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冬来たりなば春遠からじ2.0 Daily 

A Day in the Life. ” there ” そこにある日常の光景 2代目。

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Category: 日記・情景  

◇ 暑さぶり返したある土曜日の街歩き

東堀前通6

小路の向こうに見えるのは、「アパホテル新潟古町」、時折旅先で利用するアパホテルでは大概最上階に浴場があり、露天風呂まである、
だったら新潟だってあるだろうかと、最上階を眺めては「浴場は?」と探す癖がついた、眺めていてもいつもわからない。

東堀前通6の路地

以前ここを歩いたのがいつだったか記憶にないが、たしか角の店はレストランじゃなかったか、それが現在は「テナント募集」文字に、
袋小路の突き当りのような所では、商売に向かないのかと思ったりもするのだが、僕は逆にそんな場所が「どんずまり」が好きである。

本町食品センター前

この時10月、長袖の季節だったが、朝から晴天、そして30度越え、出掛ける前、長袖か半袖か悩む、10月半袖では変に見られたらと
思っていたけれど、街を歩くと半袖多数、半ズボンまでいた。それを見て僕も半ズボンでよかったなあとあまりの暑さに後悔した。

本町通6番町人情横丁



本町6加賀屋小路

加賀屋小路、この小路は角の鮮魚店がポイントになっていると思う。それまで日曜日ばかり来ていたので鮮魚店は休みでシャッターは閉まり、
小路は、いまひとつの雰囲気だったがこの日、土曜日に訪れるとシャッターは放たれがらりと「なるほど」と変わった。

鍛冶小路

「鍛冶小路」鍛冶屋が集まるので「鍛冶小路」なのかと思っていたら。鍛冶屋ではなく屋号とか名前からついたらしい。
「Kodak」のフィルムは、学生時代によく使っていた、フジカラーの方がたぶん無難な綺麗さがあったが、舶来ものであり、色がきつく
日本らしくないような色合いに、若い時分「かっこいい」と感じていたが、今では時折DPE現像するのは色、映りのこだわりよりも、「安さ」になった。

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◇ 「本町通」と「二葉町」あたり

フレッシュ本町通りの魚屋

その昭和の時代、断然の賑わいを見せていたフレッシュ本町、未だにお祭りのように人をかき分けるように歩いた記憶が残る。

本町通り9の交差点

だけど、そこにある本町通9の交差点は平成で道路は整備されガラリ変わる、頭の悪い僕には整備前が思い出せない。

ビルの谷間越しの鍋茶屋

ビルの谷間の先に見えるレンガ造りの鍋茶屋を眺めると、いつもここを通る。

坂の上の家



二葉町の路地に入る

二葉町の路地に入っていくと、その玄関先の雰囲気に、ひょっとしてここは床屋だったのだろうかと、遠い昭和の雰囲気を呼び戻すのだった。
そんな「昭和」の次の「平成」も終わると、その「昭和」は遠い時代のようにかわっていく。

廂越えの三角屋根

廂間(ひあわい)から見える三角屋根のNEXT21、複合ビルだったのがテナント撤収、いつのまにか新潟市役所の支所になった。

この撮影した頃から、前のメインPCがおかしくなり、これら撮影データに手を付けられない状態だったが、新PCになりやっと着手。
そういうことで、季節ズレした撮影ストックはかなりたまった状態なった。




下町ロケット燕田んぼ

ネット「Tver」から「下町ロケット」の場面を拝借。テレビを観ていて「どこだ~?」と探し、燕市粟生津の辺りだなと週末に現場へ行った。

燕市粟生津

「しめしめ、ここだよ。(実際はひとつ向こう田んぼ)」 と得意満面モードだったが、しかしその晩、「下町ロケット」の稲刈りシーンを観て
「えー!ここ違うじゃん。」、テレビ見ながら「ここ、ここオレ行ったよ。」と自慢しながらニンマリするのを想定していのたが、その目論見は
一気に奈落へと崩れた、その為かドラマがつまらなかた。
田植えシーンの田んぼ と 稲刈りシーンの田んぼの場所が違った、TVドラマである撮影の都合で当たり前と云えば当たり前。

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◇ 旅人は、また出発地点へと戻る

浜辺のオレ

一通り塩谷を歩き終えると、公民館前にとめた車に戻ったが、まだ陽も高いし、それにまだ撮り足りないような気分。
そして”今度はいつに来るのかわからない。”と、ならばあそこ「柵の風景」へと、もう一度行った。

バアサン散歩

ブラブラしている僕の横を散歩の老婆が通った、僕は「こんにちは」とあいさつをすると、老婆はまったく気持ちの入っていないような言い方で
「こんにちは」と声を出し去っていった。

塩谷の柵のある風景

塩谷は、切妻の通り、路地、裏通り、神社、展望台、河口、そして海、この柵、まだまだある。
同じように中越地方の「出雲崎」もやっぱり北前船で有名だけど、どことなく観光地として”おすまし”していて町並も整然としているようで、
ここ塩谷は、それに比べたらまだまだ手付かず状態、メジャーよりもマイナーが僕は好きある。

浜辺の裏通り

だいたい海辺へ行っても、こんな素朴な風景はない。

船小屋とボート

もっとも立派な漁港もあるような「出雲崎」と比べられないのだろうが。
しかし、どちらも無料の駐車場があちこちにある、これはマイカー時代にはポイントは高い。

陸揚げされたボート



塩谷の裏側



塩谷の裏口

塩谷のある家の裏口、以前その一軒にお邪魔したことがある、これが夏海辺からの風が家の中を通り実に涼しいのである。
もっともそれが冬の破壊的な北風だったら、たまったものでない、それ故に柵あるのだろう。

そして向こうに見えている林は塩竈神社か。


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◇ 塩谷の上大町あたり

上大町の銀月堂と山上邸



山上邸の看板建築



上大町

塩谷の通りはずっと切妻妻入り(切妻屋根の妻面に玄関)の風景が並ぶ。
寛永時代の地図によると船大工、大工、桶屋、桶屋職人が塩谷の半数を占め、北前船の寄港地だったのがわかる。

上大町の通り

稲荷山の展望台からの上大町風景、軽のワンボックスが見えることから上3枚同じあたりだとわかる、通りの先には「塩竈神社」。

上大町の海へ向かう路地

路地は日陰になっているけれど、これは塩谷の稲荷山(15.3m)の影、上大町の通りをはさみ反対側が「横町小路」。

上大町の燃料店



上大町災害時避難路

僕のカメラはフルサイズ機なのでコンデジに比べてデカい、それを肩からぶら下げて歩いているものだから突然オジサンに「取材ですか?」と
以前に訪れた時に聞かれたことがある。それは間違われた僕はそんな様に見えたのは嬉しいのだが、よく考えたら「取材」って聞くこと自体
日常は言葉に出てこないものである、普通自分の家の前に歩く人に「取材ですか?」と言うより何者だ?と”怪ぶむはず”。
ここに”(この地区にまた)何かを撮りに来たのだろう。”との発想はカメラマンを見慣れているだろうと感じたのは、こんな町並があるから。

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◇ 稲荷山の上から愛を叫ぶ

稲荷山

「そばや」の前を通り海辺と抜けると、胎内川河口へと出る。

稲荷山15.3m

新潟県一番低い山、「稲荷山15.3m」頂上には三角点もある。
そこでオヤジ世代は映画ドラマのように愛を叫ぶなんてできる訳がない、せいぜい「ヤッホー!」だ、それだってもう相当に叫んでいない。

稲荷山登山道

稲荷山の海辺の登山道、15.3mと云えど侮ることなかれ、平地ばかり歩いている小生には十分に重力を感じる。

稲荷神社

山の上の稲荷神社。

稲荷神社と日本海

稲荷山からの風景、見晴らしが良いで江戸時代にはここに番所が置かれ、それゆえに「番所山」とも呼ばれている。

塩谷の稲荷山

通りからの稲荷山への入り口

稲荷神社と海辺の小さい親子

稲荷山展望台から胎内川、そして日本海。ちょうど海岸を歩く親子の姿見えた。

稲荷神社と胎内川

屋根の向こう側あたりが、港だったのではと思う、河口なので現在は長い時間で砂が堆積し砂洲になっているが、以前は違っていたのかも。

塩谷のまち

稲荷神社裏の展望台から塩谷のまちを望む。
塩谷の家並み抜け、松林(お幕場)へ塩谷から北国街道で村上城下へ、(電柱のぽっこ見えている山が村上城の山)。

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◇ 塩谷の町なかの小路のある風景

軒先



青い壁のスタンド

このスタンドはやっているのだろうか?と日曜日は休業なのか、青い壁前にあるチュッパチャップスのようなのが何なのか気になった。
ポールとその”重し”移動のためゴリゴリと引きづっているうちに”重し”角が削れ丸くなったのだろうかと。

塩谷上大町

上大町 

勘左衛門小路

勘左衛門小路 ここにも「罪を改めよ」のキリスト看板、小路を抜けると田園広がる新潟平野。

定衛門小路

定衛門小路 杭が倒れていたのを見て「ここは”くい倒れ”小路だな。」と、路地を眺めた。

又助小路

海へと出る「又助小路」 坂の上の電柱って絵になる、その先が海だと思うとなおさら。

塩谷の家並

県内一番低い山からの塩谷の町並み、ここからの風景が映画「さよなら渓谷」のシーンに使われた。
映画に使われる前に知っていたし、また撮っていたので「俺の方が勝ったね!」とそんな余裕気分なのだが、仮に映画の後に知ったのなら、
地元新潟県人間ゆえに、この場所を知らなかった自分は「やられたぜ」という悔しさと、敗北感で撮っているかもしれない。
とは言え広い新潟県なので上越地方と新潟市僕は、とそこまでの悔しさは起らないかもしれないが。

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◇ 塩谷の里で~、そばや、そば~や

そばやあっち

「真の神は・・・」と書かれたキリスト看板とその隣に 「⇦ そば」の文字の組み合わせに、何か深い意味があるような組み合わせに思えた。

喜衛門小路

喜衛門小路

宮庚町のそば

塩谷を歩くとあちこちに「そば」の看板が「あっちだよ」、「向こうだよ。」と云わんばかりに貼られ、その方向へ近づて行くと段々そこがどんな
「そばや」なのかと気になってきた。

そばのそばや

そして僕は「そば」の文字に釣られるかのように集落の奥へと入って行くと、「すぐそば」の文字に「うまい!」と僕は座布団3枚やった(`Θ´)/□
いつかは見てみたかった、そば(蕎麦)と、そば(近く)のダジャレの看板、あえて「そば」を平仮名っての~がミソだった。
「ここまで来たら寄らねがなるまいぜ。」と店の前まで行くとそこは休業日だった、「そば」が遠くなった。

地蔵堂

「地蔵様小路」右側の屋根が地蔵堂。

地蔵様小路

右側の電柱の横にちらりと見えている暗号のようなもの、「山に又」。ここ塩谷では屋号があり、その屋号になっている記号が木板に彫られ
各家の前に掲げてある。

SOBAYA タモリの そばや、そば~や♪





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