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◆ 橿原神宮から神武天皇陵

外拝殿(げはいでん)

外拝殿のどっしりとして重厚感と大きさに、ここは違うなと感じさせた。


拝殿と拝殿前

外拝殿からはまだ奥は広く、僕にはなって所だんだろと、来るまで想像していたより2倍は広く感じた。


拝殿前広場

この時、遠くに浮かぶ白い雲の存在が、不自然にも感じて何やら「神聖な雲」にも思えた。


神楽殿と廻廊

ただもんじゃねえなあとここでも雰囲気をじわりと感じた。


入母屋造りの外拝殿


外拝殿から奥に見える内拝殿への奥行きの深さを眺め、「なんで、僕はこれまで(こんな立派な所なのに)来なかったのか?」とそんなことを思い、


橿原神宮内殿廻廊


そして、境内を眺めながら、なぜか「うっ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ。」と、声が出た。
気になっていながら何で早く来ないため息



拝殿

拝殿を歩く巫女さん発見、拝殿は誰もが歩けないはずと、「どこを歩くのだろうか?」しっかりと拝殿には進まず、そこをぐるりと周り奥へと歩いてった。
そうだよなあ、こんな格式の高そうな神社で拝殿をやすやすと入ったら、ここはインチキだよなあと思ったが、ぐるりと回って行く光景を見ていて
やっぱりここは格式あるなあと思えたが、でもあの巫女さんどこへ行ったんだろうと不思議な疑問が浮んだのだった。



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◆ 念願の橿原神宮に参拝す

石灯籠と表参道




表参道


奈良へと行って、あちこちの神社仏閣を訪れた、奈良ではまだ行ってない有名な「大神神社」もあるけど、僕の「どんな所だろう?」ずっと気になっていたのはここ橿原神宮である。
お陰様でか、難しい橿原(かしはら)も読めるようなったし、字だって書けるようなった。
でも「現地に行ったことがない。」というのは、なんか引け目だった。


玉砂利の表参道


なので橿原神宮前駅から歩いて来るとちょっとドキドキ、そして鳥居に到着して参道を眺めると「でかい、広い。」と想像していたよりも広かった。


二の鳥居

そして鳥居は朱色ではなく木の地色の白木だった。そしてその太さからも、ここはそこらの神社と歴史、謂れが違うぞという雰囲気が伝わってきた。


手水舎

手水舎だけでも、この大きさ、僕の近所ではこの大きさくらいの神社がいっぱいある、ゆえに格式も高く神聖な所、嫌がおうにも無口なってくるのだった。


南神門

まだまだ、ここは南神門、それですら「デカい」、そしてその奥見える広い敷地に「なんじゃここは?」と思えてくる。


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◆ Station 近鉄 橿原神宮前(きんてつ かしはらじんぐうまえ)駅

橿原神宮前駅橿原線


以前ここ近鉄「橿原神宮前駅」で乗り換えした時、おかしな駅の構造だなと思った。

京都方面からやってきて(近鉄橿原線としては)ここが終点駅で降り、今度は乗り換えで吉野線ホームへと移動。
その時僕の想像ではどこの駅でも同じような並行に並んだホームへと移動なのかと思ったら、


橿原神宮前駅東口構内踏切

電車を降りて乗り換えホームへ移動の間に、構内踏切があり「この踏切の先はどこへ(いくんじゃ)?」、そしてちょっとした駅前商店街のような
コンビニ、売店、飲食店に本屋の前を通り、中央口改札口、ここから出ると何となく「橿原神宮への改札口か?」、それから地下へと階段を降りて、
降りたかと思えばすぐに今度は階段を上り地上のホームに出て電車を待った。
そして今歩いて来たコースを想い出し構内の構造を頭の中で組み立てたが、スーパーマリオの土管の中状態だった。


中央口、改札口


そして、この度旅の予定をたてる時、このヘンテコな構造の駅が浮かび、構内はどうなっているのか、
そんな事を調べていると自由通路はあるのだろうか(改札口を通らずに駅の反対側へと出れる通路)、ないとなると近くの踏切まではかなりの遠回りになる、
そうなると住民は不便だよなあとつまらんことまでも気になった。

そんな事もあり、この駅「近鉄橿原神宮前駅の構造解明」も旅のひとつの目的でもあった。




橿原神宮前駅東口、真っ直ぐ進んで行くと万葉の飛鳥へと出る。


橿原神宮前駅東口地下道入口

「なるほどあったぜ。」とGoogle street viewでも出ていない謎のコース発見、実際は謎でも何でもなく駅の地下通路、地元の人間でも利用する人はいないのでは?



東口から中央口地下連絡路

そんなマイナーなような地下道を「やっぱりあったな。」と発見!僕のココロは「ぬっ、しっ、しっ!(* ̄m ̄)ヌッシッシッだった。



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◆ 新町通りから大和二見駅

新町通り二見の坂道

日本の古い町並で、フランスの旗を見つけた。


二見の坂道

「おっ。」と眺めカメラを向けていると、夫婦が出てきて坂を登っていった。
旨いモノを食った後なのか、、余裕のあるような歩調で一歩一歩がしっかり地面を掴むように登っていった、その速度は僕のくたびれてヨタヨタ歩きとは違った。
そしてフランス国旗の店の前を通り、「何をくったんだ?」とちらりと僕は店内をのぞいた。


二見


「新町通りもそろそろ終わりだな。」と惜しむよりも、朝から歩き疲れて気分は半分「疲れた~休みて~!」だったが、この先の大和二見駅からの
電車時間があった、のんびりとはしてられなかった、、、、が、、、この時はこの坂は僕には最後の難関の様な坂の角度だった。


二見の路地

二見の路地、時間がたっぷりあれば、こんな奥をひとつひとつ見てまわるのだろうが、体力消耗のヘトヘトと電車時間があったので、こんなんで「割愛」( ノД`)シクシク…


五條二見の十字路

初めての土地、住宅地の交差点にあるコーナーミラーに、「おー、あるねえ。」と初めて釣り場に行っていると目の間には魚がふじゃうじゃ、そんな気分なる。


二見の奈良の家

開口部のある家、僕の頭はすっかり、これは奈良の独特の家とインプットされるくらいたくさん見た日だった。


大和二見駅前交差点

「やれやれ、終わったな。」と後はここで残すのは「大和二見駅だな。」となり、交差点の向こうを渡り、右側が大和二見駅なる。


JR和歌山線二見踏切

駅に近づくと、下り和歌山行きが駅を発車、思わず踏切へと走った。
運行本数が少ない事を思えば、ラッキーな風景。



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◆ 新町通りと幻の鉄道

新町1丁目




吉野川土手あたり




止まった鉄道

「五條」を初めて知り、Google street viewで何度目かで見ていた時に「こんなのがあるの?」と、幻の鉄道の風景がより一層五條の町へと興味を湧かせた。


幻の五新鉄道


新町通りを横切って建設が途中で止まった陸橋風景、そしてやっぱり「幻」って文字が僕は「うむ。」と唸らせたのだった。



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◆ 日曜日の午後、新町通りを歩く

格子戸漆喰の町並

若干のクネクネ感はあるがほぼ一直線、それは現代風に整備され道を造ったものでなく、地形と歴史と町並に合わせて造ったもの、
狭いせいもありこちらから向こう大和二見まで一方通行、そして駐車と時々通る車は軽自動車が多かった。


五條新町通り

ここ「新町通り」の入口当たりにひとりの小学生女子、リュックを背負い帽子をかぶり立っていた。
古い町並にはアンバランスなようでいて、新風を吹き込むような感じだった。


新町女子


どこへ行くのだろうと気にはしながら一度は僕は抜いたけれど、路地に入ったりブラフラ撮り歩いていると、今度は僕が抜かれ、その時には女子は一人から二人になっていた。
このくらいの女子はどんな会話をしているのだろうと後を歩いていると途中で、おもちゃ屋のオジサンが「暑いやろう。」的に声をかけれ、
店内へと誘った、やっぱり子供だと僕はニヤリとした。





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