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冬来たりなば春遠からじ2.0 Daily 

A Day in the Life. ” there ” そこにある日常の光景 2代目。

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Category: 山形・情景  

◇ 人それぞれの寺院、正月までのカウントダウン

善寳寺梵鐘

厳粛な時間、梵鐘を鳴らすことで世の中の安寧を願うような気がした。

梵鐘と大きな口

「人間だもの」、僕だって緊張あまりあくびが出る事もありますわい。

香炉



石塀

言っちゃあ失礼だが地方の寺院、でもこの石垣を見たら「このお寺は他とは違うんだ。」と思えてくる。

慈照院の屋根

慈照院(左)から本堂(右)の甍

参拝客

改めて眺めると山門の彫り物に、「おー。」とうなる。

参拝の親子

山門の脇に小さな池がある、子供がそこで「人面魚は?」と、お母さんは「山を越えた向こうの大きな池。」と答えているようだった。

親子

この日撮りたかった構図でもあった、しかし「五百羅漢堂拝観」の看板は想定外、でもこれくらい大きさに潔く受け入れた。

山門と石段

邪魔だと看板を外してみたが、石段、欄干の存在は重要だった。

もっと早い時間に来れば”良かった”だったが、前日の天気予報から、まさかの晴れに油断し出掛けるのが遅れた、前日から分かっていたなら、
この所天気予報があてにならない、冬がお天気は変わりやすいって事。それでも山形県鶴岡まで降られもぜず帰れたのは実に良い日だった。




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◇ 龍王殿と甍の映り込み  

龍王殿



龍王殿のきんぴか



本堂の甍



龍王殿と本堂屋根の映り込み



デカい賽銭箱と龍王殿

普通神社仏閣では、本堂、本殿の扉まで階段があり、そこを上がっていくと賽銭箱があるものだろうが、ここ善宝寺はどこのも大きく、
階段をとうせんぼ、さすがに大きすぎるんじゃないかと感じた。

龍王殿と石段



龍王殿前の石段



本殿からの通路

この時右側の塀の辺りで人影を見たような気がした、「何してんだ?」とその姿を追うように僕は前へと進んだが、その姿は見えなかった。
「早い。」、大体そんな所で何をしていたのだろう、それとも見間違いか、その人の行動が早いのか、それとも天狗かと、本堂の裏で考えた。

善宝寺本堂の屋根



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◇ 龍の背中なのか二つ屋根の龍王殿

本殿から通路

確か前回訪れた時は本堂脇からの竜王殿への通路は工事中だった。
それまでは何となく暗いイメージの通路が新しいコンクリート色でどことなく薄れたようだった。

竜王殿と石段



龍王殿

狛犬もあるし、賽銭箱もある、建物は神社のような造り、「龍王殿」って名前だって「龍神さま」って言葉があるくらいので神社なのかと思えば、
賽銭箱の上には鈴ではなく、ドラなのである。

竜王殿

この日の最終目的はここ「龍王殿」だった、ここの建物の正直な感想はお寺の本堂の裏にあり、それがお寺なのか神社なのか、わからない。

竜王殿の右賽銭箱

その建物の形と入口は二つ置かれ、各々入口をふさぐようなデカい賽銭箱の訳の分からいような光景に久しぶりに行ってみたいと訪れた。

龍王殿のふたつ屋根




廻廊

本堂から龍王殿への廻廊、気にしなければただの風景、でもひし形の窓、そしてそれを開け閉めするのはどんな風に開けるのかと気になった。

善宝寺竜王殿

最終に人がいたらと思っていたが、ちょうどご夫婦と入れ違いになった、お陰様で無人状態の龍王殿をじっくりと撮れた。

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◇ 石段をのぼる

石段をのぼる



本堂と賽銭箱

初めてここを訪れた時、この賽銭箱の大きさにたまげた、こんな大きいのがいるくらいここは霊験あらたかで参拝者が多いってことなのかと。

本堂の戸



石段を振り返ると山門



本堂廊下



慈照殿



善宝寺石段

20代の頃だったろうか、石段を登りながら手すりにつかまって登る人を見ながら、「俺は若い。」と、いわんばかりに”ひょい、ひょい”と登った。
今は”高いカメラをブラ下げているんだ、転んだらと大変なことになるぜ。”と言い訳じみた理由つけて、手すりの脇を歩き、手すりにつかまりながら
登るようになった、、、どこがわるい('ω')ノ

善宝寺山門の獅子

この件については、獅子も口をつむぐ。


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◇ 久しぶりの善宝寺で、山門までもが長かった

韋駄天のバックル

韋駄天のバックル

毘沙門天

山門の毘沙門天

常夜灯と鐘楼

「どのくらい来ていないのだろう。」と考えながらも参道を撮影、無人の風景狙いで参拝者が通り過ぎるのを待っていたりすると山門まで
7、80mなのにえらく時間がかかった。

弥勒菩薩



弥勒堂

弥勒菩薩石像

本堂前の石段

やっと誰もいなくなった石段を撮りたかったがそれを撮ると、寂しいので、今度は人が来るのを待った。

石段を登る

そして、これが中々来なかった、晴れを狙って曇ったり、雨を狙って出かけると晴れたりと、人生は読み通りにはいかない。
今度は人がやって来たと思えば、続いて何人も参拝者続いた、「そんなに人の姿はいらんよ。」と、俺の撮りたいのは参拝者の足の裏だった。

この人にしようかと、僕はある男の後を追った。
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◇ ほんとに久しぶりの善宝寺で、感じたものは。

山門と信徒会館



山門の獅子と象



山門獅子の彫り物と五重塔

山門の獅子の彫り物も、左右で「あうん」。奥に見えるのは五重塔。

龍華庵

説明書きには「龍華庵(りゅうげあん) この庵の名称「龍華」は善寳寺の前身である「龍華寺」に由来する。明治十三年現在地へ三十三世中興月圓禅山和尚代に再建された。 天陣天井には棟梁が天井画まで関わったされる雲龍図が描かれており、本尊は観音菩薩」

善宝寺参道と親子地蔵尊

参道が無人になるのを待った、でも参拝者は山門だの、龍華庵だの、五重塔だの眺めたり写真を撮ったりで、無人になったかとおもったら
さっき横へと消えた人が、参道に戻ったり、陽が暮れるのが早くなってきている今、待つことに焦る僕だった。

善宝寺参道



山門と石段

外回りの仕事をしている方は経験あるかもしれないが、忙しさにかまけて顧客訪問が”久しぶり”のように長い期間をおいて訪問してみると
顧客への納品商品が他社の商品に切り替わっていたりすることがある。親しかった人が急に他人になったような、知らぬ間に寝取られたような
消失感と敗北感。
まさに、ここ山形県鶴岡市の善宝寺でも、取引、納品商品などはないが、久しぶり感がよそよそしい他人感があった。

いつも久しぶりに訪れるとその雰囲気が徐々にパズルの空白が埋まるようなしっくり感と親近感が出てくる、今回はどことなく建物に親しみ
温かみが感じてこないような他人感だった。お寺に縁のない他人感なら”ある意味”では、それは良いことなのかもしれないのだが。



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◇ ストック整理 山形で

山形県南陽市熊野神社

山形県南陽市熊野大社、本殿の古臭さいはすの茅葺屋根がかえって堂々威厳を感じさせた、8月の七夕なのか訪れると参道の石段に立てていた。

熊野神社本殿

「熊野」と聞くと和歌山の熊野古道、熊野本宮大社を思い浮かべ、そこの謂れがあるのかと思うと「熊野」の文字は僕に大きくオーラを放った。

熊野神社の風鈴祭り

本殿裏では風鈴祭り、風で「リン、リン、リン」とガラス風鈴の音を響かせたのだが、僕は正面の女性が長々手を合わせていることに気になった。
何をお願いしているのか、僕はそうやって長々お願いするものなかと、僕はお願いするときは住所氏名を言うようになり長くはなったが
それに比べても長い、まさかかに落語「寿限無」のような名前ではないと思うけれど、神社で長く手を合わせている人は、大体その雰囲気は
神様と会話しているように真摯に手を合わせている、けっして欲深くお願い事を”あれもこれも”と、しているようには見えないのである。

熊野神社参道

熊野大社参道の幅広い石畳を見ただけで、「この神社は違うぜ。」と感じたが、そこに現代を象徴するような横断歩道、参道は神も通る道
そこに横断歩道ってのはなあと疑問がうかんだ。

熊野神社参道途中にある宮内公民館

その参道脇には宮内公民館、講堂なのか体育館なのか太陽光を取り込もうとする2階ガラス窓面の多さに昭和を感じた。
今なら、「陽が目に入り眩しい。」と昼でもカーテンを引き室内は照明カッカさせているのだが僕は、こんな太陽歓迎な設計が好きである。

フラワー長井線宮下駅

フラワー長井線宮内駅、宮内の「宮」は、熊野大社のことであり、ここにいる「うさぎ駅長」はその熊野大社の三羽のうさぎに由来するようである。

宮下駅駅舎と構内踏切

駅舎から構内踏切を渡り島式ホームへ、運行本数の少ないローカル線では時折見るが本数の多い郊外沿線では安全面からあまり見られない、
島式でも構内踏切部分は通過できないように殺し、安全面を計っている所あるが、無人駅で島式ホームとなると「指差し確認」をしたくなる。

フラワー長井線西大塚駅 

フラワー長井線「西大塚駅」、木造駅舎として言うことがないが、でも赤いポストでもあったら。
そう言えば昔は駅舎出入口あたりに水飲み場があったが、最近見らない、あってもあまり使われていなく錆びていることも多い。


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